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日本の弁護士が国際マーケットで戦うための打開策を考える話

私は日本の弁護士ですが、現在、アメリカのロースクールに留学しています。

今から6年半ほど前のこと。

新卒で入った法律事務所で仕事をとれずに途方に暮れていた私は、求人サイトを眺める日々を過ごしていました。

そんな中、目に留まったのが、政府系の銀行で国際法務を扱うポジションです。

しかし、給与は下がるし、雇用は3年間の期限付…

運よくオファーをもらったはいいものの、当時私は、それとは別に日系のシンクタンクを併願しており、最終面接までこぎつけていました。正社員としての雇用で、給与や福利厚生などの条件は、そちらの方が格段に上です。

今振り返ると、ここが人生の岐路だったかもしれません。

散々迷った挙句、私は、身近な人の反対を押し切って、自分の直感に従い、勤めていた法律事務所を辞め、国際金融の世界に飛び込みました。


前職で覚えた葛藤

それまで裁判や相続の相談などを扱っていた私にとって、そこで経験する全てが新鮮でした。上司や同僚の人間関係にも恵まれました。

世界で戦う日系企業をサポートするというその銀行の役割にも意義を感じており、私にとって、その中で働くことは喜びでした。

私は、その環境で、国際取引は今後ますます拡大することを確信します。JETROの統計を見ても、日本から海外への投資規模は、ほぼ右肩上がりで増えています。

金融機関は多くの金融取引で、法律事務所に対して、契約書の作成や契約交渉などを依頼します。

そこでの取引は、いずれも規模が大きく、数千億円以上の金額が動くこともあります。案件の規模が大きいと、弁護士報酬の相場も上がります。案件によっては、上限なしの青天井で弁護士のタイムチャージが課金され、最終的に驚くべき金額が報酬として請求されます。

私は、自分が知っている弁護士報酬の金額と桁違いの金額が請求されていることに驚愕すると同時に、「ここで経験をつんで将来仕事がとれればぼろ儲けだな」と考えることもありました。

仕事の内容も魅力的です。

さまざまな国の当事者が、協力し合い(時には利権を争い)、数々の壁を乗り越えながら、プロジェクトの成功という一つの目標に向けて、道を切り開いていくのです。

プロジェクトの内容も、資源開発やインフラなど、社会経済に与える影響が大きいものが多いです。

しかし、私は現実を突き付けられます。

国際金融のリーガル市場は、大手の英米系事務所の独壇場で、日系事務所は全く土俵に上がれていないという現実です。

その銀行は、日本政府が全株式を保有する会社で、職員は殆ど全員日本人。加えて、融資先のプロジェクトは日系企業が中心に運営しているという状況にも関わらず、そのリーガルはイギリス人やアメリカ人が担当しているのです。

東京に支店を持ち、日本法弁護士が所属する英米系事務所もありますが、大型の案件では、必ずしも所属の日本人弁護士に出番が回される訳ではなく、ロンドンを拠点とするイギリス人チームがメインで対応します。

では、日本のファイナンス弁護士は何をしているのかって?

彼らはもっと規模の小さい案件や、日本法固有の法律相談を担当するのです。

それでも、日本国内であれば競合は大して多くないですし、食っていくには十分過ぎるほど稼いでる人が多くいます。なので、世界の市場まで関心がない人が多いのかもしれません。

なぜ日本の弁護士は勝てないのか?

大量の英文ドキュメント

国際取引では英語を使うので、日本人は、情報処理に時間がかかります。プロジェクトものは、業務にスピードが求められるので、英語ネイティブに大きく差をつけられます。読み書きの正確性も当然劣ります。英語での交渉も頼りないでしょう。

契約準拠法

契約をするときは、当事者の合意によってどこの国の法律を適用するか決めることができるのですが、色んな国籍の当事者が関与する国際取引では、英国法や米国法を契約準拠法に定めることが一般的です。

当然ですが、日本法弁護士は、日本法の専門家なので、そのような案件で中心的な役割を果たすことはできません。

国際ネットワーク

英米系事務所は、全世界に支店を有していたり、それ以外にも強いネットワークを持っているので、あらゆる法域の案件に対応できる体制ができています。

日系事務所も海外支店を増やしているようですが、連絡係の域を脱しておらず、ワンストップで対応できる体制が十分に整っている訳でないという印象をもっています。

付け加えると、英米系法律事務所の弁護士の中には、インターナショナル弁護士(英米資格者)とローカル弁護士(その他)という区分けがあり、メイン・サブ、元請け・下請けのような関係になっております。日本弁護士はローカルの一つに過ぎません。

