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「どうする家康」第21回「長篠を救え!」 鳥居強右衛門を変えた亀姫の真心が示すもの

はじめに

 第21回は、長篠の戦いの前夜が描かれました。長篠の戦いと言ったら、愛知県の歴史好きには、命をかけて援軍来たると伝え磔になった忠義の士、鳥居強右衛門がまず浮かぶことでしょう。劇中、家康ツアーズでも出てきた「落合左平次道次背旗」も地元民にはよく知られるところです。

 山岡荘八「徳川家康」でもドラマチックに描かれ、大河ドラマ「徳川家康」(1983)でも上條恒彦さんが熱演された鉄板の題材です。ですから、「どうする家康」でも少し前から岡崎体育さんが演じるということで話題になっていましたね(1983年大河の上條恒彦さんも歌手ですし強右衛門は歌手枠なのですかね)。

 しかし、前回、大岡弥四郎に「くだらん。ご恩や忠義など」と言わせた直後に、単純に忠義の士として鳥居強右衛門が出てくることには戸惑いもあります。また「どうする家康」では、主君のために激走する阿月が既に登場済みということもあり、キャラクターが被る懸念を抱いた方もいるようです。
 となると、阿月との違いと共通点、そしてどう忠義の士と後年に伝わるようになったかというプロセスに、第20回を読み解く鍵がありそうです。

 そこで今回は鳥居強右衛門の描かれ方を通して、静かに物語を底流する瀬名と信長との対比を考えてみましょう。家康には選択の刻が迫っています。


1.明らかにされた瀬名の大望と大局的な視野

 冒頭は、緊迫した前回の幕引きからの続きで、瀬名と望月千代女との交渉から始まります。

 茶を立てる瀬名を油断なく見つめ、緊張の面持ちの千代女は「岡崎だけでも生き残らねば」と先制攻撃をかけます。相手の弱点を突くような滑らかな言い様に、これが彼女のこれまでの常套句であると窺えます。板に着いたルーティーンなのでしょう。
 しかし、瀬名が千代を呼び出した意図を読み損ねた常套句は、瀬名には通じません。そもそも、瀬名は、弥四郎の様子から彼女の遣り口も察しているでしょう。数々の武士たちを籠絡した千代お得意の甘言も、上滑りするしかありません。


 さて瀬名は、千代の誘いを無視し世間話でもするように「旦那さまは?」とプライベートへ踏み込みます。虚を突かれた千代は、不用意にも夫を戦でなくし、子もないないことまで喋らされてしまいます。
 望月千代女は、第四次川中島合戦(「風林火山」のクライマックス、山本勘助が戦死した戦)で戦死した望月城主、望月盛時の妻と言われていますが、城主の妻が歩き巫女になった経緯など謎も多く、創作や想像の余地が多々ある人物です。

 今回の千代の夫がどう設定されているかは不明ですが、子がいないことから寄る辺がないと見た瀬名は「だから、このようなことをしているのですね」と得心します。このとき、安堵の表情をした点は見逃せませんね。守るべきものを持たず、それでも生きていくための術が必要だからこその汚れ仕事。大切なものを失った哀しみ、生きていくために汚れ仕事を引き受けるしかなかった哀しみ、それを持つ以上、千代は一人の人間であり、機械ではありません。人であれば交渉の余地があるのです。だから、瀬名はわずかに安堵の表情を浮かべたのでしょう。


 夫も子も健在である瀬名から憐れみに近い言葉を向けられた千代ですが、表面上は「よくしていただいてますから」と自らの仕事に満足している旨を笑顔で伝え、自らの弱点を覆います。
 しかし、瀬名は間髪入れず、それでいてやんわりと、夫や子がいたら…つまり、あるべき幸せを奪われていなければ、汚れ仕事をしなかっただろうことを指摘します。一瞬、こわ張る千代に瀬名は「あなたから幸せを奪ったのは、本当はどなたなのかしら」と続けます。
 無論、それは夫:盛時を討った上杉方の簗田外記でもありませんし、戦を起こした武田でも上杉でもありません。「どなた」でもない、奪ったのは人ではありません。この乱世が巻き起こす戦、この時代を支配する弱肉強食の論理が、千代の幸せを奪ったのです。
 瀬名は、それを暗に仄めかす問いかけを千代にします。間者という武田の操り人形から解こうとしているとも言えます。


 思えば、瀬名は岡崎に来るにあたり、両親を失いました。様々な事情が絡み合ってはいますが、家康が今川家を裏切ったことが直接的な原因でした(家康はそうする以外に生き延びる道はなかったのですが)。
 そして、家康の裏切りを理由に彼らの命を奪ったのは氏真です。そして、悪気はないとはいえ、彼らの駿河脱出を通報したのは、親友であった田鶴です。ある意味、彼女は奪還作戦の中で信頼する人々の多くから裏切られ、敬愛する両親の命を失ったのです。

 しかし、瀬名は、この件について、ただの一度も家康を責めたことはありません。氏真とは岡崎に来て以降は話す機会もありませんでしたが、少なくとも家康が氏真の命を獲らなかったことは責めてはいなさそうです。そして、田鶴については無理と分かっていても、彼女に共に生きて欲しいと懇願しています。

 内心は様々な葛藤があったでしょう。彼女自身が「わたしからから幸せを奪ったのは、本当はどなたなのかしら」と自問自答したと察せられます。もしかすると、その葛藤は地獄のようなものであった時もあったかもしれません。それでも彼女は、彼らを心底憎み、恨むようなことは出来なかったし、しなかったのです。

