書泉の陰謀にハマり『中世への旅 三部作』を読んだ話
ザ・趣味の本屋
書泉グランデなる本屋をご存じでしょうか?
東京近郊のオタクであれば「あぁ~w」となるかもしれません。
古本の都 神保町の一隅に佇む、公式自ら 頭おかしい を標榜するステキな本屋・書泉グランデは、マニアックな欲望と愛に満ちた本棚作りで有名です。各階ごとにテーマがあり、TRPGコーナーやらクトゥルフエリアやら、挙句の果てには中世ヨーロッパの本格的な甲冑まで展示されています。何屋さんだよここ
そんな書泉グランデ(の甲冑担当店員)が、老舗 西洋文化・文学専門出版社である白水社に掛け合い、
書泉「絶版本復刊して!」
白水「採算取れないからムリ」
書泉「100冊刷ってくれたら全部買い切ってウチで売るから!」
白水「それなら…100冊くらいで良いかな?」
書泉「予約好調です。1000冊にして!」
白水「Oh…追加販売する? もう1000冊印刷すれば足りる?」
書泉「予約1万冊突破しました」
白水「…もう、三部作全部復刊しようか?」
という紆余曲折を経て、数十年ぶりに復刊されたのがハインリヒ・プレティヒャ著『中世への旅 三部作』。マンガみたいな話ですが、実話だそうです。詳しい経緯は以下の記事をどうぞ。
『中世への旅』三冊読んだ感想
噂の三冊はこちら。それぞれ『騎士と城』『都市と庶民』『農民戦争と傭兵』のサブタイトルが付いています。
『騎士と城』はもともと白水uブックス(新書)にラインナップされていましたが、他二冊はハードカバー版しかなかったので、今回の新書化は復刊でなく新刊です。読み手の熱量が出版にGoを出した好事例。
以下、個別に感想書いてきます。
騎士と城
プレティヒャ中世三部作 最初の一冊は、主に中世盛期(12世紀頃)のドイツを主とした中部ヨーロッパの城での生活を紹介しています。ページ数は多くないものの内容は濃密で、中世の城で暮らすというのはどんな感じなのか、良い面も悪い面も詳しく教えてくれます。
中世の生活史本というとギース夫妻による中世シリーズが入手しやすく界隈では有名ですが、これとも切り口が違うので、両方読む価値ありです。
個人的にはプレティヒャ本の方が庶民感覚で読める気がします。
個人的に印象深かったのは以下のトピック:
城の成立過程
平時の城での暮らしぶり
戦時中の様子
塔や城壁の構造の変遷
堀の種類
中世の城や騎士の生活がより身近になった反面、書面の都合もあり(※原著も同じだと思う)すべての項目について図面があるわけではないので、具体的な姿を想像するのが難しい単語もあります。
感想からはズレますが、本書にストーリー付けて漫画化したみたいな超詳しい中世城作品(暴論)があったので、並べて楽しむことにしました。超画力で中世の城の細部を描いている良い漫画です。こっちもオススメ
都市と庶民
第二巻の主題は中世ドイツの都市生活。内容は広く、例えば
都市の成立過程、一般的な都市の姿、市民の暮らし、都市の政治体制、衣食住の実態、法律と秩序、戦時下の都市、…
などなどを解説しています。
改めて驚いたのは、ドイツ諸都市における市民の強さ。ドイツは他のヨーロッパ諸国と比べ貴族の支配力が弱かったせいか、都市市民、特に商人階級の影響力が大きく、独特の文化を作っていたことが分かります。
残念ながら三十年戦争で都市が荒廃し、近世ドイツはプロイセンによる中央集権化に突き進むのですが、中世後期には有力市民による自治が機能していたんですねぇ。
もっとも、都市生活の実態の凄まじさも想像以上でしたwww
住環境の劣悪さは特に衝撃的で、家々の壁の間にはゴミが散乱し、そこがトイレにもなっていたので悪臭が(以下略)。街路には人間だけでなく家畜の糞尿が散乱していたりもして、グッバイ ロマンチック中世。
当時の刑法や社会問題も興味深いです。ユダヤ人に対する大規模な迫害もすでに存在していたとか。ね、根深い…
全体を通してページ数の割に情報量が多く、中世都市の実像入門として便利な読み物です。
農民戦争と傭兵
三部作の最終巻、主なテーマは次の三つ:
15-17世紀の中央ヨーロッパで活動した傭兵集団ランツクネヒト
ドイツ農民戦争(1524年)
三十年戦争(1618-1648)
特に興味深かったのはランツクネヒトと農民戦争に関する詳細な解説。これらトピックは、一般的な世界史の教科書ではあまり深く触れられていない部分であり自分も詳しくなかったので、たいへんに新鮮でした。
三部作の中では本書がぶっちぎりで難しかった! 当時の複雑な勢力関係を把握する必要があるうえ、日本では馴染みの薄い題材なので。ためしに農民戦争をWikipediaで調べようとしたらこれですよ…記述少なぇ…
ランツクネヒトも似たりよったりですね。仕方ないね
それにしても、ドイツが三十年戦争で壊滅し荒廃したことは知っていましたが、農民戦争も酷すぎて絶句。しかもこの後マルティン・ルターが登場し、南北の宗教戦争に突入してくんですよね。中世後半から近世にかけてのドイツ地方、戦乱と混乱しかなかったんじゃないの!?という気がしてきました。ペストも流行ったし、歴史が悲惨すぎて震える。
ランツクネヒトの方は騎士と盗賊の中間的存在として扱われています。王侯貴族の権力ゲームの駒にされた彼らですが、本人たちが農民相手に働いた略奪の様子を知ると同情心もすっ飛んじゃうんですよねぇ。
例としてヴァイセナウ修道院長ムーラーの絵日記が紹介されているのですが、ゆるい絵柄で描かれてる略奪風景のえげつなさは何ともいえない。漫画『ベルセルク』の作中の雰囲気そのままの荒廃っぷりで仰天です。ついでにガッツのモデルとも言われる鉄腕ゲッツが活動したのもこの頃だそう
内容は難しかったですが、宗教改革から三十年戦争に至る動乱期のエネルギーの流れを理解する上で貴重な資料でした。もう少し勉強しよう…
まとめ
書店員と出版社の熱い心意気で復活した中世ヨーロッパ本三冊。歴史クラスタも中世ヨーロッパ風ファンタジークラスタも楽しめる。みんな読もう!
ちなみに、三部作を書泉の通販で購入したら、新たな復刊に向けたチラシが…
絶版で入手できてなかったやつだぜチクショウ足元見てるわね買ったよ
このコラボ、メディアでも取り上げられたりして、出版不況の中でも硬い学術書が売れることもあるという良いニュースでした。
復刊されない良書は数多いので、うまく再販出来る環境が整うといいな。
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