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【ショートショート】老いらくシネフィルたちの昼下がり

A「この喫茶店にしよう」

B「いいでがんす」

C「アベル・ガンス(フランスの映画監督)」

店員「いらっしゃいませ、こちらへどうぞ」

 席へ移動中、長身のCが照明にぶつかる。

C「イタタタ……額がやられた。君、鏡を持っていないか?」

 店員、ポケットから小さな三面鏡を取り出し、開いてCの前にかざす。

C「トリプル・エクランか!(アベル・ガンスが自らの映画のために考案した3面スクリーンによる映写方式)」

店員「え? トリプル……エクレア3つですか?」

C「いや、なんでもない」

 3人、席に着く。

A「はあ……やっぱり僕は、エイゼンシュテインの『イワン雷帝』の第3部を見てからでないと死ねないな(暗にスターリンを批判する内容だったため未完)」

B「それは文学好きが『カラマーゾフの兄弟』の続編を望むのと同じで、どんなに願っても叶わないことだな」

C「死んでもさまよいそうだ」

A「どうせさまようなら、黒澤(明)の『夢』の中にでもするかな」

B「俺は溝口(健二)の『雨月物語』だ」

C「ずいぶんとチャレンジャーじゃないか。俺は『髪結いの亭主』だ(フランス映画、パトリス・ルコント監督。高倉健も好きだった)」

A「だが、あんまり奥さんが綺麗だと、気が休まらないぞ」

B「それは言えてるな。屁で会話が成り立つくらいが楽でいい(小津安二郎『お早よう』)」

A「同感だ」

店員「エクレア3つ、おまたせしました」

ABC「頼んでない!」

(了)

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