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【疾患xdBMs】肺疾患患者の退院後の自宅回復状態をデジタルバイオマーカーで定量化する

 閲覧ありがとうございます。データサイエンティストの杉尾です。主にデジタルバイオマーカーの開発プラットフォームである(SelfBase)の機能開発や、そこで収集されたデータの解析を担当しております。

 今回は、前回の「【疾患×dBMs】閉塞性睡眠時無呼吸症候群(OSA)を血中酸素飽和度(SpO2)から作成されたデジタルバイオマーカーで評価する
に引き続き、【疾患xdBMs】シリーズとして、「Postdischarge Recovery after Acute Pediatric Lung Disease Can Be Quantified with Digital Biomarkers[1]」を元に、(小児)呼吸器疾患とデジタルバイオマーカーに関して、整理しました。

 今回の論文は、ざっくりと説明すると、「呼吸器疾患で入院した(小児)患者の退院後の完全回復までの回復期間をデジタルバイオマーカーで計測・解析してみると、その回復過程をリアルタイムに把握することができ、さらに従来の研究結果と同様の回復期間を確認することもでき、ウェアラブルデバイスによる遠隔モニタリングの有用性が示せました」という内容です。

研究の背景・課題

 この研究は、小児科で最も一般的な呼吸器疾患について、家庭での回復過程を調査したものです。この研究の目的は、質問票とウェアラブルデバイスを用いて、3つの一般的な小児呼吸器疾患の自宅での回復を説明することです(以下の3つ)。

  • 市中肺炎(Community-Acquired Pneumonia、CAP)

  • 就学前喘鳴(Preschool Wheezing、PW)

  • 喘息増悪(Asthma Exacerbation、AE)

 現状では、これら3つの疾患に関わらず、入院中または病院内では、疾患の状態や身体の回復に関するデータを多く取得することができます。そして、それらを迅速に医師たちが把握することができています。しかし、退院時から自宅での完全な回復や復帰までの過程については、ほとんどデータを取得することができていません
 そのためか、CAPやPWなどの急性肺疾患に限らず多くの研究では、回復期間を「入院期間」と定義しており、退院後の自宅での回復期間については記述されていないのです[1,2,3]。いわば、これらの研究が活発に行われること自体が意義のあることとも言えますね。
 また現在では、仮にデータを取得したとしても、アンケート調査等の過程で被験者を追跡する方法であり、それでは主観的な回答によるバイアスなどの限界が存在してしまいます。また、医師による自宅での頻繁な診察は、時間と費用がかかり、高頻度の通院は患者にとっても大きな負担がかかってしまうという課題があります。

 そこで、ウェアラブルデバイスを通して取得したデジタルバイオマーカーから、退院後の状態を観察し、完全状態に至るまでの過程を把握することができないか、というのが本研究の主旨です。

研究内容

 本研究は、2018年11月から2020年3月にかけて、Centre of Human Drug Research(CHDR、オランダ、ライデン)と共同でJuliana Children's Hospital(オランダ、ハーグ)で実施されました。

対象者及びスケジュール

 対象者は、ジュリアナ小児病院の小児科病棟に入院した2〜12歳の患者です。

  • CAP(n=30)

  • PW(n=30)

  • AE(n=11)

 患者は入院後できるだけ早く試験に登録され、入院中と退院直後の14日間の回復期間、退院後40日目から10日間をモニタリングされました(図1)。
 他には、以下のような条件からデータが処理され、研究対象者は、CAP=19名、PW=21名、AE=11名です。

  • 退院の基準は、夜間の酸素療法への依存がなくなった時点

  • 研究対象疾患以外の慢性疾患の既往歴がある患者は除外

  • 本試験に参加した71名のうち、20名の被験者が子供の不快感により参加直後に脱落し、解析中に除外

    • 脱落者は、2歳(n = 5)または3歳(n = 6)

図1. 試験スケジュール

デバイスとデータ

  • デバイス

    • Withings® Steel HR Smartwatch(Withings, Issyles-Molineux, France)

    • Air Next spirometer(NuvoAir, Stockholm, Sweden)

  • データ

    • 歩数、心拍、睡眠パターン

    • アンケート

      • 既存の呼吸器症状アンケートを小児用にアレンジ

      • CAPとPWの被験者とその親に、毎日の終わりにアンケートに答えてもらい、呼吸器症状スコアを決定

    • 体温測定

      • CAPとPW

    • Asthma Control Diary(ACD)

      • AE

    • スパイロメーター

      • AE

      • スパイロメーターは、強制生命維持能力、1秒間の強制呼気量、強制生命維持能力/強制呼気量比を記録するもの

  • その他

    • ベースラインと入院の特徴は、患者のカルテから取得

肺コンプライアンス

 肺コンプライアンスとは、一定の圧力をかけたときの肺の容積の変化のことを指し、肺の膨らみやすさを示す指標です。調べる限りではいろいろな定義及び計算式が存在ようです。この研究の肺コンプライアンスは、各被験者について、測定値の合計を予想される測定の合計で割ることで定義され、肺コンプライアンスの中央値と四分位範囲(IQR)が算出されています。また、肺コンプライアンスは、試験期間と回復期および健康期で別々に計算されています。

