見出し画像

「旅の手触り」を取り戻すための(裏)サッカー本談義その弐〜『自分で作るスタグルメ』(ツバキハウス制作)

 旅もフットボールもない週末が、またしても巡ってきた。

 小市民のひとりとして、政府が推奨する「ステイホーム」を続けている。インタビュー取材も自宅、打ち合わせも自宅、飲み会も自宅。ZOOM様のおかげで、ずっと外出せずに済んでいる。楽といえば楽だし、便利といえば便利。交通費や交際費もかからない。いやー、悪くないね、ステイホーム。これならあと1カ月延長でもウェルカム……なわけない! いくら楽で便利でカネが貯まっても、旅とフットボールの枯渇感が癒やされることはない。いやむしろ、募るばかりである。

 こんな時、数少ない楽しみとなっているのが「食」。最近は妙に素材にこだわったり、必要以上に手間をかけたりして、リモートワーク中のカミさんと料理を楽しんでいる。そんな中、ちょっとしたアクセントとなったのが、スタグルの通販。先日は鹿島アントラーズの名物スタグル「ハラミメシ」を夕食にいただいた。鹿島が始めた「鹿行(ろっこう)の『食』を届けるプロジェクト」の取材のために取り寄せたものだが、これが思いのほか美味しかった(参照)

画像1

 ご存じの方も多いだろうが、鹿島でのアウェー飯というものは、なかなかにハードルが高い。なぜならホーム側とアウェー側は厳しく交通制限されており、アウェー側のスタグル出店は非常に数が限られているからだ。名物のモツ煮やハム焼き、そしてハラミメシをビジターが楽しむには、鹿島サポの友人にお願いして、フェンスの隙間からスタグルを受け取るしかない(いわゆる「密輸」)。通販でハラミメシを購入した他サポは、きっと「密輸」の緊張感を思い出しながら、とろけるようなハラミを堪能したはずだ。

 前回も書いたとおり、フットボールの枯渇感というものは、過去の映像を見ることで多少は癒すことが可能だ。しかしながら、旅の場合はそうはいかない。そんな中、「旅の手触り」を蘇らせる重要な補助線となり得るのが「食の記憶」である。今回ご紹介する「旅の手触り」を取り戻すための(裏)サッカー本は、こちらの一冊。『自分で作るスタグルメ』である。前回ご紹介した『四十一週間サッカー観戦日本一周』と同様、こちらも一般書店には流通していない「同人誌」である。

画像2

 本書は「ツバキハウス制作」となっているが、執筆者はジェフユナイテッド千葉のサポーターであるshakerさん。私の周りの千葉サポは、実にユニークな変態さん(もちろん褒めている)が多いのだが、このshakerさんも、明らかにその部類に入る。全国のスタグルを食べ歩くのが趣味、というのは、まあわかる。それを自宅で再現してみたくなる心情も、まあわかる。けれども、それらをまとめて同人誌にしてシリーズ化するというのは、これはもう立派な変態さんである(その間、shakerさんは食品衛生責任者の資格も取得したそうだ)。

 このシリーズは過去7作が制作されており、8作目となる本書は、これまで再現した全国のスタグルの「ベスト11」を選出。しかも、シリーズ初の全ページフルカラーとなっている。ラインナップは右の通り。山賊焼き(松本)、パルセイロビール(長野)、まるごとメロンソーダ(鹿島)、町田風角煮カレー(町田)、サンガドリンク(京都)、讃岐風コロッケ(讃岐)、デミカツ丼(岡山)、釜揚げしらす丼(湘南)、トマトとチーズのカプレーゼ(浦和)、川崎塩ちゃんこ(川崎)、そして旧国立風焼きそば。

画像3

 構成としては、各メニューを見開き2ページずつで紹介。右ページに写真をドンと置き、左ページにメニューの解説と材料、作り方が書かれてある。シンプルな作りではあるが、要所要所に、当該クラブへのリスペクトが感じられるのもうれしい。《前項で紹介した松本山雅FCの「山賊焼き」を紹介したらこちらも紹介しないと筋が立たぬ。同じ長野県内と言っても、長野市と松本市には他県民には窺いしれない因縁の歴史が続いており》とは、パルセイロビールについての解説である。

 本書は、端的に言えば「スタグルに特化したレシピ本」である。しかし今回、OWL Magazineの原稿として執筆するにあたり、本書を再読してあらためて感じ入ったことがあった。それは「旅とフットボールの再現性」について。自分自身が体験した旅、そして試合会場で観戦したフットボールについて、それを体験していない相手に伝えるのは意外に難しい。どんなに巧みな文章とわかりやすい写真を駆使し、あるいはフォーメーションやオフ・ザ・ボールの動きを図解してみたところで、実体験には遠く及ばない。

画像4

 旅もフットボールも、メディアを介しての追体験は可能だが、第三者が実体験をするためには、やはり自分自身がその土地に赴き、そこでフットボールを観戦するしかない。ところが現地での食事については、旅やフットボールに比べると「リアルな再現性」へのハードルがはるかに低いと言えよう。現地で供された料理をスマートフォンで撮影し、じっくり味わいながら材料を分析し、場合によってはレシピについてインタビューし、それらを忘れないようにメモしておく。帰路に就く前に、その土地にしかない材料を買っておくことも重要だ。

 それらのデータを解析し、自宅のキッチンで再現する。もちろん、最初から上手くいくわけがなく、トライ&エラーの連続となろう。けれども努力次第で、それっぽい「ご当地料理」が完成するはずだ。現地で見た相手の10番のプレーは再現できないが、少なくともアウェー飯ならば十分に可能だ。本書は、旅とフットボールにおける数少ない「リアルな再現性」を体験できるという意味で、非常に示唆に富んだ作品となっている。こちらでも通販しているので、興味ある方はぜひ覗いてみていただきたい。

ここから先は

445字 / 1画像
スポーツと旅を通じて人の繋がりが生まれ、人の繋がりによって、新たな旅が生まれていきます。旅を消費するのではなく旅によって価値を生み出していくことを目指したマガジンです。 毎月15〜20本の記事を更新しています。寄稿も随時受け付けています。

サポーターはあくまでも応援者であり、言ってしまえばサッカー界の脇役といえます。しかしながら、スポーツツーリズムという文脈においては、サポー…

よろしければ、サポートをよろしくお願いします。いただいたサポートは、今後の取材に活用させていただきます。