[短編小説] 不死身人間


私が不死身であるという噂がたった。その噂の発生元は私ではない。いつの間にか青い空を灰色の雲が覆い尽くしたかのように、気がつくと村の人々が密かに囁き合って、不死身の人間を環から外していた。私がそれに気づいたきっかけも、そう決定的なものではなく、気づいたらそうだった、だけだ。

彼らの決して直に触れることなく遠巻きに覗く態度は、濡れた下着を履いているような気持ち悪さを感じ、私は村から出ようか、と考えた。しかし、ずっと畑を耕してきた人間が街に出て何らかの職にありつける保証もないし、別の村に行って新たな人間関係を構築するのは、私の性格上無理だったから、私は仕方なく村に留まった。

村民たちは私を避けていたが、彼らは私を追い出すこともなかった。過疎の進む村で働き盛りの男は貴重な人材であったから、早朝に起きて私が彼らの畑に足を踏み入れても、何も文句は言われなかった。もちろん、会話することもなかったが。

鹿おどしが鳴くように繰り返される日常を過ごし、私はなぜ自分が不死身だと思われているのか、考えた。最初にそれを耳にしたのは数ヶ月前、私が庭掃除をしている際に、隣家の芝さんが誰かと話しているのを聞いた時だった。どういった文脈でそれが発せられたのかも、その根拠も忘れてしまったが、とにかく芝さんと誰かが隣に住む不気味な人間についてヒソヒソと喋っていたのだ。

その時、私は失望しただろうか?はたまた他人の噂話しか娯楽のない田舎の醜悪さに嫌気がさしただろうか?していない。視線の不快さよりも将来への不安の方が勝った。彼らに私を重ね、容易に体験できた一週目の人生に飽きて見下し、これから何をすべきか悩んだだけだ。

村は私の妄想を掻き立てる。もっと都会に生まれていれば私にも成功のチャンスがあったのかもしれない。せめて車で40分ほどの町に生まれていれば、多くの同世代の友達ができて切磋琢磨していたはずだ。私は、私がここに生まれたばかりに。その産んだ親もいないというのにここに縛られている。私はどうすればいいのか。

既に、私が不死身であることの根拠はどうでも良くなっていた。私は原因が知りたいのではなく、ただ、この現状を変えたいのだ、ということに気づいた。私の悩みは過去にはなく、全て現実にあるのだと。

その日から畑仕事を終えると家に籠り、あるだけの紙を集めてその上に自身の考え、思いを書き殴った。全て吐き出せばこれからどうすればいいか、見えてくるはずだと思った。私の右手は鉛筆の隅で黒く汚れ、何度も繰り返すうちにそれが本来の肌の色へと変わっていった。

人と会話することがなかったから、自身の心情を煮詰める作業は加速して、もはやそれは真実とは言えない創作物になっていた。私は家中の紙を使い果たした。それでもなお私の心情は見つからず、ついに家の柱、畳、縁側にまで鉛筆を走らせた。紙の次は鉛筆がすり減り、なくなって、私は伸び切った爪で柔らかい皮膚を割いていった。まだ分からなかった。

日に日に皮膚が赤く裂け、傷ついていく私を見て、村民たちは本格的に私に対して嫌悪を表した。ある日、いつも通りに畑に向かうと、村長が待ち構えていて、これからは畑に来ないでほしいと目線も合わせずに言い切った。

家に帰った。炭を擦り付けられ黒く染まった柱、畳、床に散らばった紙、爛れた皮膚、私はどれも違ったのだと思った。そうだ、不死身だ。私が不死身であること、それが原因なのだ。どうして今まで不死身と人間が共存できると思っていたのか?その瞬間、一切の重力から解き離れ、どこまでも飛んでいける気がした。

私は早速台所から錆びた包丁を取り出し、布で刃をさっと拭くと、畑に向かった。

畑に着くと刃物を持った不死身の人間を恐怖で満たされた視線が囲った。不死身の人間はその視線を見て満足そうに微笑んで、持っていた刃物を首元に刺した。

錆びていたからなかなか切れず、ブツブツと繊維を切る鈍い感触を感じながら、断ち切った。畑は音を忘れたように静かだった。

首が地面に落ちた。首は意識を保っていた。村民はまるで彼が不死身だと思っていなかったかのように驚き、好奇と嫌悪の入り混じった表情を向けた。

私はこんな簡単なことだったのか、と思った。そして、彼らの侮蔑の表情を見て、彼らへの、田舎への、自分への嫌悪が最高潮に達したのを感じた。全てがどうでも良くなった。私は、不死身だった。

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