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前編 アマーロで、文化を紡いでいく 伊勢屋酒造 元永達也さん

たいてい一人でバーに行く。その日の仕事終わりの場所や、気分によってお気に入りの店の中から「今日はここに」と決める。カウンターに座ると、たくさんのお酒がバックバーからこちらを見つめてくる。そこで見つけた「SCARLET」と書かれた赤色の瓶。お気に入りのお店のほぼ全てで見かけるので、一度、飲んでみたのが出会いだった。

アマーロとは、イタリア発祥のリキュール。「苦い」という意味であるAmaroと名がつくこのお酒は古くから薬草酒として現地で楽しまれてきた。数十年前まで発祥の地イタリアでは古臭い飲み物と化していたのだが、2000年代になると、カクテルブームが到来。アマーロの苦味がカクテルのベーススピリッツたちの良さを引き出す名脇役として注目されるようになる。今では、ヨーロッパやアメリカを始めとした世界のカクテルシーンでは欠かせないお酒となった。

さて、「SCARLET」は日本で造られているアマーロである。瓶のデザインの趣からして国内のものとは感じなかったのだが、どうやら神奈川県の相模原で造っているとのこと。いつか造っている方とお話をしてみたいなと思っていたところ、とあるイベントでお会いすることになった。それがきっかけでこの記事を今、書いている。取材したのは蒸し暑い夏の終わり(terra Radio「オサケッテカルチャー」では収録公開済み、リンクを下記します)。忙しさにかまけ、公開が真冬になってしまった。大変申し訳ない気持ちでいっぱいである。そんな事情から、造り手の元永さんの姿が少し肌寒く感じてしまうことを注記として添えさせていただく。

取材・文・写真:大島 有貴

伊勢屋酒造代表 元永達也さん
大阪出身。10年間、日本国内のさまざまな店舗でバーテンダーとして勤務。海外においてもバーテンダーとして活躍する。その後、スコットランドの蒸留所を見学するため、ヨーロッパを周遊。70カ所ほど多くの蒸留所を見学する。2020年、甲州街道沿いの宿場町に建つ旅籠(はたご)を再生し、伊勢屋酒造を開業。築100年の宿場、小原(おばら)伊勢屋の屋号を引き継ぎ、
アマーロ「SCARLET」を造っている。

さまざまな人や文化が行き交った、小原宿

──今日はよろしくお願い致します。昔、この辺り一帯は、宿場町だったとお聞きしました。

そうですね。この辺りは、甲州街道沿いの小原(おばら)宿として賑わっていました。江戸時代に整備された五街道のうちの一つである甲州街道。江戸・日本橋から甲斐国(現在の山梨県甲府市)を通り、さらに下諏訪宿(長野県下諏訪町)へと至る道です。江戸と地方を結ぶ重要な道として多くの人が利用し、沿道には宿場が置かれていました。ここ伊勢屋酒造がある場所は「小原宿 伊勢屋」という旅籠(はたご)、今でいう旅館でした。伊勢屋酒造の名前はその屋号からとっています。当時は庶民がこのような宿に泊まることは少なく、それなりの身分の方々が滞在する場所でした。2階では養蚕を行い、近隣では煙草が作られ販売されていたという文献が残っています。多くの人々が行き交い、産業や文化が発展していった場所なのです。

当時から代々、住む方が多い小原。今も多くの住民の方々が江戸時代からの旅籠の屋号を残し暮らしている。ご近所さん同士、「伊勢屋さん」などと屋号で呼び合うことが多いとのこと。