分析内容

評価項目

 本研究の主要評価項目は、身体活動量(歩数)です。しかし、研究期間の個人間変動が大きいことから、10日間の「健康」期間(15~24日目)に集められたデータに基づいて正規化しています。それにより回復の共通点(「健康」な身体活動レベルへの復帰)を定義しています。
 また、「ベースライン」の身体活動量(100%)として、健康期間(最低2日間)の平均歩数を利用しています。健常期のデータがない場合は、回復期の最後の4日間(最短2日間)の平均歩数を参考値としています。
 このように、健常期で2日以上、回復期で2日以上の測定を行った被験者のみを分析対象としています。

症状スコアモデル

 回復の軌跡を可視化するために、一般化線形混合モデルを用いて、3群の呼吸器症状スコアとACD6スコアを別々に当てはめています。異分散性がある場合は、対数変換を行ったり、時間的自己相関を考慮し、時間変数に一次自己回帰を加えたりなどしています(これ以上に詳細な情報は[1]に)。
 尤度比検定、赤池情報量規準(AIC)、決定係数(R2)を確認することにより、モデルの適合性への寄与を評価しています。

身体活動モデル

 身体活動量も、同様の方法でモデル化しています。異なる部分としては、午前6時から午後10時までのデバイスの着用時間を、日中の部分的な非着用によるバイアスを調整するために共変量として含めています。推定平均(95%信頼区間、CI)身体活動量は、腕時計の装着時間を100%と一定にして、経時的に算出したりなどしています。他にも、入院期間、酸素飽和度、呼吸数、入院時の心拍数も、回復への影響を評価するための探索的分析の一環として、別途モデルに組み入れています。

その他

心拍数
 日中の平均心拍数(午前6時~午後10時)と夜間の平均心拍数(午前12時~午前5時)を説明変数にし、被験者変数をランダム切片、時間変数や年齢を共変量に加えた一般化線形混合効果モデルでフィッティングしています。

「回復」との関係
 3つの推定回復軌道間の関係を定量化するために、ピアソン相関分析を行い、推定1日平均身体活動量、心拍、症状スコアの間の関係を定量化しています。

ベースラインと入院時の特徴
 表1に示した51人の被験者のうち、39人は健康期の少なくとも2日間、または回復期の最後の4日間の少なくとも2日間、測定を完了しており、モデル化データセットに含めるのに適した被験者となります。

表1. ベースラインと入院時の特徴

肺コンプライアンス
 試験を完了した51名の被験者について、試験期間中、回復期、健康期に分けて、肺コンプライアンスを測定しています(図2)。肺コンプライアンスの中央値は、試験期間中47%(IQR 33-81%)、回復期間中68%(IQR 54-91%)、健康期間中28%(IQR 0-74)です。
 年齢と肺コンプライアンスとの間に明確な関連は見られなかったようです。また、複数日のデータ欠損がある被験者が多数いることを考慮することで、ランダム効果構造による完全な試験日のデータ欠損と、装着時間を調整することによる日中の部分的な欠損を考慮したモデリングになっています。

図2. 試験期間中・回復期・健康期の肺コンプライアンスと各指標
左:試験期間中、中央:回復期、右:健康期
X軸:各指標、Y軸:肺コンプライアンス

分析結果

症状スコアモデル

 推定された平均症状スコアは、図3a-cに示しています。

  • CAP患者の平均呼吸器症状スコアは、退院時の11.2(95%CI = 9.7-12.7)から12日目には2.8(95%CI = 1.5-4.1)に減少しました。

  • PW患者の平均呼吸器症状スコアは、退院の10.2(95% CI = 8.8-11.6)から5日目には4.6(95%CI = 3.2-6.0)に減少しました。

  • AE患者には別の質問票が用いられ、退院時のACD6スコアは2.5(95%CI = 1.9-3.1)で、6日目以降に定常状態に達しています(平均0.8、95%CI = 0.1-1.4 )。

身体活動モデル

 図3d-fに、各疾患群の平均身体活動量の推定値を示しています。

  • CAP患者の退院時の身体活動量は、正常値の46%であり、12日後には正常値の100%を達成しました。

  • PW患者の退院時の平均身体活動量は、正常値の約59%であり、5日後には正常値の100%を達成しました。

  • AE患者の退院時の平均身体活動量は、正常時の約48%であり、6日後には正常値の100%を達成しました。

その他

心拍数
 経時的な平均HRの推定値を図3g-iに示す。

  • PW患者の退院時の日中平均HRは、114bpmであったが、5日後には105bpmに減少しました。

  • AE患者の退院時の日中平均HRは、102bpmであったが、6日後には94bpmに安定し、その後は試験終了まで安定したHRを維持しました。

  • CAP患者では、このようなパターンは観察されませんでした。

 夜間HR(図3g~iの点線)は別にモデル化され、同様の傾向を示したようです。

図3. 症状と推定された平均症状スコアの時間的推移
左:CAP、中央:PW、右:AE
X軸:日数、Y軸:各指標

推定された平均症状スコア、身体活動量、心拍数の相関
 モデルで予測された平均症状スコア、身体活動量、夜間HRの相関分析を、推定された回復軌道の関係を定量化するために行われました(図4)。身体活動量は症状スコアと逆相関し、HRは症状スコアと正の相関があることが、3つの疾患群すべてで確認されました。

