見出し画像

企業と、生物の法則

体重が大きいほど、時間はゆっくり進む。

アインシュタインが相対性理論で明らかにした事実です。

これを授業で習った時、「アインシュタインの頭の中は一体どうなっているんだろうか…」と衝撃を受けた覚えがあります。

事実、時間は体重の1/4乗に比例することが分かっています。

体重が16倍であれば、時間は2倍に長くなります。

160kgのお相撲さんは3kgの赤ちゃんよりも、160÷3の1/4乗、つまり約2.7倍ほど時間がゆっくり流れています。

時は万物を平等に、非常に駆り立てていくと、私たちは考えている。
ところがそうでもないらしい。
ゾウにはゾウの時間、イヌにはイヌの時間、ネコにはネコの時間、そして、ネズミにはネズミの時間と、それぞれ体のサイズに応じて、違う時間の単位がある。

「ゾウの時間 ネズミの時間-サイズの生物学」では、この「体のサイズに応じて、時間の流れ方が変わる」ことを分かりやすく、平易な言葉で教えてくれます。

生物のサイズに応じて、生物ごとの流れる時間が異なります。改めて考えると、たしかに虫のような小さな生き物は寿命が短いと感じませんか。
小さな生き物は体のサイズが小さいため、人間に比べ時間が早く流れているからと考えれば納得がいきます。

大きな生物と小さな生物の違い

大きな生物と小さな生物について、もう少し詳細に見ていきましょう。

まず、大きな生物の特徴はこちら。

ちょっとした環境の変化はものともせず、長生きできる。これは優れた性質ではあるが、この安定性があだとなり、新しいものを生み出しにくい。

大きいと個体数が少ないし、一世代の時間も長いから、ひとたび克服できないような大きな環境の変化にであると、新しい変異種を生み出すこともできずに絶滅してしまう。

続いて、小さな生物の特徴を見てみます。

小さいものは、どんどん食べられ、ばたばたと死んでいくが、つぎつぎと変異を生み出し、「へたな鉄砲も数打ちゃ当たる」という流儀で後継者を残していく。

新型コロナウイルスの変異のスピードに人間は翻弄されていますが、ウイルスのような小さな生物の時間はとても早く流れています。
人間の進化に比べ驚異的なスピードで変異するのも、多産多死で絶滅しないよう環境に最適化しているのでしょう。

ところで、この大きな生物と小さな生物の特徴について、何か心当たりはありませんか?

僕が最初に「ゾウの時間 ネズミの時間」を読んだのは高校生の頃でした。
最近改めて読むと、企業の大きさの違いにも応用できる知見かも知れないと感じたのです。

大企業とスタートアップ企業は、異なる時間が流れている

改めて、大きな生物をみると、「長生き」「数が少ない」「新しいものを生み出しにくい」という、大企業によくある特徴そのままに思えてきます。

一方で、小さな生物は「ばたばたと死んでいく」「へたな鉄砲も数打ちゃ当たる」「つぎつぎと変異を生み出す」など、なんだか創業したてのスタートアップ企業を見るようです。

このことは面白い示唆を与えてくれます。
最近では、大企業でも「新しい事業・サービス」を創造する場面がよくあります。

この時、生物界の法則に学べば、大きなサイズの組織では、新しい変異を生み出すのは先天的に不利だと分かります。
新しい変異とは、ビジネスの文脈ではブレイクスルーであり、イノベーションでしょうか。

小さな生物が「下手な鉄砲も数打ちゃ当たる」で変異を遂げてきた歴史に照らし合わせれば、成功率を高めるために練りに練ったひとつのプランで新規事業を考えることが方法として間違っていることが分かります。

一方、スタートアップに目を移すと、シリコンバレーのユニコーン企業を筆頭に、新規事業で成功を掴んだ輝かしい会社に胸がときめきます。
ところが、実態はそうしたサクセスストーリーの背後に、何千・何万という企業が軌道に乗らず撤退しています。

まさに多産多死、「下手な鉄砲も数打ちゃ当たる」という小さな生物のメカニズムで成立しているのが、スタートアップの世界なのでしょう。

慣性力と粘性力

生物が前に進もうとするとき、周囲の環境からの抵抗力には「慣性力」と「粘性力」が存在します。

慣性力とは、物体が元の位置に留まろうとする力で、環境の質量に比例します。
僕たちは歩く時、地面を蹴って地球を動かそうとしています。地球の質量はあまりに大きく、地球の慣性力によって逆に僕たちの体が推され、ゆえに前に進めるのです。

一方で粘性力とは、周囲の環境がねばねばとして体にまとわりついてくることです。
人間にとって水や空気はさらさらと感じられますが、それも体のサイズが関係しています。

体長1ミリ以下の小さな生き物では、実は水も空気も水飴のようにベタベタと体にまとわりついてくる環境であり、前に進むためにはこの粘性を利用してやる必要があります。

流体力学では慣性力と粘性力の比をレイノルズ数という尺度であらわします。レイノルズ数が1を超えると慣性力が、1を下回ると粘性力が支配的な世界になります。
そして、レイノルズ数は生き物の長さと速度に比例します。

生物の長さ、つまりサイズによって、対峙する環境の支配要因が慣性力か粘性力かが異なるのです。
同じ世界に生きていても、体のサイズ次第で解決すべき問題の性質が変わるということです。

これもまた、大企業とスタートアップ企業にもパラフレーズできます。

同じ業界・業態で競合したとしても、解決すべき問題が慣性力なのか粘性力なのか異なるのです。
慣性力が元の位置から動かない力という特徴から、僕は慣性力とは「変化に対する抵抗」だと捉えています。
一方で、粘性力とは体にまとわりつく外部の、つまり身を投じているマーケットからの反応・抵抗なのでしょう。

目的に合った体のサイズを作ることから

体のサイズによって、流れる時間の早さとそれによって生まれるライフサイクルと対峙する相手の違いを見てきました。

こうして概観すると、企業において「失敗を恐れず、新しい事業に挑戦しよう」と掛け声を上げる前に、まず目的に合った体のサイズを作ることから始めるべきなのでしょう。

生物学は、大きな生物は新しい変異種を生み出すことができない、小さな生物は変異をどんどん生み出すが多産多死であると教えてくれます。

要するに、たくさんの人員を投入して、たくさんの部署を関与させて、事業プランを絞り込むプロセスを踏んだ段階で、うまくいかない可能性が高いのです。

新しい事業に挑戦するなら、多産多死を受け入れ、「小さな生物」となる単位に区切った独立した組織体を編成することが必要ではないでしょうか。

最近では社内起業を促し、本体企業は出資者としてバックアップする取組も増えてきています。
小さな生物を作り出し変異を促進させるという点で、生物学からみると理に適った方法です。
今後、レイノルズ数のような尺度を見出せば「小さな生物の方法論」が生まれる可能性があります。

考えてみると、企業とは人間という「生物の集まり」である以上、生物の法則に従うのは当然なのかも知れません。
日常を生きていると忘れがちな「生物」という観点で物事を見通すと、また違った顔が見えてきそうです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?