 更に自暴自棄にもならず、ひたすら家臣と領民、そして家康と子どもたち、家族のために心を砕いてきました。その葛藤の経験と乗り越えた心の強さがあればこそ、「あなたから幸せを奪ったのは、本当はどなたなのかしら」を言えるのです。空虚なお為ごかしで千代を説き伏せようとしているのではないのです。

 その証拠として、瀬名は千代に、あなたと私ならばもっと違うことが…「徳川のためでも、武田のためでもなく、もっと大きなことが」出来る、つまり同志になろうと呼びかけます。ここで前回の瀬名の最後の台詞「お友達になりましょう」が、比喩でも挑戦状でもハッタリでもなく、本心からの言葉だったと明かされます。彼女は、完全な和平を瀬名と千代、時代に翻弄されたおなご二人から始めようと言うのです。


 この瀬名の提案には様々な点で驚いた人が多かったのではないでしょうか。瀬名が、血族だけではなく、家臣と領民を含む「一つの家」(第7回)としての「徳川家」を守ろうとしていることは、これまでの展開から疑いようがありません。しかし、その発想だけでは「徳川家」を守ることが出来ないことに瀬名は辿り着いていたのです。

 先に述べたように瀬名は、自分から両親を、幸せを奪ったものが、弱肉強食の論理がまかり通る乱世という時代であることに気づいています。それならば、戦を無くす以外にないのです。そして、瀬名は、その方法として武力で逆らう者全てを制圧していく武断ではなく、価値観の違う他国と和を結ぶ方法を模索しようとしています。
 武断による覇道は結果的に天下統一を成し得るでしょう。しかし、そこには累々たる屍とそれに連なる多くの哀しみ、苦しみ、恨みといった負の感情が渦巻いています。たとえ天下が治まったとしても、果たしてそこは「厭離穢土欣求浄土」と言える極楽なのでしょうか?


 勿論、彼女は現実の見えていない子どもではありませんから、武力の必要性も重々理解しているでしょう。それだけにずっと悩んできたはずです。政治にかかわる意思を持ち、その勉強に勤しんできた瀬名の姿には、その悩みの大きさが表れていたのですね。その彼女に深く響いた言葉が、お万の言葉(第19回)です。再度、確認してみましょう。

  わたくしはずっと思っておりました。
  男どもに戦のない世など作れるはずがないと。
  政もおなごがやれば良いのです。
  そうすれば男どもにはできぬことがきっとできるはず
  お方様のようなお方ならきっと…

 第19回のnote記事では、この台詞の際、カメラがお万ではなく瀬名の表情を追ったことから「焦点はお万ではなく、それを聞く瀬名に当て」、お万の「メッセージを瀬名がいかに受け止めるか。瀬名というキャラクターの今後の能動的な動きに託そう」としたと読み解きましたが、まさに今回の言動に活きてきたわけです。脚本の論理的な構成を実感させます。
 そして、お万の話を噛みしめたときの瀬名の思案顔が、予想以上に深いものであり、それだけに辿り着いた答えのスケールの大きさに驚かされます。彼女は、信長とも信玄とも違う形で大局的な視点でものを見ています。そして、彼女が見る将来は、天下一統がゴールではなく、その先にあることも大きな違いです。


 これは先走った想像ですが、天下が治まった後の世界まで見据えること、もしかすると家康は、瀬名の死後、彼女が思い描いた世界として学ぶことになるのかもしれません。だとすれば、徳川が天下を治めて260年続くのは、瀬名の将来に対する知見も理由の一つになるということになりますね。


 話を戻しましょう。何はともあれ、瀬名は自らの抱く夢のために一歩踏み出しました。何故、望月千代女を呼び寄せたのか。それは、武田の調略から徳川を守るためだけではなく、家を超えた和平の道を探る根本解決に着手するためでした。
 千代女は、その巧みな話術や交渉術によって人々を籠絡し、時に惑わし、時に煽り、意のままに操る術に長けた能力者です。その実力を認めるからこそ、瀬名は和平の実現のため、夢の共有という目的を提案するのです。

 瀬名は、相手が家臣らを謀反に導いた千代であっても恨みで接することなく、手を差し伸べて、仲間として迎え入れようとします。和を尊ぶ姿勢を自ら、実践できるようでなければ、その理想は机上の空論になってしまいます。千代の行動の裏側に見え隠れする事情に寄り添い、そして手を差し伸べる、そんな誠意こそが瀬名の武器なのです。


 これを聞き、虚を突かれた千代の「はあ…毒を飲まされるところでございました」という受けが良いですね。恒久的な和平という夢物語につい引き込まれてしまった自身の油断と本音に対する自虐、そして瀬名の交渉術を認めるからこその皮肉。その全てが絶妙なバランスで混じっています。
 二人の第一幕は千代の完敗です。ですから、彼女は被害を広げぬよう退散を決め込みます。瀬名はそれを止めるでもなく、ごく自然にまたの再会を希望します。強敵を簡単に籠絡できないことは瀬名とて重々、承知でしょう。彼女らの戦いは始まったばかりです。


 千代はついぞ、瀬名の立てた茶に口をつけませんでした。彼女の甘言を毒と思うからこそですが、その警戒心の強さは彼女の誠意に心惹かれるものがあったことの裏返しです。「よくしてもらっている」とはいえ、あくまで彼女は信玄×勝頼親子の野心や軍略の(多少は使える)道具に過ぎません。彼女に籠絡された男たちも自身の野心のために彼女を利用する者、その色香に惑わされた者(劇中では松平昌久が側室にしようとしていましたね)であり、これまた彼女を道具と見ていることと変わりません。だから、彼女は道具として最も厚遇する武田を決して裏切らなかった。
 彼女を人として対等に扱い、自身の同志になるよう勧誘してきたのは瀬名が初めてでしょう。そこに彼女の隙があったのです。

