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知ることでみえる、世界はうつくしいのだ。―『せんせいのお人形』について―

学ぶことがどういうことなのかを、これほど美しく教えてくれるまんがを私は他に知らない。

Comico+(コミコプラス)で連載中で、藤のよう先生作「せんせいのお人形」だ(追記12月15日:無印版Comicoでも12月から掲載を開始したみたいです)。

URL: http://plus.comico.jp/manga/957/

以前に上のツイートに連なる形で感想をちょろっと書いたのだけど、改めて読んでまた良さに気が付いたのでnoteにつらつらと書いてみる。ほんのりネタバレぎみですが、ぜひまんがも読んでみてください。

あらすじ
主人公・スミカは高校生。
両親はおらず幼い頃から親戚中をたらい回しにされてきた、ネグレクト状態の少女だ。そんな彼女を女子校で倫理教師をしている昭明(しょうめい)が引き取って、成長を見守るお話。

16歳のわたしに読ませたい
箸もまともに持つことのできなかったスミカが、周りの人とかかわる中で人間になっていくのが前半のお話。物語の初めでは、スミカは表情も語彙も乏しい。そんな彼女が新しいことを知り、世界をどんどん膨らませている様子を、私は16歳のころの自分に見せたい。

本当に恥ずかしいのだけれど、16歳のころの自分は、知識はテストのためにただ出し入れするだけのものだと思っていたし、勉強はその出し入れをなるべく早く正確にするための作業だと思っていた。だから(先生たちには本当に申し訳ないのだけれど)、学校の勉強はつまらなかった。

だけど、大学入学後に社会学を知って、本を読むようになると勉強することは作業でなくなった。

まったく違うと思っていた二つの事象が、実は根っこでつながっていること。何百年も前に生きていた人の考え方が、今の社会のもとになっていること。私はそれを社会学を勉強することで知った。私にとって、それはもはや作業ではなく、発見に近い感覚だった。遠くの人が近くにいるように思え、社会と自分がつながって感じられた。知れば知るほど世界が変わって見えて、知らなかったころの自分にはもう戻れない。そう思えた。

短期間で新しいことをどんどん吸収する彼女を見ていると、初めて社会学に触れたときのことを思い出す。特に、第20話の「学問の鳥瞰図」は圧巻だ。スミカが自分の力で世界と初めて対峙する、ワクワクとドキドキの詰まった話。読んでいるだけなのに、すべてがつながっていく感覚をスミカと一緒に体感できる。

知ることの先にある、向き合うこと
「せんせいのお人形」は、学ぶこととは何かを教えてくれる。だけれども、そこで描かれるのは、知識をただ蓄えることへの称賛よりも、知ることを通じて考えたり、自分や世界と向き合おうとする人の姿だ。

知ることで世界を広げ続け、幸せを感じるスミカだが、周りが当たり前のように持っているものを、自分が持っていないことに気付く。その気づきは、幼いころから虐げられ無視された「わたし」を鮮明に浮かび上がらせた。暴力的で、誰かを傷つけたいと思う「わたし」。そんな自分と、彼女は向き合おうとする。知ることで生まれた痛みが、このエピソードでは現れる。

「せんせいのお人形」と同じく、戯曲「ピグマリオン」をモチーフとした作品には「マイ・フェア・レディ」がある。そのなかでも、主人公のイライザが自分や社会と向き合うシーンがある。上流階級のふるまいを身に付けた彼女が、田舎なまり激しい彼女に正しい話し方を教えてきたヒギンズに対し、自分を実験用のモルモットのように扱うな、と怒るのだ。

作中で、上流階級の話し方や社交界でのふるまいを身に着けることは、彼女を変える重要なきっかけとなる。だがしかし、それらはあくまでにきっかけにすぎない。本当に大切なのは、ヒギンズと過ごす中で芽生えた、自分は粗末に扱われるべきではないという心の声に気が付くことだ。そして、その気づきが、彼女と彼女を取り巻く世界である、ヒギンズを変える行動を起こさせるのだ。

この彼女の怒りは、自分や世界と向き合った結果だともいえる。自分は、どう生きていきたいのか、どんなことを望むのか。知ることによって、自分がどんな人間かを理解し、その声がはっきりするという意味では、知ること自体にも、ものすごく意味がある。ただ、それ以上に、その声に気が付き、どう自分や世界と向き合っていくのかが大切なのだ。

スミカの痛みも、一人ぼっちのままなら知ることはなかっただろう。でも、彼女は彼女自身を大切にしてくれる環境に出会い、他人を大切にすることを学んだ。そしてその反対にいる、他人を攻撃したいと思った自分に気が付き、怖がった。作中では、彼女は過去と向き合っている最中に見える。今後も目が離せない部分の一つだ。

それでも、世界はうつくしい

知ることとそれに伴う向き合うことは、時につらく、苦しい時間も生み出す。そんなのやめちゃえば、とまあ思わないこともない。それでもこの漫画を読んで、知ることは素晴らしいと思えるのは、物語が始まってから、スミカの見る世界がどんどんうつくしくなっていくからだ。回を重ねるごとに、彼女の周りの色彩が豊かになっていく。それは、彼女が知ることによって世界を捉えなおしているからだろう。
物語は、中盤を迎えている(はず)。メッセージ性の強さだけではなく、ちょっとした小ネタもクスッと笑わせてくれる。

ほんとうに、どんどん面白くなっていくこの作品について私はいろんな人の考察が見たい。さらに、ここでは詳しく書かないがスミカと昭明さんの未来にワーキャー言いたい。言いたいのだ。Comico+の回し者みたいになってしまうが、「せんせいのお人形」は、1,2話は無料で読むことができる。みなさん、ぜひ読んでみてほしい。

「せんせいのお人形」URL: http://plus.comico.jp/manga/957/

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