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「通り過ぎる街」と駅チカのスタジアムが起こした奇跡〜フットボールの白地図【第38回】佐賀県

<佐賀県>
・総面積
 約2441平方km
・総人口 約81万人
・都道府県庁所在地 佐賀市
・隣接する都道府県 福岡県、長崎県
・主なサッカークラブ サガン鳥栖、佐賀LIXIL FC、川副クラブ
・主な出身サッカー選手 副島博志、原田武男、片渕浩一郎、板橋洋青、中野伸哉

「47都道府県のフットボールのある風景」の写真集(タイトル未定)のエスキース版として始まった当プロジェクト。前回は、都道府県の魅力度ランキングで12年連続1位を誇る北海道を取り上げた。今回は、個性派揃いの九州の中でも、いささか地味な印象を拭えない、佐賀県にフォーカスする。あくまで事実として申し上げると、昨年の同ランキングで佐賀は45位(下から3番目)であった。

 佐賀といえば「サガン鳥栖」。2012年に初めてJ1に昇格してから、早いもので今季で10シーズンである。これほど長きにわたりトップリーグにとどまるクラブは、九州ではサガン鳥栖のみ。大分トリニータでさえ、J1での最長在籍は7シーズンである。1997年のクラブ創設以来、何度も経営危機と成績不振に苦んできたサガン鳥栖だが、この事実はもっと周知されてしかるべきであろう。

 サガン鳥栖の希少性は、まだある。ホームタウンの鳥栖市は、県庁所在地でないばかりか、人口規模で言えば県内で3番目(およそ7万5000人)。県内唯一のJクラブが、県名も県庁所在地名も冠していない例は、サガン鳥栖を含めてごくわずかだ。加えて言えば、たった5文字のクラブで、県名をさりげなくアピールしているネーミングも秀逸である。

 ところで佐賀は、本当に魅力の乏しい県なのだろうか。いやいや、決してそんなことはない。焼き物の街で有名な有田には、鳥栖から特急で1時間ほどでアクセスできる。登り窯をイメージした、この有田駅の大胆なデザインを見よ! ここからタクシーを利用すれば、有田焼の美術館や窯などをめぐることができる。また周辺は、温泉街としても有名。「日本三大美肌の湯」で知られる嬉野温泉へは、武雄温泉駅からバスで30分ほどの距離感だ。

 鳥栖駅から最も近い観光スポットといえば「国営吉野ヶ里歴史公園」。当地には弥生時代の紀元前4世紀頃から集落が形成されるようになり、竪穴住居や高床住居、さらには物見櫓などが復元されている。さほど知識がなくても、古代のロマンを楽しめること間違いなし。ただし、試合前に見学するときは注意が必要だ。鳥栖駅から吉野ケ里駅までは20分、そこからさらに徒歩20分。電車の本数も限られているので、片道1時間くらいの余裕は見ておきたい。

 初めて鳥栖を訪れた時、鳥栖サポの住職のご好意で、お寺に泊めていただいた。そこで出会ったのが、佐賀県と有明海の非公認マスコット「有明ガタゴロウ」。佐賀弁でしゃべり、見事な筆致でイラストを描くこともできる。サガン鳥栖の熱狂的なサポーターであるのだが、大人の事情によりスタジアムに立ち入ることができない。小脇に抱えているのは、有明海に生息する「ワラスボくん」。時おり口にする「ガタガタ干潟ァ〜有明海ィ〜」というフレーズは、いつまでも耳に残る。

 それでは、サガン鳥栖の試合会場へ向かうことにしよう。鳥栖駅から、何と徒歩3分。もともと駅構内にあった鳥栖機関区及び鳥栖操車場跡地に、旧JFLに所属していた「鳥栖フューチャーズ」のホームスタジアムとして1996年にオープンしている。しかし翌97年1月、駅チカの球技専用スタジアムを残して、フューチャーズは解散。もし施設が完成していなければ、この地にJクラブが誕生することは、おそらくなかっただろう。

 現在のスタジアム名は「駅前不動産スタジアム」。駅前にあるスタジアム、という意味ではない。ネーミングライツ契約をしたのは、株式会社駅前不動産ホールディングス。実は佐賀県ではなく、隣県の久留米市の企業である(鳥栖の駅前にも店舗がある)。当初は「駅スタ」という愛称に抵抗を覚えるファンもいたようだが、これほど名は体を表すネーミングはないだろう。鳥栖の場合、駅とスタジアムがお互いを必要としていた──。そう、私には感じられてならない。

 鳥栖駅の開業は1898年。九州最古の駅のひとつであり、交通の要衝でもある。そして交通の要衝とは、すなわち「通り過ぎる街」。大宮や岡山がそうであるように、Jクラブが誕生する無視できない条件だったりする。前述したとおり、スタジアムがなければ、フューチャーズの後継クラブとしてのサガン鳥栖は生まれなかった。加えて、人口わずか7万5000人弱の「通り過ぎる街」である。それゆえに、Jの灯火を絶やさないための地域の努力についても、留意すべきであろう。

 2012年に悲願のJ1昇格を果たしたサガン鳥栖。以来10シーズン、彼らはトップリーグで戦い続け、J1初昇格後に降格していない唯一のクラブとなっている。試合後の会場で、ソフトバンクホークスとサガン鳥栖のコラボ企画を見つけた。これも鳥栖がJ1クラブであり続けたからこそ、九州の強豪球団と「同格」の扱いを受けることとなったと理解してよいだろう。これまでの経緯を思えば、まさに「通り過ぎる街」と駅チカのスタジアムが起こした奇跡である。

 佐賀県の食といえば、佐賀牛や伊萬里牛、鯉料理や温泉湯豆腐などが思い浮かぶ。そんな中、駅スタを訪れるアウェーサポの間で有名なのが、こちらの「かしわうどん」。鳥栖駅の5番・6番ホームにある「中央軒」は、1956年九州で初めて立ち食いうどんの営業を始めた老舗で、薄味ながら滋味深いスープと鶏肉の風味が食欲をそそる。これでたったの350円。フットボールの旅人にとって、鳥栖駅周辺はワンダーランドそのものである。

<第39回につづく>

宇都宮徹壱(うつのみや・てついち)
写真家・ノンフィクションライター。
1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年に「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」を追い続ける取材活動を展開中。FIFAワールドカップ取材は98年フランス大会から、全国地域リーグ決勝大会(現地域CL)取材は2005年大会から継続中。
2016年7月より『宇都宮徹壱ウェブマガジン』の配信を開始。
著書多数。『フットボールの犬 欧羅巴1999‐2009』で第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞、『サッカーおくのほそ道 Jリーグを目指すクラブ 目指さないクラブ』でサッカー本大賞2017を受賞。近著『フットボール風土記 Jクラブが「ある土地」と「ない土地」の物語』。



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