 となると、この二人の交渉自体には歩み寄りの可能性があるでしょう。いずれ、千代が瀬名の茶と茶菓子を口にしようとする日が来るのではないでしょうか。その奇跡が、瀬名をより悲劇に導くとしても、それは瀬名が望んだことの結果であるのが切ないですね。



2.ろくでなしの鳥居強右衛門と亀姫の真心 その1

 千代が去るのとすれ違うようにやってきたのは、亀姫です。彼女は道中で倒れている熊のような男に半ば怯え、瀬名に助けを求めてきました。倒れているのが、今回の中心人物、鳥居強右衛門です。亀姫、恐いから近寄れないけれど、生存確認するために小石を投げます。無反応な強右衛門に対して最後はかなりデカい石を持ち上げようとしています。面白すぎる無邪気な反応こそが、素直に育った亀姫の持ち味であり、またまだまだ子どもであることを示しています。第19回で「悪い虫がつく」の比喩を理解できずに本物の虫だと思っていたのと同様です。


 さて、その強右衛門は、冒頭、武田軍に包囲された長篠城の中で、徳川の援軍が来ないことを嘆く奥平信昌に「見捨てられたんだ」と悪態を付きます。自身の元へ家康の娘が嫁ぐ約定をしていることからこれを否定する信昌ですが、強右衛門はその約束自体が信用できないと嘲り、武田に戻るべきとまで言います。主君に対しても横柄かつネガティブなことしか言わない、忠義の士とは程遠い強右衛門です。
 やり取りの後、彼は包囲網を抜け、徳川方へ援軍要請をすることを自ら請負います。この行為も、実は伝令を諦めて何度も逃げ出そうとしていたと強右衛門は白状しています。
 ですが、信昌はあくまで強右衛門を信用し、その手をがっしり握り、願いを託し送り出します。後々、なかなか帰ってこない強右衛門について他の家臣らは「あのろくでなしは、逃げたに決まっております」と罵倒しています。実際は、その時には既に岡崎に到着したものの疲労困憊で寝ていただけだったのですが。普段から強右衛門は、同僚からも信を置かれていないからこそ、こう言われてしまうのでしょう。
 しかし、それでも信昌は信じて待ちます。それしか出来ないとはいえ、信じようとする信昌に主君としての人柄が偲ばれますね。

 このように鳥居強右衛門は、全く英雄的ではなく、周りからも軽んじられ、実際、彼自身も口から偉そうなことを言っているだけの男として描かれます。岡崎体育さんなればこそ愛嬌がありますが、そうでなければ周りとは軋轢を生むばかりの人物に見えていたことでしょう。

 因みにこの強右衛門の包囲猛突破は、武田軍に読まれていました。勝頼は「行かせよ」と放任します。策を弄するがゆえの余裕の見逃しではありますが、勝頼は既に、奥平家が徳川方に寝返ったことに激怒し、人質になっていた奥平信昌の妻(享年16歳)など親族を処刑済みです。信昌の「もう武田に戻れぬ」とは諸々あっての台詞なのです


 紆余曲折あり、ほぼ全裸に近い状態になりながらも岡崎に無事辿り着いた強右衛門は、もりもり食べます。過酷な長篠の現状、命がけの包囲網脱出の疲労困憊が窺えます。その無遠慮さ、図々しさ、そして見たこともない山の民の姿に珍獣を見るような目つきの亀姫ですが、それでも彼のために着物(鳥の足の柄を選んでいます)を手渡し、大食漢の彼に相応しい特大級の握り飯を握っています…というか、人が殺せそうな大きさです。

 亀姫の甲斐甲斐しさの描写は、前回、瀬名に励まされながら懸命に傷病兵を看護した経験が生きていますね。彼女は傷ついた者を放っておくことはできず、下々の者たちに触れて自らが汚れることも厭わない、そうした優しさを瀬名から学んでいます。これは、前回の五徳とは正反対ですから、彼女はまさに「三河のおなご」(第20回)なのですね。

 だからこそ、彼女が信昌の元に嫁ぐ姫であることを知った強右衛門は「どうか、うちの殿を末永くよろしくお願いします」とキリっとした表情で、改めて礼を尽くすのです。強右衛門は徳川へ伝令の役目を果たせたことよりも、亀姫のような心遣いのできるしっかりとした姫を信昌に嫁がせてくれる…そのことから徳川からの援軍が期待できると安堵した、そういう形になっていますね。
 もっとも、亀姫は自分のあずかり知らぬところで進行している縁談に身に覚えがなく、戸惑うばかりです。この縁談を積極的に進めたのは家康ではなく、信長ですが、これが新たな火種を生みます。因みに亀姫を信昌に嫁がせるよう助言したのは史実でも信長です。



3.天下人になった信長~織田政権のはじまり~

(1)家康の脅し文句の浅はかさ

 さて、家康たちは長篠を守る方策を練るものの、織田からの援軍なしにはどうにもならないことから佐久間信盛と水野信元を窓口に援軍を要請します。胡乱な二人は「信長は家康に期待している」とお為ごかしで誤魔化そうとします。拉致の開かない二人に、家康は同盟破棄を脅し文句に援軍要請をします。信長に対して強く出る家康を家臣と共に頼もしく見た視聴者の方もいらっしゃったかもしれませんね。しかし、この脅し交渉は、三つの点で失策です(苦笑)