ちなみに、留学先の同じクラスの南米のファイナンス弁護士に上記のようなマーケットの話をしたところ、

「その通りだ!アメリカ弁護士ファ●ク!!!」

とのことで、やはり元請けにおいしいところを持っていかれているという認識のようです。

しかし、現状、世界規模でリーガルマーケットを分析し、戦略を立てるという視点を持った日系事務所は少ないように思います。

私が銀行にいた頃は、英米系事務所の世界中のロイヤーが、毎週のように情報交換のために面談に来たり、新しい情報を提供すべくセミナーを開催していました。ディールロイヤーにとってマーケットの見つけ方は割と単純で、大きなお金が動いているところに大きな仕事があるのです。彼らはそれをよく知っていて、大きなお金を動かす企業への営業に、日系事務所とは比べものにならない程の労力と費用を割いていると思います。

日系事務所の弁護士は、伝統的に、目の前の案件でいい仕事をして次の依頼に繋げるという受け身のスタンスと思いますが、この辺りは日本人のメンタリティが作用していると思っています(メンタリティについては別稿でまとめる予定です)。

国際基準での日本の弁護士の強みは?

日本法のアドバイスができること

日本語で質の高いアウトプットができること

低廉なアワリーレート

といったところでしょう。したがって、日本人弁護士の渉外業務は、①を生かした外資系企業のインバウンド案件、②を生かした日系企業のアウトバウンド案件ということになります。

しかし、これだけでは世界で戦うには心許ないと思うのは私だけでしょうか。

②(日本語で質の高いアウトプットができること)に関してですが、日本語というスーパーハイコンテキストな言語で緻密なコミュニケーションがとれるのは、やはり日本人相手の商売では圧倒的な強みといえるでしょう。

ただ、前職の職員は、英語ができる人が多かったので、日本語のアウトプットの必要性は低く、結果として英米系事務所への依頼が多くなるという事情がありました。このように、日系企業の中にも英語を使える人は増えてきています

また、翻訳ソフトなど言語関連のテクノロジーの精度は日に日に上がってきています。今後は、日本語のアウトプットを受ける必要はないので、英米系事務所がよいという企業が増えてくるかもしれません。したがって、今後のアウトバウンド案件では、日本語を使えること自体大した強みでなくなってくる可能性もあります。

③(低廉なアワリーレート)に関しては、現状英米のトップファームのざっくり半額くらいという印象ですが(英米系事務所のパートナーのチャージは、10万円/時間を超える人がざらにいます。)、それでも大規模案件での競争力は弱いです。また、価格を下げ過ぎると、競争力はついても、収益性が悪くなり、他にリソースを割いた方が効率がよくなるおそれもあるので要注意です。

日本で弁護士になってから国際業務に目を向けると、その壁の高さに愕然とします。しかし、そもそも弁護士とは、特定の法域で独占業務が認められた資格に過ぎず、言葉が商品なので、当然と言えば当然です。

日本のサッカー選手が欧州リーグにチャレンジすることや、日本の自動車会社がアメリカで自動車を販売することとは質的に違います。ACミランの10番を背負う純ジャパ日本人はいても、英系法律事務所のロンドン本店で純ジャパ日本人がトップパートナーになることは全く想像できないです。

打開策

上述のとおり、少なくとも国際金融取引の分野では、日本の弁護士は土俵に上がれていない状況なのですが、ここで諦めるべきなのでしょうか。勝ち目のない土俵にリソースをつぎ込むのは賢くないという意見も大いにありえます。

しかし、諦めたらそこで試合終了です。現在私が考えているアプローチは以下のとおりです。

① 英米法の資格を得る。英語力を高める
私が現在留学して米国法の資格を取ろうとしているのは、少しでも国際取引の土俵での戦闘力を上げるためです。世界の求人サイトで世界中のリーガルのポジションを検索しても、日本弁護士を求める求人は殆ど出てこないですが、英米法系の有資格者で英語話者向けのポジションは山のように出てきます。今更ながらとても狭い世界に生きてきたなと思います。

しかし、英語に関しては、30歳を超えた純ジャパが頑張ったところで、英米のネイティブ弁護士と同じ土俵でまともに勝負できるレベルにたどり着くには膨大な時間を要するでしょう。無謀に近いかもしれません。渉外弁護士に求められる英語力については、こちらをご参照。

事務所としては、若手弁護士の英語力養成に加え、元から英語ができる弁護士を採用したり、英米法の弁護士を採用するという方法が考えられます。

② 国際取引に日本法を浸透させる
業界の慣習そのものを変えるというアプローチですが、日本法弁護士は世界的にみると数が極めて少なく、今のところメジャーになる要素は全くありません。

