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現代美術家 ミヤギフトシさんの戸惑いを表現する豊かな才能

児童書で有名な福音館書店という出版社がある。わたしはこの出版社が発行している「母の友」という育児雑誌を保育園経由で定期購読している。この保守的な名前の「母と友」であるが、中身はアグレッシブなキュレーションマガジンだ。まずは、母親の焦燥感をあおるような指導的な記事が一切ない。その代わりに、母親や父親の肩の荷を軽くし、視野を広げてくれるような記事が多い。広告掲載がないから記事の純度が高く、編集者や著者のメッセージがダイレクトに伝わってくる。そして、圧巻なのが、ピックアップされる写真家や芸術家、小説家などの専門家の人選だ。

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2018年12月号の「母の友」のテーマは「老いるということ」。この号の巻頭エッセイの執筆者がミヤギフトシさんという男性だった。名前が全部カタカナだったことと、文中から伝わってくるミヤギさんの人や言葉との慎重で丁寧な向き合い方が印象に残り、どんな人なのかネットで検索してみた。

すると、行くかどうか迷っていた東京都写真美術館の展示会「小さいながらもたしかなこと」に、日本の新進作家の一人として写真を展示されていることに気づいた。

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ミヤギフトシさんの<感光>という作品では、暗闇のなかで上半身裸の若い男性が撮影されている。写真といえば、自然光や照明を活用するなどして、できるだけ明るい場所で撮影されるのが一般的だろう。ところが、暗闇での撮影である。足元が心配になるほど真っ暗な展示室に入ると、写真の裏側からうっすらと照明が当てられていることに気づいた。ゲイとしてカミングアウトするまで様々な葛藤や紆余曲折を経てこられたであろう、ミヤギさんの繊細さと芸術性が存分に表現された作品だと感じた。

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美術館からの帰りに、NADiffが運営するBITENで購入したミヤギフトシさんの作品集「new message」からも影響を受けた。おそらくまだカミングアウトしていなかっただろう若き時代に出会った、今は顔をおぼろげにしか思い出せない男性たちとのエピソード。日本語と英語で書かれているのだが、両方読むことで、そのエピソードの違う表情が見えてくる。

ミヤギフトシさんの、他人から見ると取るに足りないささいなことだけれど、自分にとっては重要なシーンやセリフを切り取るセンスは、大好きな社会学者の岸政彦さんにも通ずるところがある。そんなことを考えながら、岸さんの「はじめての沖縄」を「new message」と同時期に読んでいたところ、おふたりには交流があったらしく、ほんわかした気持ちになった。

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わたしも昔、二子玉川駅を利用していて、夕暮れ時のこの眺めが大好きだったな。

ミヤギフトシさんは、写真という枠にはまらず、エッセイ(日本語、英語)はもとより、折り紙やスイーツづくりなど、意外な切り口での表現を続けている。繊細さを胸に抱きながら、自分の戸惑いを正直に受け止めて、作品として仕上げていらっしゃる姿勢に好感を抱かずにいられない。

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