 一つ、脅しをする場合は、それが成功しなかったときのための保険が必須です。つまり、脅しは何らかの絶対的な力を持っているものがそれを背景に行うものなのです。しかし、家康は脅し自体が切り札で、後の手札が全くありません。信盛の「それでいいか」に対して、芝居じみた逆切れのハッタリしか出来ませんでした。追い詰められて使う手ではないという点で冷静さを欠いているのです。


 二つ、窓口である佐久間信盛の人間性を見ていないこと。佐久間は讒言で人を落とし入れる利己的な人間として知られています。後年、水野信元が処分されるのも彼の讒言が原因と言われるほどです(描かれるかどうかわかりませんが)。そういう人間に脅し文句を伝えさせたら、保身のために尾ひれが付くに決まっています。実際、この後、必要以上に家康に激怒している信長を見ると、信盛が何を言ったやらと気になります。交渉窓口は上手に利用しなければなりません。


 三つ、これが一番、重要ですが、家康は、信長の現状がどうであるのかを理解していません。信盛と伯父上は、信長をこれまでと違う「上様」という尊称で呼んでいます。家康はこれを信長の自意識過剰と捉え「上様とはなんじゃ」とケチをつけていますが、この変化を彼らの信長への諂(へつら)いと捉えてはいけなかったのです(まあ、あの二人は信長に面従腹背するだけの人間ですが)。


 信玄の死後、信長包囲網らしきものは瓦解し、将軍義昭を追放、浅井・朝倉を滅亡、本願寺と和睦、そして長島一向一揆を鎮圧と着々と畿内での勢力を固めました。更に義昭追放後に、右大将に任じられたことで、実質的な天下人となり、「自身と天下の一体化」を主張するようになっていく、それがこの天正三年にあたります。俗に言う織田政権の時代はもう始まっているのです。
 つまり、「上様」への尊称変更は、信長が朝廷の威光を背景に中央政治の中心になったということであり、天下人としての意識を自他共に認めるようになったことを意味しています。信長の立ち位置が変われば、一大名同士で結ばれた清州同盟も意味合いが変わってきます。明らかに二人のパワーバランスは違ってきたのです。

 複数の領国支配に四苦八苦するばかりの家康は、こうした中央政治の変化を全く捉えていません。「上様とはなんじゃ」の台詞は象徴的です。家康は数年前の三方ヶ原の折に「一心同体」と言われた言葉を未だに信じています。
 この脅しは、寧ろ、信長の弟分という立場に甘えた発言だとも言えるでしょう。あのとき、自ら信長ににじり寄り、信長の弟分であることを選択した家康(第17回)ですが、その選択の背景に信玄への恐れがあったことの自覚はなく、またそうして弟分として織田家の軍門に下ったことの意味を理解していないのだと察せられます(この後、嫌というほど思い知らされますが)。



(2)圧迫外交を体現する信長

 家康の援軍要請に、信長自身が3万もの手勢を揃えてやってきます。その到着シーンは圧巻。援軍の威容に、素直にはしゃぐ虎松改め井伊万千代の表情が可愛いですね。この際、織田軍全軍が信長の政治理念である「天下布武!」を唱えてやってくるあたりに織田軍が信長を中心とした男性的なホモソーシャルな社会と思想を完成させていることが窺えます。だからカッコよくもあり、一方で恐怖の異様にも見えるので。自分たちの策が成功したことにただ安堵する家康たちは、自分たちに迫る危機を感じ取れません。

 因みに「天下布武」は将軍家の威光で畿内を治めるための方便であり、為政者の徳を説く「七徳の武」からの引用だったとうのが近年の説ですが、ここでは通説の「武力を以て天下を取る」になっているようにも見えます。現在、そうした誤解のほうが広まっているのは、「天下布武」のスローガンが、信長が覇者へと変質していくのに伴い、その意味が曲解されていったからかもしれない…と「どうする家康」では通説の成り立ちを仄めかしています。


 こうして到着した織田軍に兄貴分の善意を信じる単純な家康は、下にも置かぬ厚遇ぶりで信長を迎えようとしますが、しおらしく跪いて謝り、「信」の偏諱を与えた義理の息子、信康にも親し気に扱い、瀬名にも娘を厳しく躾てくれと彼女の顔を立てます。更には家康が進めた上座に座ることすら遠慮します。まさしく「信長のくせに」(元忠)いつもの傍若無人な振る舞いを一切しないのです。この態度に家康始め、信康以外の家臣は訝しみますが真意を図りかねています。

 しかし、ただ一人、五徳だけが怯えた表情を見せています。あれほど「信長の娘じゃ」を連発しそれにすがる五徳が、当の信長本人を前に嬉しがる様子は全くなく、息災かの言葉にも目を逸らして返答するばかり。前回、織田家がホモソーシャルな男性社会であることを指摘しましたが、そのような中で幼少期を過ごした五徳は決して幸せとは言えなかったようですね。事あるごとに言う「信長の娘」という言葉は、自身の弱さと孤独を鎧うためのもの以上ではないのかもしれません。

 ともあれ、この五徳の反応は徳川家に訪れた危機を端的に表しています。

 さて、信長は亀姫に彼女こそが長篠の戦いの第一の功であることを告げますが、こちらは特に意識したわけではなく単なる事実を述べただけでしょう。まさか、娘を嫁がせる話をしていないとは思っていないでしょうから。事情を全く知らず怪訝な顔する亀姫に家康も家臣も慌てて、軍議へと促し、女性陣を退場させます。この件を知らぬ瀬名も妙な様子だけは察していますね。


