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被災地を励まし、癒やしを与え続ける「真っ黒なあいつ」〜フットボールの白地図【第32回】熊本県

<熊本県>
・総面積
 約7409平方km
・総人口 約173万人
・都道府県庁所在地 熊本市
・隣接する都道府県 福岡県、大分県、宮崎県、鹿児島県
・主なサッカークラブ ロアッソ熊本、熊本県教員蹴友団、熊本ルネサンスフットボールクラブ
・主な出身サッカー選手 巻誠一郎、巻佑樹、鐡戸裕史、谷口彰悟、車屋紳太郎、植田直通

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「47都道府県のフットボールのある風景」の写真集(タイトル未定)のエスキース版として始まった当プロジェクト。前回は、東日本大震災の被災地のひとつ、福島県を取り上げた。今回フォーカスするのは、2016年4月に大地震に見舞われた熊本県。東北と九州、ふたつの被災地を連続させたのは、ある意図をもってのことである。その理由は3つあった。

 まず、日本という国に暮らしているわれわれは、誰もが被災者となるリスクを内包しているということ。ゆえに、被災者として支援を受けた人が、今度は別の被災地支援に駆けつけるケースが珍しくないこと(熊本にも東北の元被災者が数多く駆けつけた)。そして、支援する側と支援される側が、サッカーを通してつながる場面をたびたび目にしてきたことだ。

 熊本では16年の大地震に続いて、20年7月には球磨川が大氾濫する豪雨災害に見舞われている。県内の死者が64名という大災害だったが、おりからのコロナ禍もあって、現地の状況はすぐに忘れ去られてしまった。観光名所に事欠かない熊本県だが、今回はあえて被災地の現状について触れることにしたい。そして旅の途中、そこかしこで出会った「真っ黒なあいつ」についても。

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 ロアッソ熊本のホームゲームが行われる「えがお健康スタジアム」は、阿蘇くまもと空港からほど近いところにある。空港の土産物売り場を覗いてみると、まず目に飛び込んでくるのが「くまモン」グッズ。くまモンは、熊本県PRマスコットキャラクターとして、2010年に誕生。県の許可が得られれば、個人または企業でデザインを無料で使用することができる。この大胆な発想が、もともとローカルだったキャラクターを、世界的な人気者に押し上げることとなった。

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 ロアッソ熊本のスタジアムが完成したのは1998年。同年の日本陸上競技選手権大会、そして翌99年の「くまもと未来国体」のメイン会場として使用された。正式名称は「熊本県民総合運動公園陸上競技場」で、愛称は「KKWING」。KKとは何かと思い調べてみると、県内が生んだ明治・大正期のオリンピアン「金栗四三」、そして「九州」「熊本」のKらしい。「だったらKが3つやん!」と思われるかもしれないが、そこはぜひ察していただきたい。

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 熊本の言葉で「がまだせ」とは「頑張れ」を意味し、2016年の熊本地震では盛んに使われていたフレーズである。地震発生直後、熊本でのJリーグ開催は2カ月半にわたって見送られた。その間、柏レイソルやヴィッセル神戸やサガン鳥栖のスタジアムで、ロアッソの「ホームゲーム」が開催されている。日立台で行われた試合では、くまモンも登場してスタンドに向けて盛んにお辞儀をしていた。

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 400年以上にわたり、肥後のアイコンであり続けた熊本城もまた、今回の地震では甚大な被害を被っている。もっとも、地震被害は今回が初めてではない。江戸時代の地震の記録は23回を数え、そのうち3回は直接的な被害を受けている。さらに明治期の1889年にも、マグネチュード6.3の地震によって石垣崩落は42カ所に及んだという。大地震に見舞われるたびに被災し、そして復活してきた、熊本城。今回も、きっと──。

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 県南部の人吉盆地を貫流する球磨川は、熊本最大の河川にして、最上川や富士川と並ぶ日本三大急流のひとつである。その球磨川が、集中豪雨で大氾濫を起こしたのは昨年7月のこと。それから4カ月後、現地を訪れる機会を得た。案内してくれたのは、東北への支援活動を継続的に行っている「ちょんまげ隊長ツン」さん。そのボランティア仲間で、鹿児島ユナイテッドFCサポーターの「じゃんけんマン」さんである。

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 Jリーグ開幕以降、わが国ではいくつもの災害が起こったが、クラブの垣根を超えてサポーターが被災地に駆けつけるようになったのは、やはり2011年の東日本大震災が一番の契機であった。しかし今回の熊本豪雨災害では、行政が「コロナ対策」を理由に県外ボランティアを拒否していたため、全国どこでも駆けつけるツンさんも遠隔での支援を余儀なくされたという。何ともやりきれない思いを感じつつ、重機に貼られていたくまモンに少しだけ癒やされた。

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 最後に訪れたのが、球磨村神瀬の保育園。高台にあったため、保育園に80人、隣接する神照寺には40人が避難して、救助されるまでの3日間を持ちこたえた。救助ヘリに向けて書かれた「こうのせほいくえん120メイヒナン」というメッセージはニュースにもなった。多くの住民が村から退避したため、保育園から子供たちの声は消え、ただ重機を動かす音ばかりが聞こえてくる。あらためて、現地の状況を肌で感じることの大切さを教えられた、熊本での旅であった。

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 最後に、熊本の食について。熊本ラーメン、太平燕(たいぴーえん)、辛子蓮根など、名物には事欠かないけれど、ここはやはり馬刺しを強く推したい。別名「桜肉」とも呼ばれ、ただ美味なだけでなく、低カロリー、低脂肪、低コレステロールというのも魅力だ。ちなみにロアッソ熊本のマスコット「ロアッソくん」は馬がモティーフ。そんなわけで当地の馬刺しを愉しむ時は、可愛いロアッソくんのことをなるべく思い出さないようにしている。

<第33回につづく>

宇都宮徹壱(うつのみや・てついち)
写真家・ノンフィクションライター。
1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年に「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」を追い続ける取材活動を展開中。FIFAワールドカップ取材は98年フランス大会から、全国地域リーグ決勝大会(現地域CL)取材は2005年大会から継続中。
2016年7月より『宇都宮徹壱ウェブマガジン』の配信を開始。
著書多数。『フットボールの犬 欧羅巴1999‐2009』で第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞、『サッカーおくのほそ道 Jリーグを目指すクラブ 目指さないクラブ』でサッカー本大賞2017を受賞。近著『フットボール風土記 Jクラブが「ある土地」と「ない土地」の物語』。


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