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佐渡②

Good bye, FILM #4


森 2014.8 

峠の手前で小さな標識をたよりに横道の林道に入って、しばらく進んだ先の行き止まりのスペースに車を留め、明るい木漏れ日のブナの森の奥に続く土手を登ると、だしぬけに池が現れた。

標高1000メートルの森の空気はひんやりとして辺りは静寂。すぐそこまで車で入って来れるのが信じがたい。
10分もあれば一周することができる小さな池で、池の上空には周囲の高木が張り出して、自然のドームのような不思議な空間ができていた。
静止した水面は黒々として艶やかな漆の盆のようで、周辺の木々を映した部分が緑色に光っている。池は深いのか浅いのか、澄んでいるのか淀んでいるのかよく判らず、一番奥の方に、明るい草地があった。

ここは、珍しい浮島のある池として知られた場所である。
草地に見えたものは、湿原性のコケなどの植物が密集した浮島、要するに水に浮いている草塊だ。長い年月をかけて、他種多用な草が絡んで合体し、新陳代謝を繰り返して成長した草塊が、水面に寝そべるように黙って浮いている。
枝をかき分け、落ち葉を踏みしめながら周囲の土手の高いところまで来て見下ろすと、浮島は意外と大きくて、いびつな形をしていて、中央に大きく空いた穴からは吸い込まれそうに黒い水面が覗いている。
緑の草塊はそれ自体がひとつの生物のようでもある。木立の間から射す光に照らされ黒い池に漂う姿は神秘的で、どこかこの世のものではないような気がした。

静かな森の空気は、生物の気配が充満していて、澄んでいながら濃密だ。
植物や動物はもちろん、土や水の中に住む虫や無数の微生物や菌類といった夥しい命の振動。人間の耳には聴こえない、高周波の虫や鳥の鳴き声や羽音が鳴り響き木々が水を吸い呼吸する音で満たされている。
一帯は浮島を中心としたミニチュアの宇宙、別の銀河にうっかり迷い込んでしまったような気がして、無限の生命が共鳴しながら均衡する聖域の中心に、ポッカリと深く口を開けたブラックホールのような穴が、少し不気味に思えてきた。
池の主である龍に見初められた村の娘が入水したという、この池に伝わる伝説が、いっそう想像を膨らます。裏手の小高い場所に鎮座する小さな祠は、龍の住むこの聖域を司っているかのようだ。
張り出した木々から時折り、葉が、はらりと回転しながら水面に落ちていった。


2014.8(120mm, negative)

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