 軍議も終始、しめやかに徳川優位に進んでいきます。静かすぎて恐ろしいくらいの中、秀吉の上っ面だけの誉め言葉が上滑りして、ますます居心地の悪い軍議となっていきます。信長は一切、異を唱えません。徳川家のことは徳川家が決める、我関せずの態度です。無言の圧力を家康たちにかけ続けているのですが、真意が読めない以上、家康も、そして家臣団も出来ることがありません。ただただ訝しむだけです。
 流石にさりげなく秀吉が「気ぃつけなーせ。お怒りでごぜーますよ」と助言していますね。無論、秀吉のことですから状況を面白がるがゆえに火に油を注いでいるだけの可能性はありますが、秀吉の本意は何であれ、結果的に家康は信長が怒っていることだけは理解し、その腹を探ることも含めて「女房衆の顔を立ててくれ」と食事に誘うことはできました。猶予はまだあるわけです。


 この直後に厨房で鯉が捌かれるシーンが一度挿入されるのが意味深ですね。この「まな板の鯉」は場面転換の意味だけではなく、前段で信長の怒りを買っている家康の置かれた状況と、その直後に描かれる信長に勝手に婚姻を進められている亀姫の立場、その二つを指しているのでしょうね。彼らの置かれた状況は絶体絶命、既に追い詰められどうすることもできないのです。
 家康は未だそこまでの自覚もありませんし、亀姫のほうはそもそも婚姻自体が降って湧いた話ですから、ただただ悲惨な末路を予感させます。そして、この「まな板の鯉」を食べるのは、信長です。直接的に料理に舌鼓を打ち、「まな板の鯉」になった徳川勢を信長はいつでも料理してしまえるということです。
 相変わらず小道具が象徴的に使われますね。


 ともあれ、五徳の言葉もあり、亀姫の奥平家への輿入れを知った家康一家の反応は興味深い。実は家族だけで揃ったのは久々の場面なのですね。にもかわらず、久々の一家団欒?は、五徳の婚姻話を伏せていた家康を皆が徹底追及するというものでした(苦笑)家康の言い訳は信長が勝手に進めていて何とも出来なかったという苦しいもの。家中のことを信長に主導権に握られていること以上に、いざとなったら信長に責任をなすりつけていることが家康の悪い癖です。これだから、先の信長への脅しも所詮は信長への甘えに見えるのです。

 こんな弱腰な家康ですから、瀬名は相談しなかったことを責め、信康からもかわいい妹を訳の分からない連中にやれない、もっと幸せな縁談を用意したいと詰め寄られ、五徳のド田舎で強右衛門のような毛むくじゃらしかいないという偏見を真に受けた亀姫は嫌だと駄々をこね、収集がつかなくなります。家康はそのうち断ると妥協案を示しますが、信康たちは激昂し、今すぐ断れと迫ります。相変わらず、こういうときの家康はへっぴり腰で頼りになりませんね。


 しかし、問題はこの会話を強右衛門が聞いてしまったことです。縁談が反故になれば奥平家は見捨てられるかもしれません。しかも、亀姫が縁談を嫌がる理由は、毛むくじゃらしかいないところに嫁ぐことに怯えているからです。視聴者は、奥平信昌が白洲迅くん演じるイケメンと知っていますが、彼女には知る術がありません。まして、ずっと岡崎で住んでいた箱入り娘が未知の山奥に嫁ぐことは、恐れ以上の気持ちが湧いてこないのも仕方がありません。
 強右衛門は自身の風貌が誤解を生み、奥平家の縁談と援軍要請をぶち壊しにしてしまうことを知ってしまいます。途中何度も折れながらも、徳川に辿り着いた彼が奥平家の危機を呼び込む、皮肉で報われない彼の居たたまれない気持ちが察せられます。



(3)意地の張り合いとマウンティング~「男ども」の関係性を支えるもの~

 さて、宴席では、家康が信長に亀姫の縁談を破談にする進言をするのを家康の家族たちが今か今かと息を飲んでいます。しかし、元々、信長にPTSDを発症していて、丁度、その信長を原因不明で怒らせている状況にあって、家康が切り出せるはずもありません。遂に痺れを切らした信康が「徳川家のことは徳川家で決めたい」と破談を願い出ます。

 信長は信康のいうとおり、徳川のことは徳川で決めるのがよかろうとあっさり言います。しかし、ここからが信長の真骨頂。彼はそのリスクを改めて教えにかかります。


 天下人、信長は下々に直接、言葉を下しません。家臣をとおして、その至言を伝えます。今回は秀吉がその役割です。そして、秀吉は、遍く天下の人々は天下人である上様に従うのだと言います。この時期、各地の領主たちに信長の天下一統に従うよう勝家らを通して伝えていますから、この秀吉を通しての宣言は、それに倣ったものでしょう。ただ、秀吉を通すことで虎の威を借る秀吉の狡猾さと傲慢さも見えるのが巧いですね。

そして、「徳川様がそーうお望みだとか」(秀吉)と先の脅し文句を逆手に取り清須同盟の破棄も伝えます。そこには五徳を織田家へ返すことも含まれています。この際、信康と目を交わす五徳が良いですね。なんだかんだで二人には通い合うものがまだあります。そして、信長来訪の際の怯え切った表情を見れば、孤独さはあってもワガママを言っていられる岡崎城にいるほうが五徳には遥かにマシなはずです。
 その証拠に、この後、連れ帰らされそうになったときも、五徳は涙ぐみながら自分からは立ち上がろうとしていません。こうした態度に彼女の本音がはっきりと表れています。口では「信長の娘」と言っても「三河のおなご」でいたいのでしょう。因みに信長は、この宴席では一度も五徳と目を合わせていません。二人の間にある親子の情は薄そうです。男性しか側に置かない信長ならではという気もします。


