「灰かぶりの猫の大あくび」8(「旅館編」エピローグ)
登場人物
灰かぶりの猫
久しぶりに小説を書き始めた、岩手県出身の三十代。地元の温泉旅館で起きた事件に巻き込まれ、某サスペンス劇場のような物語を体験する。
(詳しくはプロフィールの通り)
黄昏新聞の夏目
新米記者。アニメ好き。最近は、『ゆびさきと恋々』の雪ちゃんがお気に入り。「旅館編」を経て、猫の相棒役が板につき始める。
六角瑤子(ろっかく ようこ)演 - 片平なぎさ
元京都県警の刑事。元夫の雅也とは幼馴染。京都市内で起きた「いろは歌」にちなんだ連続殺人事件をきっかけに、雅也とは離婚。現在はフリーランスの記者。「旅館編」で起きた猫騒動の真相を知る唯一の人物。
嵐山雅也(あらしまや まさや)演 - 船越英一郎
元京都県警の刑事。元妻の瑤子とは幼馴染。瑤子と、よりを戻すことができないかと考えているが、何かと煙たがられている。現在は私立探偵。「旅館編」では、京都県警時代から追っていた事件の犯人を追い詰めるも、寸前のところで取り逃がしてしまう。
(以下、灰かぶりの猫=猫、夏目=夏目と表記)
※各固有名詞にリンクを追加。
これまでのあらすじ
夏目の「缶詰になりませんか?」の一言をきっかけに、間違えて訪れた地元の温泉旅館で起きた事件に巻き込まれた猫。文字通りの猫になったり、タイトルと主人公の座を奪われたり、探偵役を買って出たりと、大忙しの一日を過ごす。結果、事件の犯人は行方知らずとなるも、それもまた、今後の物語の伏線と言うことにして、疲労困憊で自宅へ帰り着く。
――事件から一週間後。夏目は再び、猫の自宅を訪れていた。AIスピーカー「モノリス」の選曲で、大江千里の『Rain』がひっそりと流れる中、猫は安楽椅子に座り、新聞紙を広げ、事件の記事を読み上げる。
猫 「――って、これではまるで、探偵のようじゃないか。探偵はもう、こりごりなんだ。上の記述は書き換えてくれ」
夏目 「そうもいきませんよ。まだ一応、『旅館編』のエピローグということになっているんですから。一度は探偵の仮面を被った猫として、あの事件のその後について、多少なりとも読者に説明しないと」
猫 「読者なんているのかい? 僕は相変わらず無名の猫だぞ」
夏目 「無名でも、説明責任は果たしてください」
猫 「君は僕の株主か?」
夏目 「こうみえても、猫さんの将来性には期待しているんですよ」
猫 「――(夏目の言葉を真に受け)夏目くん。分かったよ。日経平均株価も4万円台に乗ったことだし、君がそう言うなら、お立ち台に上がってみるか」
夏目 「ここはジュリアナ東京じゃないですよ」
――猫、静かに新聞紙を畳む。
猫 「そう言えば、あの二人は?」
夏目 「(手帳を開き)はい。ちゃんと聞いてますよ。お二人から直接。まだ完全に、お互いのわだかまりが消えたわけではないみたいですが、瑤子さんは今回の件で、改めて離婚したことを考え直してみても良いかもしれないと思っているようです。瑤子さん自身、離婚はやむを得ずした選択だったようですし。それに、雅也さんは雅也さんで、瑤子さんに対する気持ちはずっと変わっていないので、瑤子さんからの歩み寄りがあれば、二人はきっと、復縁すると思います」
猫 「そうか。事件はバッドエンドだったが、サブストーリーではハッピーエンドが訪れるかもしれないんだな」
夏目 「まさに、雨降って地固まるですね」
――そこで、夏目のスマートフォンが鳴る。夏目、立ちあがり、
夏目 「はい。はい。え? 本当ですか? ――はい。はい。そうですか…。はい。分かりました。わたしも少し考えてみます」
猫 「何かあったのかね」
夏目 「実は今度、大学の先輩に、母校の高校で講演をお願いしていたんですが、急に体調不良になってしまったみたいで。急遽、キャンセルに。わたしも取材に行く予定だったんですが」
猫 「大学の先輩か。どんな人なんだい?」
夏目 「猫さんも、知ってるはずですよ。三島創一。本名は違いますが、この間、芥川賞候補になったじゃないですか」
猫 「三島? ほ、ほんものの作家じゃないか」
――無名の書き手の猫、フィクションとしての本物の作家の登場に、大いにたじろぐ。
夏目 「新聞にも名前が載って、ちょうどタイムリーでしたし、良い講演になると思ったんですが」
猫 「だがどうする。時間もないんじゃないか」
夏目 「はい。講演は来週の金曜日です。それまでに代役を探すとなると、少々骨が折れるかもしれませんね」
――『Rain』の終わりと同時に、AIスピーカー「モノリス」が、突然しゃべりだす。
モノリス
「灰かぶりの猫さん。何か、お困りでしょうか?」
猫 「(モノリスの方に顔を向け)なんだいモノリス。僕たちの話を聞いていたのか?」
モノリス
「はい。ワタシは人間の会話を学習するようプログラムされていますから。これまでに、この部屋でなされた会話はすべて記録し、ワタシのディープラーニングの教材となっています」
猫 「モノリス。僕たちの会話を手本にはしない方が良いよ。むしろ、悪い手本にしかならないから」
夏目 「それ、わたしのことも含まれてます?」
――夏目、リスのように頬を膨らませ、不満を漏らす。
猫 「(夏目には取り合わず)そうだ、モノリス。物は相談なのだが、今の夏目くんの話を聞いてどう思った?」
モノリス
「――ドタキャン、のことでしょうか?」
猫 「やはり、僕たちの会話を手本にはしない方がよさそうだな。それはともかく、何か良い代案はないだろうか」
モノリス
「今回の講演の登壇者を、抽象化してみてはいかがでしょうか。芥川賞候補の作家三島創一。これを抽象化すると、名の知れた実力のある男性作家となります。ですが、これではまだ候補が多いので、さらに薄めてみましょう。男性、作家。人、物書き。ここまでくれば、自ずと答えは出るのではないでしょうか」
猫 「モノリス。君は何が言いたいんだ?」
モノリス
「もう味がしないくらい人物像を薄めてしまえば、誰でも候補者となり得ると言うことです。そう例えば、灰かぶりの猫さん、あなたも」
猫 「冗談も、ほどほどにしないか」
夏目 「あ」
――猫と夏目、目が合う。
猫 「(首を振り)いいや、だめだ。僕はこれから、新作に取り掛からなくちゃならないんだ。それに、来週の金曜日は、――空いてるか」
――夏目、すぐにスマートフォンを取り出し電話を掛ける。猫、しばらく天井を仰いだ後、
猫 「ふー、やれやれ。これが新シリーズの始まりか。エピローグの最後がプロローグなんて、盆と正月が一緒に来たようじゃないか」
夏目 「猫さん。学校から特別に了承を得ました。ここはわたしの顔を立てるつもりで、どうぞよろしくお願いします」
モノリス
「これで無事、解決ですね。お役に立てて何よりです」
猫 「(間髪入れず、膝を手で叩き)そうだ、モノリス。もっと役に立てる方法があるぞ。よし、決まりだ。君も連れて行こう」
モノリス
「ロボット三原則が適用されているワタシに、拒否権はありません。ご主人のご用命とあらば」
夏目 「今度は三人パーティーですか。ファイナルファンタジーになるのか、ドラゴンクエストになるのか分かりませんが、楽しみです!」
新シリーズ「学校編」へつづく
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