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[報告]TERASIAセッション@TPAM 2021:グループ・ミーティング

Text by 田中 里奈(研究者/批評家)

2021年2月10日(水)、国際舞台芸術ミーティング in 横浜(#TPAM 2021)のグループ・ミーティングにて、セッション「国境をまたがずにアジアを旅する:演劇プロジェクト『テラジア』の新たな国際共同創作を行いました。このような状況下にもかかわらず、ご来場くださった皆さまに心より御礼申し上げます。


序:隔離の時代における国際サミット?

新型コロナウイルス感染症のパンデミックによって、アーティストたちが協働で演劇をつくるために国と国との間を移動することは困難になって久しい。しかし演劇史を振り返ると、時代や地域ごとの著作権の扱いや、異なる言語および演技法による創造的な翻訳と解釈に応じて、あるいは、文化と宗教、政治と経済、そして技術的要件のもとで、国際的な協働の形はさまざまに変化してきた。

それでは、今日にはいったいどのような試みが生じているのだろうか。隔離の時代における越境的(トランスナショナルな)演劇とはいったいどんな形をしているだろうか。

演劇プロジェクト「TERASIA:隔離の時代を旅する演劇」 は、独自の方法で国境を越えて展開してきた。「隔離の時代に旅する演劇」とは、いったい何なのか? それは日本チームからどうやって生まれ、タイチームにどのように受け継がれたのか? そしてTERASIAは、今後どのように発展していくのだろうか?

――このような問題提起に基づき、各チーム間で議論を深め、さらなる交流を拓くことが、TPAM 2021のグループ・ミーティングにおけるTERASIAミニ・サミットの目的でした。

国際舞台芸術ミーティング in 横浜(TPAM)は、ヨコハマ創造都市センターにて例年2月に行われていましたが、本年のプログラムはオンラインと対面を組み合わせたハイブリッド方式で実施されました。本セッションも例外ではなく、Zoomのミーティング・ルームと横浜の両会場をスクリーンでつなぎ合わせることで、複数の国や地域からの参加が実現しました。非常な状況にもかかわらず、このような場を提供してくださったTPAMに、この場を借りて心より感謝申し上げます。

40分間のセッションでは、TERASIA:隔離の時代を旅する演劇 の一環として生み出された、あるいは生まれつつあるプロダクションを、制作者がそれぞれに振り返りました。

TERASIAのコンセプト(渡辺真帆)

まず、モデレーターの田中里奈(日本)によるイントロダクションののち、ドラマトゥルクの渡辺真帆(日本)が登壇し、東京・西方寺で初演された『テラ』(フェスティバル/トーキョー18プログラム)から本企画TERASIAが成立した経緯を語りました。

「隔離の時代を旅する演劇」というコンセプトは、コロナ禍の渡航制限下で国際的な協働の可能性を模索していく中で形作られました。

「従来のようにアーティストが移動するのではなく、作品に旅をさせてみてはどうだろうか?」 

それは、完成した演劇作品を輸出し、そっくりそのままの形で上演してもらうというやり方ではありません。そうではなく、「旅を通じた作品の〈変異〉」を享受することが、ここでは想定されています。言い換えると、異なる背景を有した現地のアーティスト間での協働――それは一種のアーティスト・コレクティヴと呼んでもいいかもしれません――によって、作品を解体し再構築することが各プロダクションに求められるのです。

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『TERA เถระ』(2020)(ナルモン・タマプルックサー)

次に、演出家のナルモン・タマプルックサー(タイ)から、昨年タイ・チェンマイのワイ・パラット寺院で上演された『TERA เถระ』(2020)についての報告がありました。

日本チームが生み出した『テラ』がタイに〈感染〉し、さまざまなアーティストを巻き込んだ〈クラスタ〉を形成し、『TERA TERA』へと〈変異〉していく……という一連の語りは、日本チームが提唱した「旅を通じた作品の〈変異〉」という意味付けを、よりはっきりと肯定的に解釈していると言い換えられるかもしれません。

事実、「クラスタ」という語は、コロナ以前にはポジティヴな意味でも用いられていました。ドイツ・ミュンヘンのバイオテック・クラスタという、バイオテクノロジー研究の実用化を横断領域的に展開していく集合体なんて、とても良い例だと思います。それはいったん置いておいて。