やるとしたら、 

(a)日本法の弁護士の数及び留学生の数を増やし、世界に日本法弁護士の人口を増やす

(b)日本企業の国際市場での優位性を高める

といった方法が思い浮かびます。

しかし、(a)は司法制度改革の失敗により、逆行する流れです。(b)も失われた20年というフレーズの通り、日本企業の世界でのプレゼンスは低迷しています。

そもそもこのアプローチは日本人のメンタリティに合わないんですよね。何せ世界が大航海で熱狂していた時代に数百年も鎖国していた国ですから。

③ 国際ネットワークを強化する

やり方としては、海外に支店を置く、有力な提携先を増やす、国際舞台の経験豊富な外国法弁護士を採用する、といったところでしょうか。

国際人材の採用については、日系事務所の国際的なブランド力、競争力、そして、資金力にかかっていると思いますが、現状、日本に縁もゆかりもない外国のロイヤーにとって、日系事務所が、就職先として魅力的かと聞かれると、疑問です。

やはり、他の要素と同時並行で地道に地力を上げていくしかないのでしょうか。

日系事務所による海外の法律事務所のM&Aや合併が、もっとあってもよさそうに思いますが、数年前に森・濱田松本法律事務所がタイの法律事務所を買収して以降、話は聞きませんね。日本の法律事務所自体あまり組織化されていない個人事業主の集まりみたいな集団なので、海外事務所まで統制をとるのが難しいということなのでしょうか。この辺りの現状はあまり把握していません。

一方で、既に国際舞台で活躍している日本人弁護士はそれなりにいると思います。インターナショナルファームで最前線でやってる人もいれば(バイリンガル又は英語ネイティブで、日本語ネイティブは見たことはないですが)、日系企業で日系法律事務所には依頼しないようなクロスボーダー案件を回している人もいると思います。こうした人達の力を結集させることは、クロスボーダーの世界を開拓する一つの方法となり得るのではないかと考えています。

④ AIで言語のハンディキャップを克服する。
テクノロジーの進歩によって、日本語でアウトプットできることの優位性が低下する懸念は前述しましたが、同時に英語の優位性も低下する可能性もあります。

すなわち、大量の英文ドキュメントの情報処理をAIに担わせ、弁護士が付加価値の高い業務に集中することができれば、後はその付加価値と価格の勝負になってくるので、クロスボーダーのフィールドでも、英米のロイヤーと勝負ができるようになるのではないかという仮説です。

もしそのような世界が実現すれば、もはや言語で優劣がつかなくなります。そこは、国や言語に関係なく、より本質的な価値を提供できるロイヤーが選ばれる世界です。全世界のロイヤーが同じ土俵に上がって、競い合うことになるでしょう(仕事の本質的な価値については、別稿でまとめる予定です)。

すごい時代ですね。そうなると、出自や母語に左右されず、世界中のあらゆる人にあらゆるチャンスが生まれる世の中になるかもしれません。

私は、これまで色んな国のロイヤーと業務上関わる機会がありましたが、日本のトップファームのロイヤーが、世界のトップファームのロイヤーに能力的に劣っているとは全く思いません。仕事は基本的に丁寧ですし、地頭がよい人の層も厚いと思います。

それだけに、母語や出自だけで越えられない壁ができてしまっている現実が悔しいのです。

英米系事務所では、既に、英文ドキュメントのレビューにAIを導入して効率化を図っているという話も聞きます。

日本でも、新興のリーガルテック企業がAIを用いた法務業務の効率化を目指しています。その起業家たちからは、あるべき社会の姿を頭に描き、受け身ではなく、主体的に未来の社会を創っていこうとする強い姿勢を感じます。期待するとともに、応援したいです。

⑤ 日本のクライアントといっしょに世界進出する

これまで日本の渉外弁護士が歩んできた道の延長線上の話になりますが、弁護士はクライアントとともに歩み、成長していきます。

主体的に社会へ働きかけ、実力及び将来性のあるクライアントに認められ、ともに世界進出し、社会を創っていく、そういうことをしていきたいと思う今日この頃です。

まとめ

世界で戦うために個人としてやるべきことは、

・英語力を伸ばす

・英米法の資格をとる

・海外ネットワークを広げる

・最新のAIを駆使するスキルを身に着ける

・仕事の付加価値を上げる

・世界志向の実力のある日本企業のサポートをする

といったところに集約されるというのが、今の私の考えであり、スタンスです。

長く述べた割には月並みなところに留まっています。私1人の脳みそや行動範囲では、この程度が限界なのかもしれません。

そもそも勝負する土俵を間違えているという批判はあるでしょう。

しかし、似たようなことをしてるのに、手が届かない世界が目の前にある悔しさがあります。世界で歯がゆい思いをしている日本人は、きっと他にもたくさんいるはず。

あるいは、高い壁を乗り越えること自体に生きがいを感じるのかもしれません。日本のプロ野球選手が大リーグを目指すのと似た感覚でしょうか。

このブログを始めたのも、私の言葉が、同じような悩みを抱くどこかの誰かを奮い立たせ、あるいは、互いに共鳴し、知恵と勇気を結集させ、ともに高い壁を乗り越えていく、

そんなことに繋がったらいいなという想いがあります。

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