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「旅の手触り」を取り戻すための(裏)サッカー本談義その壱〜『四十一週間サッカー観戦日本一周』(吉田鋳造著)

 旅もフットボールもない週末が、またしても巡ってきた。

 幸いにして、すぐに生活に困窮する状態ではない。試合はないけれど、今のところ取材も執筆も途切れる気配はないからだ(ありがたいことである)。基本的に執筆は自宅、もしくは4駅先にあるコワーキングスペース。取材についても、最近はZOOMを使ったものが多くなった。インタビューカットが撮影できないのは残念だが、それ以外は特段に不便を感じることはない。相手もリモートワークをしていることが多く、むしろアテンドが楽になったくらいである。

 一方で、フットボールの枯渇感も、以前と比べて紛らわせるようになった。最近はNHKが、過去のJリーグ中継を放映するようになった。ヴェルディ川崎と横浜マリノスによる1993年のJリーグ開幕戦に続いて、先日は清水エスパルスとジュビロ磐田によるチャンピオンシップもOAされ、SNS上では久々にフットボールの話題で盛り上がっていた。本稿を書いている時点でも、元日本代表を集めての『Jリーグ伝説のプレーSP(スペシャル)』が、思いのほか面白かったりする。

 そんな中、依然として欠乏状態が続いているのが、すなわち旅である。旅番組の再放送を見ていても、欠乏感が満たされることはない。なぜなら映像だけで「旅の手触り」を表現することは不可能だからだ。たとえば旅先で感じる、出発前とは明らかに異なる温度と湿度。聞き慣れないイントネーション。その土地でしか味わえない酒と料理。初めて訪れるスタジアムで、ふとこみ上げてくる達成感。そして試合後、帰路のバスに乗車する直前に見上げた空の色。

 フットボールの枯渇感は、過去の映像を見ていれば、ある程度は癒せるようになった。しかしながら、旅の場合はそうはいかない。むしろ私には、映像よりも文字情報のほうが、旅の再現性が高いように感じられる。そんなわけで今月は「旅の手触り」を取り戻すことができそうなサッカー本を2冊、紹介することにしたい。ただし、いわゆる「お勧めサッカー本」ではなく、あえて「裏」を狙ってみることにした。ということで、今回はこの一冊。

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 タイトルは『四十一週間 サッカー観戦 日本一周』。著者は、吉田鋳造さんである。実はこの本、いわゆる同人誌なので書籍コードがない。昨年12月のコミケで発売され、今はこちらで通販されている。そう、ここでいう「裏」というのは、商業ルートには乗っかっていないことを意味する。とはいえ同人誌でも、書き手によって「旅の手触り」がふんだんに感じられるものがあったりするので、これが侮れない。この『四十一週間 』は、まさにそんな作品である。

 著者の鋳造さんは、地元のクラブであるFC岐阜のファンであり、なおかつ古くからの地域リーグウォッチャーなので、その界隈では有名だ。ご存じない方にわかりやすく説明すると、この人は私にとっての「地域リーグの師匠」。私が地域リーグ決勝大会(現地域CL)を初めて取材したのは2005年だが、鋳造さんはさらに10年前の1995年から、この大会を見守り続けている。この年の1月に行われた地域決勝で優勝したのがブランメル仙台。そう、のちのベガルタ仙台だ。

 私が初めて鋳造さんと出会ったのは、『股旅フットボール』の取材で岐阜を訪れた2006年だった。岐阜サポのたまり場になっていたトルコ料理屋で、ワインボトルを2本空けながら濃密なフットボール談義をしたことを、昨日のことのように思い出す。以来、地域決勝や全社(全国社会人サッカー選手権大会)といったイベントで、鋳造さんとは何度もお会いしてきた。気がつけば、かれこれ15年来の付き合いになる。

 鋳造さんについて、ひとりの書き手として感心するのが、一貫してアマチュアとしての立場を崩すことなく、コンスタントにアウトプットしていく姿勢である。彼が運営している『吉田鋳造総合研究所』というサイトでは、これまでの鋳造さんの旅や観戦の記録、さらにはご自身が丹念に調べ上げた地域リーグの過去の記録がアーカイブされていて、私も執筆時にはずいぶんとお世話になった。こうした積み重ねの延長線上に、本書『四十一週間』を含む一連の同人誌がある。

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 本書の内容について解説しよう。これは鋳造さんが昨年、自らに課した「1年以内に47都道府県でサッカーを観戦する」プロジェクトの記録である。1年は52週しかなく、国内リーグのシーズンは40週程度。しかも鋳造さんの主戦場である地域リーグは、4月に始まって9月には終わってしまう。逆に「稼ぎ時」となるのが、天皇杯の都道府県予選が行われる1月から2月。この時期の文章は、サッカーファンでも聞いたことのないようなチームや試合会場が、やたらと出てくる。

 本書に限った話ではないが、鋳造さんの文章は読み手をかなり厳選する。文体そのものは読みやすい部類に入るが、いかんせん情報のマニア度が尋常でなく、Jリーグ以下のカテゴリーの知識がないと、かなり戸惑うことになる。フットボールだけでなく、鉄道やアニメや日本地理に関するディープな情報もまぶしてあって、「自分は何の本を読んでいるのだろう?」と戸惑うこともしばしば。それでも「旅とフットボール」という基本ラインだけは、最後までブレることはない。

 確かに、読者を選ぶ作品ではある。しかしながら「こんな試合をはるばる観に来る自分って、なんて物好きなんだろう」と悦に浸っているようなフットボールファンには、100%のシンパシーが感じられる作品でもある(まさに私自身がそうだ)。と同時に、プロフェッショナルな書き手として痛感するのが、あくまで「趣味」として旅とフットボールを楽しんでいる鋳造さんの潔さ。こればかりは到底、真似することはできない(向こうもそう思っているだろうが)。

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