実際、タイチームには、宗教哲学、舞踏、伝統音楽、演劇といった異なる分野のプロフェッショナルが関わっていました。彼らはいずれもタイを本拠地に活躍しているアーティストではありますが、タイ国内外とのつながりがあり、それが『TERA เถระ』の越境的な性格を作り出してもいます。彼らによって、東京版『テラ』はいったん解体され、その核となる部分だけが取り出され、タイ独自のバージョンとして再創造されました。

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TERASIA MYANMAR

最後に、ミャンマーチームリーダー(安全のため匿名)から、現在制作中のミャンマー版に関する報告に代えて、発表資料の共有がありました。

ミャンマーにおける政情不安を受けて、彼女の登壇は残念ながら実現しませんでしたが、その代わりに彼女が提供してくれた情報とメッセージは、ミーティングにおける議論を深めるために大きな助けとなったことを、モデレーターとして申し添えておきます。

ミャンマー版は現在、当地における埋葬儀礼に着想を得て、鋭意制作中とのこと。『テラ』はこれまでにも、生と死に関する議論を上演される地域に合わせて、さまざまな形で提示してきましたが、このテーマは、疫病、動乱、そして不確定の時代の中で、いっそう身近に迫って感じられるようになりました。作品の展開が楽しみではありますが、何よりも、ミャンマーにいる彼女たちの身の安全と自由ができるだけ早くに守られるようになることを心から願っています。

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新たな越境的演劇に向けて

上記、三者からの共有から読み取れるのは、『テラ』という作品から生じたコンセプトが、アジアにおける国と地域それぞれのクリエイティヴ集団の中で自由かつ柔軟に展開していき、それらの試みが集団同士をつなぐネットワークを介して共有され、コロナ禍でのさまざまな制約を可能性に転じてきたということです。

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40分という短いスロットの中で議論しつくせなかった部分は多く残りましたが、本セッションはあくまでも議論を開いていくための場として、今後、さまざまな形でネットワークをつないでいき、議論を深めていくための足掛かりとなれば幸いに思います。

セッションの最後に行われた質疑応答では、横浜の会場とZoomの双方から活発な質問やコメントを頂きました。この場を借りて御礼申し上げます。なかでもディンドン・W・S氏(2023年公演予定のインドネシア版制作)には、突然のお願いにもかかわらず、急遽ご登壇頂きました。どうもありがとうございました。

【ご報告】TERASIA/テラジアは2023年度までの長期プロジェクトとして、一緒にコラボレーションしてくださるアーティストやパートナーを募集するべくTPAM 2021に参加し、お陰様でネットワークを拡げつつあります。

最新作『テラ 京都編』(2021年3月26日~28日、興聖寺)に関する情報はこちらでお読み頂けます:
https://note.com/terasia_jp/n/n533f75438170

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TPAM 2021:グループ・ミーティング
「国境をまたがずにアジアを旅する:演劇プロジェクト『テラジア』の新たな国際共同創作」
日時:2021年2月10日(水) 11:00-11:40
会場:BankART Temporary 3F ギャラリー/Zoom
言語:英語
ホスト:田中里奈(明治大学国際日本学部助教、批評家)、ナルモン(コップ)・タマプルックサー(演出家)、渡辺真帆(ドラマトゥルク、通訳・翻訳者)、ミャンマー匿名アーティスト

【概要】2020年5月に発足した、アジア横断型プロジェクト「テラジア―隔離の時代を旅する演劇―」は、フェスティバル/トーキョー18初演の『テラ』(於:西方寺)のコンセプトを、各地の寺院と信仰を踏まえて、演劇と音楽の両面から再構築します。その第一弾となった同年10月のタイ公演を、同公演の演出家及び日本側のドラマトゥルクと振り返り、ミャンマーでの次作を見据えつつ、コロナ下における新たな共同制作のあり方を考えます。
https://www.tpam.or.jp/program/2021/?program=group-meeting#group_37

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田中 里奈
1990年東京生まれ。明治大学国際日本学部助教。慶應義塾大学、神奈川大学ほか兼任講師。博士(国際日本学)。2017年度オーストリア国立音楽大学音楽社会学研究所招聘研究員。2019年、International Federation for Theatre Research, Helsinki Prize受賞。最新の論文は「ミュージカルの変異と生存戦略―『マリー・アントワネット』の興行史をめぐって―」(『演劇学論集』71、日本演劇学会)。研究業の傍ら、翻訳・批評活動を行っている。
https://researchmap.jp/rhtanaka

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