見出し画像

ハグ

連日の夏期講習、老体に鞭打って頑張ってはいるが、そろそろ疲れが出てきた。

昨夜のこと
階段を降りようとしたら膝が痛くて曲がらない。
あー、これが膝関節痛というやつか。

その右足をかばって、ひょこひょこ降りると、
役割分担で、塾の後のトイレ掃除に着手しようとしていた主人が
「どうした?」と声をかけてくれた。

階段を降り切った私は
「もうだめだよ、おばあさんだよー。」
えーん、えーんとまでは言わなかったけれど、

えーん、えーん、と主人にハグしに行った。
はいはい、トイレ掃除しますから、と軽くいなされるかと思いきや、主人は神妙に、柔らかく、しっかりとハグし返してくれた。

そして優しく頭を撫でてくれたので
「あれ、パワーをくれるのかい?」
と聞くと
「はい、いくらでもどうぞ。」
と、パワーを送る念をかけるように、しばらく黙ってハグしてくれた。

左の手にはトイレマジックリンのウエットシートを握りしめていた。

ありがとう、ハグもトイレ掃除も。


***

60歳夫婦だというのに、ワクチンの予約がなぜか取れずにいた。
しかし主人は、今日こそ最終決戦の意気込みで、日曜日なのに早起きして、タブレットを2台並べて、「俺に任せろ」と言わんばかりの意気込みで臨んでくれた。

結果を聞くと、指を2本立てて見せてくれた。

「ところでファイザー製?それとも、モルジブ、、、モルガン、、、あれ、出てこない。もう、おばあさんだよ。」

「大丈夫俺も出てこないから。」

2人で白旗を上げた。


***

下の子がこの家を巣立って、もう14年。
14年も2人きりでやっている。

私達は学生時代にボランティアサークルを通じて知り合い、社会人になってからは遠距離の障害を、へっちゃらに乗り越え、26歳の時結婚した。


絆は固いと分かってはいても、恋愛感情とは違うシニアとしての2人の関係を築き上げるのには、大分時間がかかった。恋愛感情に気づくより何倍も。

まず、一心同体、以心伝心、と思い込んでいたが、男女の違い、生育環境の違い、違いの方が、同じことよりずっと多いんだと認識を改めるまでにも時間がかかった。

なんで分かってくれないの、の裏には、分かっているくせにと当たり前のように思っている無意識があるわけで、いや分かってなかったんだ、と知ったのは、子育てをとうに終えた頃だった。

そして、分かっていなかった多くのことを、少しずつ理解していく。
その過程で、分かっても、自分の考え方と相手の考え方に優劣をつけてしまったり。
主人は、仕事の方でも社長職を引き継いだり、多忙を極めていたので、気にしてもいられない時期だったかもしれない。

私は、主人の仕事を理解することを通じて、やっと男という私とは違う存在の彼を理解できたかもしれない。
何が喜びで、何を辛抱して、どこへ向おうとしているのか。


そして今、おんなじように歳を感じている。
お互い意地もない、カッコつけようとも思わない。
お互い忘れん坊だし、ぷよぷよだし。

でも、そんな若さを過ぎて、心も身体も丸くなった主人を、心から尊敬している。そう感じる自分も幸せだ。

ワクチンの予約が取れた今朝、
主人が「banchan は熱を出しても、俺は出さない気がする(俺に任せろ)」と言った。
私も「そう思うよ(私のスーパーマンだから)」と答えた。


***

今日は、近くのイオンに行って主人が散髪をする間、私はぷらぷらして待った。
帰り道のこと、主人が切り出した。
「さっきさぁ、ちょっとユニクロに寄ったら、小4くらいの女の子とお母さんが子ども服見てたのよ。するとお母さんが『わあ、これ可愛い、でも120cmって、もうウチにはこんな可愛い服着れる子はいないもんねぇ。こんな頃は〇〇ちゃんも可愛かったのにねぇ』って言うだよ。女の子の表情は見えなかったけれど、黙ってたよ。」

それから2人で、母親には何も悪気はなかったであろうこと、言葉の使い方には各人の異なったイメージがあること、それが親子でマッチすればいいが、不一致の時はちょっと悲劇的であること、なんかを話しながら、そしてまたワクチンの話なんかしながら、家に向って帰った。


それだ。それが男女にも、夫婦にもある。
それを擦り合わせるのに時間がかかった。

人として学びの時間だった。


※恋愛時代から社会人に向けての夫婦のことを書きました。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?