実は、この「小原宿 伊勢屋」は前職のバーテンダー時代の師匠、小林さんのご実家です。30年近く空き家だった家屋に一度お邪魔させていただいたことがきっかけで、何度か家屋の掃除やリフォームを手伝うようになりました。その中で小林さんに「ここを活用するなら元永、どうする?」と不意に聞かれ、「僕ならここで薬草酒造りますかね」と答えました。「じゃあやってみるか」ということで始まったのが伊勢屋酒造です。嘘みたいな話なんですが、ざっくりと言うとそんな経緯なんですよね。というのも当時、ヨーロッパに蒸留所巡りの最中で、ビザの関係で一時帰国していたタイミングだったんです。ここ小原の雰囲気は、自然豊かで、静かで…。ヨーロッパで見た、とある薬草酒の生産地と雰囲気がそっくりでイマジネーションが湧いたこともあったのだと思います。

伊勢屋酒造の自社畑の一つ。ここで収穫するボタニカルも「SCARLET」に使用されている。

フランス・トラヴェールの
気負わずフラットなお酒造りの風景

──ヨーロッパの蒸留所を巡られていたのですね。

10年間、東京を中心として何店舗かのBARで修行をした後、蒸留所を実際に見るためのヨーロッパを周遊しました。70ヶ所ほどの蒸留所を巡る中で、特にスイスとフランスの国境沿いにある町、トラヴェールで見た光景がとても印象に残っています。トラヴェールは薬草酒であるアブサンの生産で有名な地。そこでは、ものすごく素朴にお酒を造っていたんです。農業をし、そこで収穫した素材を使い、お酒を造る。気負わず、すごくフラット。そんな小規模な造り手のお酒が良質かつその土地でしか造ることができないからこそ、遠く離れた日本にまで届いている。その姿にものすごく感銘を受けました。その時、おこがましい考えなのかもしれませんが、これなら僕にでもやれるんじゃないかと思ったんです。トラヴェールに行くまでの間に他の蒸留所を巡る中で、伝統的な蒸留所であってもオートメーション化されている光景を目にしました。これはもし、自分がやるならば大規模な施設や専門的な技術が必要だと体感していたんです。だからこそ、よりトラヴェールでの光景が際立ち、自分には衝撃的だったのかもしれません。

元永さんとそのご家族、スタッフで、一から建てた建物の中には所狭しと漬け込みのタンクが。「SCARLET」では多くの漬け込み酒(リキュール類)で使われる大量生産の醸造アルコールは使わず、ニュートラルスピリッツとして広島県の「桜尾」のウォッカを使用している。
これはカクテルにした時の味のバランスへの考えと、日本のリキュール業界の底上げをしたいというこだわりから。

アマーロの面白さは、
自分らしく楽しめる余白があること

──さまざまなお酒の中で、なぜアマーロを作ろうと思ったのですか。

前述した通り、ここ小原で薬草酒を造るイマジネーションが湧いていました。その中でもアマーロを造ろうと思ったのは、僕がバーテンダーの世界にいたことがとても大きいと思っています。アマーロは簡単に言うと、苦味を帯びたリキュール。リキュールって日本だとあまり馴染みがないんですが、とても面白いんです。自分らしく自由に楽しむ余白があると思っています。例えば、僕は長いことウィスキーバーで働いていたのですが、ものすごく貴重なウィスキーがあるとします。それを炭酸で割って飲むということは普通はしないじゃないですか。もうそれだけで完成された味だからこそ、その味わいをストレートやロックで楽しむと思います。だけど、リキュールは、気軽に自由に楽しむ文化が根付いているのです。炭酸で割るのも自由だし、カクテルにも使う。リキュールの中でも特にアマーロは自由度が高い。発祥の地イタリアでは現地の人が、アマーロをコーヒーに入れて楽しむ姿を見て、本当に自分らしくお酒を楽しんでいるなと感じました。良質なアマーロをつくって広めることで、もっと自分らしく自由にお酒を楽しむ文化が日本にできればいいんじゃないかと考えたのです。

フランス・トラヴェールのアブサンの蒸留所にて。
現地では多くの素材との出会いがあったとのこと。写真:ご本人提供

後編に続きます。
後編では、元永さんのアマーロ造りに対する考え方や、これからの話についてもっと深掘ります。
2月9日(金)17:00公開。少しお待ちくださいね。


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