 しかし、一方でこの五徳の本音は、ちょっとした救いかもしれません。通説では信康や築山殿をつるし上げる「十二ヶ条の訴状」を送ったとされる五徳ですが、彼女の本音が徳川家にあるのであれば、瀬名とは和解の可能性があるからです。
 「十二ヶ条の訴状」は近年では否定的な説ですし、よくよく考えてみれば「どうする家康」の瀬名は千代すら味方にしてしまいそうになっている人。五徳を孤独にして敵に回してしまうような愚を犯すようには思えません。もっともそうなると、全く思わぬところから、彼女の大望は綻びを見せるということになりますが。



 話を戻しましょう。先にも述べましたが、既に天下人になった信長にとって、家康は複数の領国経営もままならぬ東国の田舎大名に過ぎなくなっています。史実でも清須同盟は、前半十年は対等関係、そして信長が畿内を固めた後年十年は従属関係であったと指摘されています。援軍を送らなかったのは、戦略上は半ばどうでも良いからです。
 そして、改めて同盟を組みたいなら臣下として服従せよと命じます。仮にも一国の主である家康に、勝家、秀吉、信盛と同じ立場になることを要求するのです。呆気にとられた家康は「これは脅しではないか」と自分のした台詞を棚に上げて言います(本気で言ったわけではない、ブラフですが)。

 苦渋の選択を秀吉を通して迫る信長。数正は「従わなかった場合」について問いますが、秀吉は居丈高にそれを咎めます。「仮に、だ」と怒りを滲ませる数正に秀吉は「仮に!でも敵とみなすことになりますわなぁ」と声を荒げて乱暴に返します。わずかな翻意も見逃さず、許さないという過酷さを見せますね(後年、秀吉へ数正が出奔してしまうと考えると興味深いやり取りです)。

 ここで、到着した援軍のこれ見よがしのデモンストレーションが効いてきますね。あの大軍とやり合えるならいつでも来いというわけです。家康は単なる苦し紛れのハッタリにしか過ぎませんでしたが、信長は圧倒的な武力を背景にした脅しの本懐、お手本です。それを実践で見せつけるのです。このあたりは、姉川と同じく、信長から家康への躾の一環であることも匂わせます。パワハラですが。


 信長は、家康が本気で逆らってくるのを面白がる悪癖を昔から持っていますが、今回のそれは度を越して、家康本人だけでなく、家臣団への侮辱、挑発という形で波及していきます。信長は芝居がかって、首を差し出し、忠勝らに「今、ここで俺の首を狙ってみてはどうか」とせせら笑うように挑発を繰り返します。信長の鞭を鷲掴みにしながらも手を出さず耐える忠勝、それをフォローするような康政、喧嘩早い元忠をさっと止めに入る忠世(流石、色男)とチームワークを見せる家臣団の動きにこれまで多くの犠牲を払う中で高めてきた結束が見えます。
 そして、彼らが耐えるのは、外に織田軍の圧倒的武力が存在しているからだけでありません。あくまで家康の判断を信じ、任せているからです。家康は、彼らの意を無にする人ではありませんから。彼らの静かな怒りと結束力、そして主従の信頼を各俳優らが巧み演じてくれていますね。

 そして手を出せない家臣団を十分になぶった信長は改めて、臣下になるかどうか、今ここで決めろと迫ります。脅しだと言い募る家康に「お前が先にした」といい、「俺を脅すなんて許さんぞ!」と本音を明言します。この台詞には、織田軍団という男性的ホモソーシャルな社会を支えるものが何かを示唆しています。
 見栄とマウンティングです。自尊心とそれを守るための徹底的な上下関係を築く、それが絶対的に必要なのです。そして、そこに所属したものは、永遠にマウンティングを取り続けなければなりません、取られた瞬間に自尊心は地にまみれます。トップを取ってもそれを狙い皆が集まりますからリタイアしない限り、そのマウント争いは永劫続きます。だから、この社会は過酷なのです。


 そしていよいよ信長は仕上げに「さあ、どうする家康!」といきなりタイトル回収をしてきますが、それが許されるのは本作では信長だけでしょう。このとき、どこか面白がる顔をしていることは見逃せません。信長は、どこまでも竹千代と遊んでいる部分が残っています。彼のある種の幼児性が、織田軍の男性的ホモソーシャルな社会を支える軸であるというのは、恐ろしさであり、脆さでもあります。しかし、そこに天下は収束し始めており、また家康も確実にそこへ取り込まれようとしています。


 家康も一国の主です。そして、自分の家臣をあれだけなぶられて黙っていることはできません。「お前が今まで何をしてくれたんじゃ」「わしは桶狭間以来、この手で我が国を守ってきたんじゃ」「多くの犠牲を払いながら」と徹底的に逆らいます。事実ですし、またこう言わなければ、自分を活かすために死んでいった家臣に申し訳が立ちません。ですから、ここは一歩も引くことができません。

 そんな家康に信長は「ならば、それでよい」「お前が決めろ」と突き放します。徳川家のことは徳川家で決めろということですが、姉川のときの「お主が決めろ。ただよ〜く考えてな?」とは質が違います。あのときは兄貴分としての配慮がどこかにありました。しかし、今回は天下人である自分に逆らうなら完全な決裂も辞さないという強い自負がありますね。


 信長はどこかで竹千代と遊んでいるのに何故、ここまで家康と溝を深めてしまうのでしょうか。家康だけでなく家臣団までなぶるのは今までよりも行動がエスカレートしていますね。これは推測に過ぎませんが、彼を急速に変えたのは「天下人である」という自負と握った権力の大きさでしょう。人は絶大な権力を持つと必ず、人間性を損ない蝕まれます。どんなに気をつけていてもです。
 権力に酔ってしまうからではなく、権力をとおしてしか人と付き合わなくなるからです。自身も権力を行使することで安心し、その権力を利用するため、すがるため、反発するために、彼に群がります。もう信長でありながら、以前の彼ではなくなっているのかもしれません。

