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「90's裏原宿の風景 〜『STUSSY』から『Supreme 』まで〜その3」

しばらく更新しないうちに、45歳になってしまいました。
引き続き、よろしくお願いいたします。

さて、ストリートにおける裏原宿系スタイルもすっかり根付いた1994年、「Supreme」という新たなブランドが誕生します。

■静かなスタート

「Supreme」は当初、スケートボード関連のセレクトショップとしてニューヨークにオープンしました。
創設者のジェームス・ジェビアは、ニューヨークで「UNION」や「STUSSY」のショップ運営に携わり、ショーン・ステューシーとも親交のあった人物です。
その意味では、「Supreme」もまた「STUSSY」からの影響を自然に、そして色濃く受けているブランドと言えるでしょう。

ジェームスは「Supreme」オープンにあたり、少量のオリジナルアイテムの販売を始めます。
これが「Supreme」というブランドの始まりです。
当初はTシャツやパーカーなどシンプルなものが中心でしたが、それらのデザインには「よりクリーンな、自分の着たいものを作る」という彼の哲学が既に見てとれました。

その象徴はやはりバーバラ・クルーガーをサンプリングした赤×白のボックスロゴでしょう。
誕生から25年以上を経てなおロゴ自体がプレミアム性を持ち続けているというのは、ストリートブランドにおいて極めて稀有なことです。

シンプル・クリーン・クールといった要素を兼ね備えたこのロゴデザインは、決して大げさではなく、ある意味ファッション史に残る発明であり、これを生み出した時点でジェームスの勝ちは半ば約束されたものだったと言って良いかもしれません。

そして特徴的だったのは、その独特な広告戦略です。
当時大人気のスーパーモデル、ケイト・モスのポスターに無許可でボックスロゴを重ねたり、さらには直接、街中の電柱やガードレールにボックスロゴのステッカーを貼り付けたりと、かなり危なっかしいものではありましたが、結果的にこのプロモーションはブランドに対し、シンプル・クリーンであるだけではなくラディカルでアグレッシブなイメージをも付加することに成功しました。

とは言え、ブランド最初期の日本での展開はそこまで華々しいものではありませんでした。
当初は、いくつもあるニューヨーク発のストリートブランド(例えば「ZOO YORK」や「SUBWARE」、「BSF」など)に、またひとつ新顔が加わったという程度の認知をされていた記憶があります。

事実、そういったブランドを扱うインポートショップに並べられたボックスロゴのアイテムは、入荷後1週間、2週間が経っても売り切れることはなく、「欲しい時にいつでも買える」ものでした。

■人気の高まり

しかしアメリカ本国での人気の高まりや日本代理店の努力の結果、当時の高感度ショップ(「MADE IN WORLD」や「HECTIC」など)がセレクトを開始し、NIGO氏やSKATETHING氏といったキーパーソン達が着用したことによってブランドイメージが裏原宿系と少しずつリンクを見せ始め、裏原宿フォロワーからも支持を集めるようになった「Supreme」はその立ち位置を少しずつ変えて行きます。

上記のような理由でしだいにアイテムのプレミアム化が始まりました。
取り扱いショップの在庫は品薄になり、当時ひときわ人気を集めたボックスロゴのジェットキャップやバックパックは、中古市場でも定価以上の価格で取り引きされるようになりました。

そしていよいよ、代官山に日本第一号の直営店がオープンします。
オープン当初はもちろん、その後も週末ごとに入荷する新作アイテムを求めるファンの行列がお馴染みの光景となりました。

※それでも、ボックスロゴのTシャツやパーカーは現在よりはるかに入手しやすく、発売から数日経っても入手できたかと思います。

代官山の直営店はNY同様、空間を広く取った店内スペースと白を基調とした内装でハイブランドを思わせる作りになっており、アウターやニット、シャツやパンツといったアイテムもフルラインアップで展開されるようになりました。

