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【俳句】峠茶屋

妻「こんな渋滞ののろのろ運転じゃ、オラもうむかっ腹が立って運転どころじゃねえぞ! 父ちゃんが運転しろ!」

夫「オラさっき昼飯んとき、ビール一杯飲んだの母ちゃんだって知ってるべ?」

妻「まさかこんな真っ昼間っから酒なんか飲むなんて思わねえでねえか」

夫「なに言うとるだ。東京は怖えから父ちゃん運転してけろっちゅうたんは母ちゃんだんべ。もう川を越えたんだから、そんぐれえいいでねえか」

妻「ったくもう!」

   白昼の不協和音のビールかな

夫「ん? ほら見れ、ナビのここんとこに『峠茶屋前』って交差点があっど。ここでひと休みしてから行くべ」

妻「えっ……? ちゃ、茶屋って、と、父ちゃん、本気で言ってるだか?」

夫「ああ、本気だ。オラァいつだって本気だ」

妻「やんだ、父ちゃん、オラにだって心の準備が必要だぞ。なんせ何年かぶりだもん」

夫「心の準備もなにも、おみゃーはオラの母ちゃんなんだから、なんも恥ずかしがることなんかねえべ」

妻「キャー、オラ顔から火が出そうだ」

夫「ほれほれ、もう『峠茶屋前』に着くべ……ん? 茶屋らしきもんは見当たらねっど……そこのコンビニに停めて探すべ」

(2人、車から降りてしばし散策)

妻「なんもねっど」

夫「コンビニに入って聞いてみっべ……あんの〜店員さん、ここらに茶屋ってあるだか?」

店員「昔は宿屋があったみたいですが、残念ながら今はないんです」

夫「はあ、そうすか、あんがと」

妻「しかたねっから、ここで茶でも買ってくべ」

夫「んだな」

   峠茶屋のぞみ失せたる日の盛

妻「よし、また出発だな」

夫「おお、母ちゃん、すんげえ下り坂だど! 前に車ねえから、今ならぶっ飛ばせるど!」

妻「よしきた、父ちゃん、腰抜かすなよ! そりゃー!」

夫「おおー!」

妻「気持ちいいべー! まだ行くどー!」

夫「か、母ちゃん、前見れ! スピード落とせ!」

妻「うお! ブレーキかけっど!」

(キキーッ!)

夫「ふう、危ねかったなあ」

妻「はー、ちょっとはスッキリしたど」

夫「ここいらは上り下りが忙しいど」

妻「んだなー。ん? 父ちゃん、こんなところに田んぼがあっど」

夫「たまげたなあ、都会の近くにこんな田んぼがあるなんてなあ。ほれ、ちょっと畔に入ってみるべ」

妻「んだ」

夫「おおー、でっけえ木があるでねえか。ここに停めて休むべえ」

(車から出て木陰に座る2人)

妻「ほれ、父ちゃん、さっき買った茶だ」

夫「おう」

妻「んで、これも飲んでみれ」

夫「ん? 『マムシドリンク』? どうしたんだべ、これ」

妻「さっきのコンビニにあっただよ。きっと茶屋のあった名残りだべ。父ちゃん、せっかくその気になったから、この勢いがなくならねえで欲しくて……」

夫「おみゃー、かわいいでねえか。やっぱオラの母ちゃんだ」

妻「やんだ、父ちゃん、恥ずかしい」

夫「時間はたっぷりあんだもん。どっか茶屋でも見つけて休むべえ(マムシドリンク一気飲み)」

   茶にそへて恋やふたたび木下闇

(了)


 国道246号線沿い、神奈川県の川崎市宮前区と横浜市青葉区との境の見晴らしの良い高台に、峠茶屋前という交差点がある。かつて大型車を停められるドライブインがあったのが名前の由来らしい。
 最初に浮かんだ無季の句は「峠茶屋坂また坂のオーガズム」。
 そこから246を約7キロ下り、恩田川にかかる恩田大橋を少し越えたあたり、左手の藪の向こうに水田が広がる。畑に変わった水田が多い中、貴重である。

 峠茶屋前については以下の記事を参照しました。


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