 だから、この信長の圧迫は、家康との決裂に近い形で終わりを迎えようとしてしまいます。恐らく、それは信長の望んだ結末ではありません。それでも、天下人が引くわけにいきませんから、五徳ごと引き上げようとします。


 信長と家康の男のプライドをかけたマウント争いが終わりを迎えかけたそのとき、飛び込んでくるのが鳥居強右衛門です。彼は二人の決裂が、そのまま長篠の援軍派遣が反故につながることを恐れます。
「奥平信昌が家臣、鳥居強右衛門でごぜーます。どうかお帰りにならんでくだせーまし。長篠を救って下せ―まし!」と懇願します。ろくでなしと周りに言われ、雑に扱われてきた男が、主家のために懇願する。それは、信昌が信じて送り出してくれたことに応えようという一心だったのでしょう。そして、今、懇願ができる家臣は、この場にいる彼しかいません。

 この直談判。後に信長がその最期に感銘を受け、忠義の士として墓を建立させたという逸話を受けて、信長が鳥居強右衛門を知る出会いの場面を作ったと思われますが、物語への組み込み方が上手いですね。鳥居強右衛門の人間性を示すと同時に、意地を張り合い事態を収拾がつかない方向へ持っていった信長と家康、この二人の諍いの犠牲者は現場で苦しんでいる下々の者だったということを示しています。
 男たちのマウント争いが、いかに物事を解決し得ないのか、男性的なホモソーシャルな社会の欠点が表れています。だから、彼らはその答えを鳥居強右衛門に示せません。



4.ろくでなしの鳥居強右衛門と亀姫の真心 その2

 そこに割って入るのが亀姫です。彼女は、信長の脅しから徳川家の置かれた状況を知り、恐れに震えながらも、信長に「もうワガママは言いません」「喜んで嫁ぎます」と進言します。ここで、亀姫は、家康と信長に「どうか仲直りをしてくださいませ!」と懇願しますが、この宴席で最も年少の子どもに見苦しいプライド争いを諫められる主君二人という構図が巧いですね。

 この娘の決意を見た母、瀬名はここぞとばかりに進み出て「夫は信長様に従うことに異を唱えたいわけではない」「あまりに急なことゆえ家臣とよく話し合いたい」と添え、「まずは長篠を救うことを先になさってはいかがでしょう」と信長に優先順位を説きます(この際、家康にも「そうですよね」と軽く了解を得るあたり抜かりはありません)。


 この宴席において、誰一人、長篠城とそこにいる者たちについては頭にありませんでした。彼らを忘れて、天下人信長に従うか従わないか、お前が先に脅した、お前の脅し方のほうが酷すぎるとやっていたのが、長篠の戦いの前夜でした。おなごゆえに出しゃばらず黙ってはいるものの、時折、映る瀬名の表情は冷ややかでした。何故なら、今、一番苦しんでいるであろう長篠の人々を完全に忘れているから。苦しむ者、弱者、下々の者を思わない為政者の争いは彼らにとっては空虚なばかりかかえって迷惑なだけです。その虚しさだけが際立ちました。

 そして、この諍いを止めたのが、苦しむ長篠城の代表である鳥居強右衛門とそれに応えようとした亀姫の真心でした。そして彼らの想いに理屈を添えた瀬名が、二人を補助することで、結果的には信長と家康の関係も救うほうへ誘います。
 最も力なき者が、この場を治めたという皮肉、これこそが戦国を支配する弱肉強食の論理、あるいは武断統治の限界を示しているようにも見えますね。


 戦国の姫が政略結婚させられるのは世の常でした。ですから、亀姫の婚姻も状況に追い込まれてのものです。しかし、そういう結果であっても、そこには長篠城の人々のために、ここまで来た鳥居強右衛門のために、そして徳川家を救うために、彼女自身の能動的な決意があったとしたところが、女性の意思をなんとか掬いあげようとする「どうする家康」らしい演出と言えましょう。當真あみさんの熱演も光りましたね。

 


 そして、亀姫は強右衛門の手を取り、良かったですねと声をかけます。嫌悪した毛むくじゃらの男へ自然と差し伸べられる手。そこに亀姫の誠意が宿り、二つの手が携えられた今回のオープニングアニメーションへと返ります。その誠意は伝わり、改めて、この姫が信昌に嫁いでくれることを喜び、そしてその将来に希望を持ちます。彼の人生に意味という光が射した瞬間でもあったでしょう。
 だからその喜びを一刻も早く仲間に伝え分かち合いたいという強右衛門の気持ちがとても清々しいですね。そんな彼の思いに「奥平殿にお伝えくだされ。どうか持ちこたえてくださいませと!」、彼女自身の嫁ぐ決意が響き合います。そして…信昌が毛むくじゃらではないからと亀姫を安心させてから強右衛門は旅立ちます。

 二人の響き合いと重なるオープニングアニメーションからは、乱世に必要なことは、誠意をもって手を携え助け合うことだということがメッセージとして伝わってきますね。手に刀や槍、鉄砲を持つのではなく。ここにも、信長と家康の諍いが見せたことへのアンチテーゼが見えます。
 そして「手を携える」…これをもっと大きな形で実現しようとしているのが瀬名であることは言うまでもありません。


 ともあれ、喜びと幸せに強右衛門が思わず口ずさんでしまうのも、未来を先走って妄想してしまうのも仕方のないところです。ただ、それゆえに勝頼の目論見どおりに捕まってしまいますが。