図4. 平均症状スコア、身体活動量、夜間HRの相関

まとめ

 デジタルデバイスを用いたホームモニタリングは、将来の有望なツールとしてしばしば挙げられており、非侵襲的な測定は、特に小児科領域で有用であるはずです。遠隔モニタリングの応用としては、診断、疾患の重症度、ベースラインの特徴に基づいて、個々の患者の回復の期間と軌跡を予測することが可能であると考えられています。この研究では、いくつかの入院変数を共変量として導入し、症状スコア・身体活動などのモデルを作成し、先行研究との内容の一致が確認できているようです[4,5,6]。さらにこの手の研究を進めることができれば、小児が予想される回復の軌跡から逸脱したときに、リアルタイムのモニタリングによって検出することができ、再入院待ちの警告サインとして役立つ可能性があります。

 しかし、これらを実現するためには、回復の軌跡に対する多数の共変量の影響を同時に適切に分離するために、より大規模で、理想的にはより完全なデータセットが必要です。現在のところ、小児患者を対象とした介入臨床試験では、あらかじめ定義された時点でフォローアップを行うのが一般的であり、客観的な診療ベースの測定は、患者の健康状態のスナップショットを提供するわずかな来院回数に限られています。また、主観的な紙の問診票を多用する方法もあります。さらに、このようなシステムは、データ収集と解析が完全に自動化され、電子患者カルテ情報と結合できる場合にのみ、標準治療に付加価値を与えることができます。
 これが実現すれば、治療の観点では、危険な状態を検知できた場合には介護者に警告が送られ、患者の再入院を避けるための再評価と治療計画の変更を促すような診療を進めることができます。また、臨床試験・研究的な観点においても、研究者はより客観的な測定値を得ることができ、同時に頻繁な院内フォローアップ訪問の必要性を減らすことができようになるのです。このことは、自動的に被験者の負担軽減につながり、従来の試験デザインよりも疾患と活動性の全体像を把握することができるのです。

弊社に関して

 弊社では、臨床試験のデジタル化、バイオマーカーの開発に向けたデータ収集・分析基盤をご用意しております。少しでもご興味を持っていただいた方は、お気軽にご連絡ください。

参考文献

[1] Kruizinga, Matthijs D., Allison Moll, Ahnjili Zhuparris, Dimitrios Ziagkos, Frederik E. Stuurman, Marianne Nuijsink, Adam F. Cohen, and Gertjan J. A. Driessen. 2021. “Postdischarge Recovery after Acute Pediatric Lung Disease Can Be Quantified with Digital Biomarkers.” Respiration; International Review of Thoracic Diseases 100 (10): 979–88.
[2] Juvén, Taina, Jussi Mertsola, Matti Waris, Maija Leinonen, and Olli Ruuskanen. 2004. “Clinical Response to Antibiotic Therapy for Community-Acquired Pneumonia.” European Journal of Pediatrics 163 (3): 140–44.
[3] Tan, Tina Q., Edward O. Mason Jr, Ellen R. Wald, William J. Barson, Gordon E. Schutze, John S. Bradley, Laurence B. Givner, Ram Yogev, Kwang Sik Kim, and Sheldon L. Kaplan. 2002. “Clinical Characteristics of Children with Complicated Pneumonia Caused by Streptococcus Pneumoniae.” Pediatrics 110 (1 Pt 1): 1–6.
[4] Ahmed, Syed Zaryab, Anila Jaleel, Kamran Hameed, Farah Ahmed, Hasan Danish, Azhar Chugtai, and Sultan Mustafa. 2015. “Serum Vitamin D Concentration in Asthmatic Children and Its Association with Recovery Time from an Asthma Exacerbation.” Journal of Advances in Medicine and Medical Research, August, 1–10.
[5] Wildhaber, Johannes H., Josué Sznitman, Paul Harpes, Daniel Straub, Alexander Möller, Pavel Basek, and Felix H. Sennhauser. 2007. “Correlation of Spirometry and Symptom Scores in Childhood Asthma and the Usefulness of Curvature Assessment in Expiratory Flow-Volume Curves.” Respiratory Care 52 (12): 1744–52.
[6] Bacharier, Leonard B., Brenda R. Phillips, Robert S. Zeiger, Stanley J. Szefler, Fernando D. Martinez, Robert F. Lemanske Jr, Christine A. Sorkness, et al. 2008. “Episodic Use of an Inhaled Corticosteroid or Leukotriene Receptor Antagonist in Preschool Children with Moderate-to-Severe Intermittent Wheezing.” The Journal of Allergy and Clinical Immunology 122 (6): 1127–35.e8.

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