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届かない 月の道 ~言語技術講師の日々~代表 岡本ようすけ

真っ暗な海に伸びる月の道を見たことがある。大学生の頃、東京から沖縄への旅の途中だった。フェリーの甲板には誰もおらず、ざらついた緑色の床が船上の照明に煌々と照らされていた。何となくおずおずと手すりに近づき、海に目をやると、穴があいているように暗い。ただ、海の上に、月の光のゆらめきがまっすぐに、水平線へ、夜空へ伸びていた。

保護者と面談をしていると、たまに月の道が心に浮かぶことがある。私達は、面談を数時間行う。そう決めているわけではないが、学校のこと、生活のことを話しているうち、気がつくと二、三時間経っていることもある。成績や受験といったことばが、私達の間で取り交わされる。そうして時間が経つうちに、ことばの奥に、静かな、行き場のない月の道がゆらいでいることに気づく。

「たとえ夢がかなわなくても、すべてを失ったとしても、最後にことばが残っていてほしい」
ある親御さんが、そうおっしゃった。子どもへの祈りをことばにできる人は稀だ。歩んできた道の険しさと、後悔と、希望が、そのことばにはこめられているのだろう。

私達は、たくさんの後悔と、ひそやかな希望を、子どもの未来に重ねる。これまでに歩んできた道を犠牲にして、子の歩む道を思う。一人の親として、細い髪の毛に触れるたび、光っている眼を見るたび、自分がこの世からいなくなっても、この子を見守っていたいと願う。その祈りは、遠く、寂しく、月の道のように孤独で、決して届くことはない。それでも、私達は暗い海で願う。

そして、そんな水面を乱して、子どもたちは進んでいく。それを見送る私達は、暗い海で、少しだけ笑う。

書いた人

【プロフィール】
2012年より、北千住で、幼稚園生から社会人までを対象とした文章技術や国語・作文の教室を運営。心理学・教育学の知見をベースに、「読む・書く・考える・対話する」という言葉の領域にアプローチする教育メソッドを日々模索・実践している。幼少期より読むことや書くことが好きで、日本大学芸術学部在学中に第1回江古田文学賞を受賞。卒業後、都内の有名作文教室に入社し、運営に携わるも、「〇〇式」といった狭いノウハウに押し込める教育に疑問を持ち、独立。言葉が、世界の捉え方や考え方、人生の物語を形づくるという視点から、既存の教育メソッドを越えた、より普遍的な教育モデルの構築を目指すと同時に、一人ひとりの個性や価値観を育む、対話による指導を行っている。生徒それぞれが、それぞれの人生の物語を歩める人になってほしいと願っている。


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