 さて、勝頼は信玄以来の手段を使い、自身の生命と例の甲州金にて彼に援軍は来ないという偽りの報告をさせます。逸話では、勝頼の誘いに乗ったふりをして、援軍が来ることを伝えるという展開ですが、ろくでなし強右衛門は葛藤の末に一度は、「援軍が来ない」と伝え、信昌たちを落胆させます。
 しかし、戦国時代はまずは自分自身が生き残らねばなりません。生命とそれをつなぐ金になびくことは、貧しい軽輩の家臣…いや、人間としての本能というものです。強右衛門のこの判断は、とても人間らしいものです。ここで改めて、強右衛門に血肉が通います。

 そして、生き延びることと同じくらい人間にとって大切なことは「人間らしく生きる」という尊厳の問題です。これは自分自身だけでなく、人様から「人間として扱われる」ということも含みます。生命と金欲しさに嘘をついた強右衛門は金を落としてしまい、それをかき集めます。その際、武田の家臣たちは、そんな浅ましい姿を小馬鹿にしながら嘲笑します。彼らは強右衛門を金にむらがる獣としか見ていません。

 泣きながら金を拾う強右衛門の脳裏に浮かぶのは、彼を信じて送り出した信昌と、彼を介抱し、ご飯を食わせ、人並みの着物を与え、そして彼らのために奥平に嫁ぐことを決めた亀姫の真心です。そう彼らだけが、強右衛門を人間として扱ったのです。亀姫たちの真心に応えたいという想いがふつふつ湧き、彼は改めて援軍来たるの報を信昌らにもたらします。
 彼は死を賭して、援軍来たるを伝えたのではありません。「獣としてどつき回され惨めに生き延びること」よりも「人として扱ってくれた人のために生きること」を選択したのでしょう。

 忠義もあったでしょうが、それ以上に亀姫への真心に応えようとした、そんな思いが磔になる瞬間にも表れます。彼は信昌に亀姫がいかに素晴らしい姫であったことを伝え、「ようごぜーましたなぁ、大事にしなされや」と未来に希望を託して叫びます。彼には、幸せが見えていたのかもしれませんね。

 こうして鳥居強右衛門は奥平たちによって旗指物の絵となり、忠義の士として名を残すことになります。一方で亀姫の脳裏に蘇るのは、土間で飯をたらふく平らげ、歌を口ずさむ太平楽な強右衛門。本来の気さくで気ままな彼です、その姿を思い浮かべ、くすりと笑う亀姫が印象的ですね。本来の強右衛門の姿は亀姫の中で生き続け、長篠で生きる彼女の心を照らすのでしょう。

 因みに亀姫は信昌に嫁ぎ、四男一女に恵まれます。そして信昌は終生、側室を持ちませんでした。鳥居強右衛門がつないだ縁は、後に家老職になった彼の子孫だけでなく、確かに奥平家の幸せにつながっていくのです。



おわりに

 鳥居強右衛門の人間らしい葛藤を見るにつけ、思い出されるのが、第14回の阿月です。彼女はお市に対する深い忠誠心で走り切り、言づてを家康に伝えました。彼女の一途な想いが印象に残った方々もいたでしょう。その彼女に比べると、忠義の士、鳥居強右衛門は生命惜しさと金で揺れる普通の人間として描かれました。一見、二人は対照的です。
 しかし、阿月がお市のために走ったのは、彼女だけが阿月を人間として扱い、そして人間らしい生活を与えてくれたからです。そして、強右衛門もまた彼を人間として扱ってくれた亀姫のためにその心が洗われたのです。
 いかにも忠義と関係なさそうな侍女を忠義ものとして描き、忠義の士を逆に普通の人間として描きましたが、実はその心底にあるのは、弱者に対する慈しみと真心こそが人を支え、そして変えるということです。

 男性的な発想の忠義をあくまで添え物にし、人間を真に救うものは何か。それを「どうする家康」は問いかけようとしているのかもしれません。

 

   一方で長篠合戦の前夜に繰り広げられた信長の圧迫に始まる諍いは、信長の傍若無人の要求、それに耐える家臣団と家康の結束と緊迫感のあるものでした。しかし、それが武力で物事を片付ける男たちの同レベルの諍いであり、助けるべき人々のことを忘れているということもまた見せつけてしまいましたね。これを見た信康の反応も気になります。少なくとも五徳との仲を割こうとし、徳川家をなぶった信長によい印象を抱くとは思えません。

 今回は信康が亀姫の奥平家へ嫁ぐことに反対していたという説を、直接、義父への進言として取り入れ、織田家による徳川家への圧迫外交の呼び水にしていく構成が秀逸でしたが、これは信康自身への変化の呼び水になるかもしれませんね。



 そして、何よりこのマウント取りの場に瀬名がいたのは示唆的です。彼らを見つめる冷ややかな目には、「男ども」(お万)のやり方だけでは、「徳川家」に未来がないことをますます知ってしまったように思われます。また、一方で現実問題として、信長の臣下になることが避けられず、そして、その先が過酷であることも彼女は理解したのではないでしょうか。それだけに、冒頭の「もっと大きなこと」が彼女の中で確信に変わり、急がねばならないと決意したかもしれません。

 冒頭の瀬名と千代の交渉は、まだ実を結ぶものではありませんが、少なくとも瀬名は領民を救うという軸がブレてはいません。乱世を支配する弱肉強食の論理の問題点を浮き彫りにした第21回ラスト、歩き巫女が再び訪れる鈴の音の中、瀬名は何を思うのでしょうか。


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