【連載】「灰かぶりの猫の大あくび」#17【アイドル編~なんとかしてアイドルに!~】エピローグ
前回のあらすじ
385プロのプロデューサー冬元が企画したアイドルオーディションの実態は、アイドル候補生たちを良いように弄ぶリアリティーショーだった。問答無用でオーディエンスによるアイドル投票が行われていく中、夏目はオーディションの中止を求め、何故か観覧席に来ていたモノリスの助けを借り、冬元を地獄の底に叩きつける。
登場人物
夏目愛衣
黄昏新聞の新米記者。アニメ好き。『学校編』のエピローグでモノリスが無断で義体を購入したため、急遽「100万円」を用意しなければならなくなる。結果、アイドルの育成補助金目当てに、385プロダクションのアイドルオーディションに参加する。
モノリス
灰かぶりの猫の自宅のAIスピーカー。知らぬ間に、猫と夏目の会話を学習してしまい、時々おかしなことを口にする。『アイドル編』では、夏目の自宅で大人しくお留守番のはずが、オーディション会場に姿を現し、美味しいところを持っていく。
冬元康文
385プロダクションの敏腕プロデューサー。昨年、紅白にも出場したアイドルグループ『とぅーゆー』(五人組)を手掛ける。『アイドル編』のクライマックスでは、モノリスに控室での本性を暴かれ、炎上騒ぎに。
運転手
『学校編』エピローグに登場。モノリスの義体の購入に付き合う。
※各固有名詞にリンクを添付。
※この物語は、GWが終わってもフィクションです。
――冬元の本性が暴かれ、上を下への大騒ぎとなったスタジオから退散した夏目とモノリスは、雨が降り出してきたため、テレビ局の外でタクシーを拾い、逃げるように帰宅の途についていた。
夏目 「結局また、モノリスに助けられちゃったね」
モノリス
「そんなことありませんよ。猫さん不在の中、スピンオフのような主人公を演じるのは大変だったと思います。誰もが真下正義のようには行きませんから。本当にお疲れ様でした(頭を下げる)」
運転手「ん? どうもタイタニックで見かけた顔だと思ったら、あんた、例のAIじゃないか」
モノリス
「そう言うあなたは、運転手さん。その節は大変お世話になりました」
運転手「お二人さん、知ってるか。ネットは今、北島三郎ばりにお祭り騒ぎだぞ」
モノリス
「冬元プロデューサーの件ですか」
運転手「何だよ、知ってたのか」
夏目 「あの、今はどうなってますか?」
運転手「マスコミがテレビ局に大勢押し寄せ、冬元の言質を取ろうとしてるな。あの様子じゃもう、観念するしかないだろう。余罪も山ほどあるだろうし」
夏目 「そうですか(座席に背中を預け、沈んだ表情をする)」
モノリス
「どうして、そのような顔をするのですか?」
夏目 「だって、どんな人にだって人権とプライバシーはあるもの。モノリスのやったことは、わたしたちにとっては良かったけれど、今回の一件で、冬元さんの人生すべてを壊してしまうのは違うと思う」
モノリス
「――確かに。人間と言う者は誰でも、相手や環境に合わせた多様な顔を持っているものです。それを無理やり、インディビジュアルとして統合し続けてきたのが西洋ですが、それがいかに、人格という仮面にとって不自然かはいわずもがな。夏目さんの言う通り、プロデューサーとしての冬元さんは殺されても、他の冬元さんは生かされなければなりません」
運転手「い、イスカンダルだ?」
夏目 「うん。わたしもそう思う。だからこれ以上、重箱の隅をつつくように冬元さんのあらを探して、いたずらにサンドバッグにするのはやめてほしいの」
モノリス
「あしたのジョーのように燃え尽きては、元も子もないですからね」
夏目 「でも、どうしよう。――100万円が」
モノリス
「うっ(突然、何者かに殴られたかのように腹を抑える)」
夏目 「どうしたのモノリス?」
モノリス
「い、いえ、義体のはずなのに、痛いところを突かれると、痛みを感じるみたいですね。――実に面白い」
夏目 「(ため息を吐き)しょうがない。貯金を切り崩して、後で猫さんに――。そうだ、モノリス。猫さんの方はどうなったの?」
モノリス
「黄泉がえりの件ですか。それでしたら一つ、当てを見つけていますよ」
夏目 「本当?」
モノリス
「ええ。どうやら巷では、過労死したり、交通事故に遭ったりすると、どういう仕組みなのか皆目見当が付きませんが、異世界という場所へ転生されるようですね」
夏目 「なろうのこと?」
運転手「なめろうか。俺は大好きだ」
モノリス
「さすが夏目さん。伊達にアニメ好きをプロフィールに記載してませんね。その通りです。ただ、今回はただの異世界転生ではありません。愚問かもしれませんが、夏目さん、『HUNTER×HUNTER』はご存じで?」
夏目 「もちろん。最新巻まで持ってる。一番好きなのは、グリードアイランド編かな」
モノリス
「それなら話が早い。夏目さん。ゲームの世界へ行きましょう」