個人的に、当時のアイテム群の中で特に印象的だったのはアウター類で、ミリタリー・アウトドア・トラッドといったネタ元から抜群のバランス感覚でサンプリングされたデザイン、そしてシンプル・クリーンでありながら各部のサイズ調整やディテールワークによって絶妙な存在感を醸し出す、そんなアイテムが多くありました。
(例えばモールスキン素材のM-65や、パタゴニアより更にソリッドなデザインのフリースフルジップジャケット、今では様々なブランドからリリースされているハリントンジャケットなど)

■温故知新のコラボ

また、この頃からは他ブランドとのコラボレーションも活発に行われるようになります。
現在まで継続的に行われているものとしては、VANS・NIKE・THE NORTH FACEなどが代表的で、これらのブランドは他の様々なストリートブランドともコラボレーションしており珍しいものではないですが、「Supreme」ならではの他にあまり類を見ないコラボレーションも少なくありません。

例えばイギリスのニットウェア大手John Smedley、ClarksのファクトリーであったPadmore&Barnes、NYでメッセンジャーバッグを作り続けるDe Martiniなど、それまではストリートと縁遠い存在であった職人気質の老舗ブランドとのコラボレーションが目を引きます。

これはひとえにネタ元(ファッション史におけるマスターピース群)へのリスペクトであり、また常にマーケットへ向けてフレッシュな意外性を提供することをテーゼとする「Supreme」の矜恃の表れでしょう。

※その後、最終的にLouis Vuittonとのコラボレーションを実現させたジェームスは『できることは全てやった』として「Supreme」を離れました。
これはある意味、「Supreme」そしてジェームスに取って必然だったと言えるかもしれません。

しかしその後も「象印」のマグや「OLEO」のクッキーなど驚くべきコラボレーションが行われており、ブランドの勢いはまだまだ続くであろうことを感じさせます。

■スタイルに囚われないスタイル

音楽界や芸術分野のアーティストとのリンクも、「Supreme」の全体像を紐解く上では重要な要素でしょう。

過去ヒップホップ界からはウータン・クランのメンバーやナズ、2パック、ディプセット、ロック界からはニール・ヤング、ルー・リード、モリッシーといったビッグネームのポートレートがTシャツにプリントされ、また芸術分野ではキース・ヘリング、アンディ・ウォーホル、バスキア、さらにはダミアン・ハースト、ジャクソン・ポロック、村上隆の作品までが、キャンバスとなる洋服に落とし込まれました。

こうして見ると、これらのチョイスにあまり一貫性は感じられません。
店内で使用されるBGMもパブリック・エネミー、ボブ・マーリー、はたまたガンズ&ローゼズといった具合にジャンルレスです。
あえて言えば「反骨精神」という共通項くらいは見出せそうですが、少なくともファッション的に特定のスタイルを連想させるようなチョイスではありません。

しかし同時に、どれを取っても「Supreme」のイメージにしっかり合致しているのが面白いです。
月並みな言い方ですが、スタイルに囚われないのが「Supreme」のスタイルということでしょうか。

その優れた選球眼は洋服作りのセンスとも通底しており、カニエ・ウエストやジャスティン・ビーバーを始めとする多くのセレブまでをも魅了し、ブランドをここまで大きな人気を得る存在へと押し上げる原動力となったのは間違いないでしょう。

「Supreme」は、上記で述べてきた通りに「裏原宿系」的なる要素をそのバックボーンに内包しつつ、「裏原宿系」が一時の爆発的なブームを経て落ち着きを見せる現在においても引き続き圧倒的な人気を誇り、名実共に世界一のストリートブランドと言える存在になっています。
90年代当時からその経緯を現場で見続けてきた身としては、果たして「Supreme」のこの快進撃はどこまで続くのか、そしてまた「Supreme」がストリートに対して今度は何を仕掛けてくるのか、とても興味深いところです。

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