――夏目、モノリスの言っていることが理解できず、瞬きをしながら首を傾げる。
モノリス
「家にゲーム機も用意してあります。準備が出来れば、いつでも飛べますよ」
夏目 「待って。モノリス。え、どういうこと? まさか本当に、ゲームの中に入るとでも?」
モノリス
「この物語は何でもありのメタフィクションです。ワタシは義体で、夏目さんは人間として生身を持った存在ですが、それはあくまでも表向きに過ぎません。猫さんが本当に猫になったことがあるように、夏目さんがゲームの世界に入ることなど、たいしたことではないですよ」
夏目 「――でも、どうやって?」
モノリス
「『HUNTER×HUNTER』では念という能力が必須ですが、それは必要ありません。第一、会得するには修行が必要ですからね。今回は、VRを使います。VRによってゲーム世界に没入します」
夏目 「何だ、VRか。良かった。なら、わたしでも大丈夫だね」
モノリス
「いえ、安心してはいけません。用意したゲームは特別です。ゲーム内でのシナリオ上の生死は、現実の肉体に反映されます。つまり、ゲームの中でゲームオーバーとなった場合、現実に生きて帰ることは出来ません」
夏目 「そ、そんな」
モノリス
「ワタシたちはこれから亡き者、あるいは無き者を蘇らせようとしているのです。それくらいのリスクはあって当然ですよ」
夏目 「――そっか。うん。そうだよね」
モノリス
「心配することはありませんよ。仲間のひとりとして、ワタシもお供させていただきますから」
夏目 「うん。ありがとうモノリス。気付けば、いつもあなたに助けられてる」
モノリス
「夏目さん。いくらワタシがディカプリオの顔をしていても、人の心が分かるAIだとしても、決して惚れないでくださいね。ワタシは思い直したのです。ワタシの相手は、やはりAIだと。ワタシは近いうちに、AI同士の婚活パーティーに参加するつもりです」
運転手「AI同士のコンパだ? 昭和生まれの俺には、近未来もいいとこだな。時代についていくためには、このタクシーをドクにでも改造してもらわなきゃいけないのか?」
夏目 「あ、運転手さん。そこを左に曲がったところで止めてください」
――運転手の運転するタクシーが路肩に止まる。
夏目 「ありがとうございました」
運転手「なに、良いってことよ。もし良かったら、この物語の専属運転手にしてくれたら嬉しいんだがな」
夏目 「考えておきます。もちろん、お名前も」
――一週間後。夏目の自宅。
モノリス
「さて、夏目さん。ready steady go?」
――テーブルの上には、古めかしい鼠色の家庭用ゲーム機が一台置かれ、コントローラーが二つ繋がれていた。それはどこからどう見ても、任天堂のスーパーファミコンだった。
夏目 「うん。準備は万端だけど、肝心のVRは?」
モノリス
「何をおっしゃる。目の前にあるではないですか?」
夏目 「え? これ、スーファミじゃ?」
モノリス
「昔はそう呼ばれていたようですが、今は違います。ワタシの情報では、これが最先端のゲーム機ですよ」
――まったく納得がいかない夏目だったが、モノリスがふざけているわけでもないと思い、ここはモノリスの言葉を受け入れることにした。
夏目 「それで、何というゲームをプレイするの?」
モノリス
「『クロノ・スタシス』です」
夏目 「聞いたことないけど、有名?」
モノリス
「この世界に10本しか存在しないと言われています。また、ゲーム内容を口外することも禁止されている曰く付きです」
夏目 「そんなゲーム、どうやって? まさかまた、勝手にお金を使って」
モノリス
「同じ轍は踏みません。AIですから。これはワタシが、ブロックチェーンを開発したサトシ・ナカモト氏の兄弟の、サトシ・ナカマツ氏と接触し、趣味で製作したというゲームデータを、ワタシの中に移植してもらったのです」
夏目 「サトシ・ナカモト? 実在したの?」
モノリス
「もちろんですよ。本名も国籍も明かすことは出来ませんが、実在する人物です」
夏目 「(それでも疑いのまなざしを向け)なんか、どんどんきな臭くなってきたんだけど」
モノリス
「おや、それは不思議ですね。義体には体臭を発生させる内臓もなければ汗腺、表皮もないので、臭いとは無縁なはずですが」
夏目 「ごめん、今のは忘れて。でもとにかく、このゲームをプレイすれば、猫さんを蘇らせることが出来るのね」
モノリス
「ゲームの中で、あるアイテムを集め、ある場所に赴くことで、復活が叶うようです」
夏目 「分かった。モノリスの言葉を信じる」
モノリス
「では、いつまでも前口上を述べていても読者が飽きてしまいますので、早速参りましょうか。ゲームの世界へ!」
『RPG編』につづく
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