見出し画像

【疾患×dBMs】閉塞性睡眠時無呼吸症候群(OSA)を血中酸素飽和度(SpO2)から作成されたデジタルバイオマーカーで評価する

はじめに

 閲覧ありがとうございます。データサイエンティストの杉尾です。主にデジタルバイオマーカーの開発プラットフォームである(SelfBase)の機能開発や、そこで収集されたデータの解析を担当しております。

 今回は、「Digital oximetry biomarkers for assessing respiratory function: standards of measurement, physiological interpretation, and clinical use[1]」を元に、呼吸機能を評価するデジタルバイオマーカーに関して、整理したいと思います。

 今回の論文は、ざっくりと説明すると、「パルスオキシメーターから計測された血中酸素濃度(SpO2)の時系列データを元に、オキシメトリーデジタルバイオマーカー(OBMs)を作成し、閉塞性睡眠時無呼吸症候群(OSA)に関係のあるOBMsを、無呼吸低呼吸指数(AHI)とそれらOBMsを統計解析することで発見する」という内容です。

血中酸素飽和度の有効性

 血中酸素飽和度(Saturation of Percutaneous Oxygen, SpO2)は、パルスオキシメーターを通して、非侵襲的に計測することができるデジタルバイオマーカー候補の一つです。その名前の通り、血液内の酸素量の割合のことを意味します。パルスオキシメーターは、診察中にSpO2を測定したり、集中治療室の患者を継続的にモニターしたり、睡眠ポリグラフ検査のために一晩使用できる計測器の一つで、皆様も風邪や高熱などで病院を訪れた際に、手の指を通して計測されたことがあるのではないでしょうか。

 また近年では、FitbitやApple Watchなどのウェアラブルデバイスでも計測することができるようになっており、注目度が上がっています。これまでは来院時や施設内でしか計測することができなかったのが、ウェアラブルデバイスを通して、24時間計測することができるようになったのは、技術革新のおかげと言えます(継続的計測ができないウエアラブルもある)。今後さらにその正確性や利便性は向上していくことでしょう。

 そして、このSpO2が低い状態というのは、組織中の酸素濃度が低く、最終的に臓器不全に陥る可能性があるという非常に重要な数値なのです。
 例えば、血中酸素飽和度の時系列データから作成したデジタルバイオマーカーを利用することで、患者の肺機能の診断と継続的なモニタリングをサポートし、予後を予測することが可能です。また、睡眠疾患に関しては、血中酸素飽和度の夜間低下が閉塞性睡眠時無呼吸症候群(OSA)と関連があるとされています。OSA以外にも、夜間の低酸素血症の反復は酸化ストレスを引き起こし、心血管疾患の病因に繋がる可能性があるなど、非常に多くの疾患との関連性が示唆される指標なのです。

実験に関して

 本研究では、OSA診断の文脈で、合計3806件の個々の睡眠ポリグラフ記録、合計26,686時間の連続的データを利用し、統計処理、及び統計解析を施すことで、各バイオマーカーが無呼吸低呼吸指数(Apnea-Hypopnea Index, AHI)にどれほど関係があるかを評価しています。

データセット

 利用したデータのSleep Heart Health Study(SHHS)は、アメリカ国立心肺血液研究所が実施した睡眠呼吸障害の心血管系およびその他の影響を調べるために計測されたものです。1995年11月1日から1998年1月31日の間に、40歳以上の6441人の男女が登録されています。また、データ計測にはNonin XPOD 3011パルスオキシメーター(Nonin, USA)を使用しています。
 OSAを評価するために、AHIを使用しています。AHIは、睡眠時間当たりのすべての無呼吸および低呼吸の平均値として計算される指標です。OSA重症度は、AHIを用いて、以下のように定義されています。

  • 軽度(5 ≤ AHI < 15)

  • 中等度(15 ≤ AHI < 30)

  • 重度(AHI ≥ 30)

統計解析

 上記のデータを元に、非OSA、軽度、中等度、重度のOSAの分類結果ごとで、SpO2のバイオマーカーの中央値および四分位範囲を計算しています。それらのバイオマーカーを、Kruskal–Wallis検定による多重比較検定を用いた統計的有意差の確認や多変量線形回帰モデルによる統計解析などを行い、AHIに対するバイオマーカーの寄与度などを評価しています。

一連の処理プロセス

 一連のプロセスは、図1です。
a:生データに対して「前処理」を行い、ノイズに起因すると考えられる非生理的な値を除去する。
b:定義したウィンドウに基づき、時系列処理を行う。
c:bを元にバイオマーカーを計算する。
d:統計解析を行い、関心のあるクラスのバイオマーカーの挙動を予備的に理解する。
e:機械学習モデルを用いて、回帰または分類を実施する。

図1. 解析フローチャート(簡易版)[1]

Oximetry Digital Biomarkers (OBMs)

 結果を考察していく前に、どのようなデジタルバイオマーカーが作成、利用されたのかに触れていきたいと思います。この論文では、合計44個のデジタルバイオマーカーを作成しているため、文量の都合から一部抜粋したものを取り上げます。

1. General Statistics(一般的な統計量)

  • SpO2の時系列データ分布を記述する時間ベースの統計量

これらは非常にシンプルで、平均値、中央値、最小値、標準偏差、範囲、パーセンタイル、Median以下、SpO2の中央値以下の信号の割合など、複雑な統計処理などは挟まず基本統計量として計算される指標をバイオマーカーとして用います。

2. Complexity(複雑性)

  • 非定常時系列における長距離相関の存在を定量化したもの

近似エントロピー(Approximate Entropy, ApEn)[2]
 規則性とは、信号データにおいて類似のパターンがどれだけ頻繁に観察されるかを定量化するものです。一方で、生理的時系列解析の文脈では、規則性の反対の指標、または予測不可能性の指標として、近似エントロピー(ApEn)と標本エントロピー(Sample EntropySampEn)が一般的に用いられています。なぜならば、OSAは規則的なパターンが少なく、非OSAのサンプルと比較すると、高いApEnとSampEnの値が現れることになります。例えば、ApEnは、信号の不規則性を捉えることを目的としており、値が高いほど不規則性が高いことを示します。このバイオマーカーは、ランダム性が高いとバイオマーカーの値が高くなるため、OSAの検出に非常に有効であるとされているようです。したがって、無呼吸や低呼吸は高いApEn値と関連しているという研究が多く存在しています。

中心傾向尺度(Central tendency measure, CTMρ)[3]
 
CTMρは、データのばらつきの程度を評価するための指標です。例えば、ある期間のSpO2データの変動性が高いほど(すなわち、脱飽和や無呼吸が多いほど)、CTMρは低くなるような指標です。具体的には、CTMρは半径ρの円形領域内の点の数を測定するため、ばらつきや分散が大きければ大きいほど、円内の点数は少なくなるので、CTMρは低くなる、といった仕組みになっています。

3. Periodicity(周期性)

  • SpO2の時系列における周期性を特定するために、連続した事象を定量化したもの

自己相関(Auto Correlation, AC)
 無呼吸状態が連続すると、SpO2の時系列に何らかの周期性が生じます。この周期性は、周波数解析、位相整流信号平均法(PRSA)、自己相関法などの手法によって定量化することができるようです。
 ACは、同じ変数の値間の相関の度合いを表した指標です。これは、元のSpO2の時系列データとそれをシフトしたデータとの相関によって計算することができます。

パワースペクトル解析/密度(Power spectral analysis, Power spectral density)
 これらはいわゆる周波数解析で、心拍変動データを対象とした場合も利用できる手法です。これにより、OSAでない患者とOSAのある患者のスペクトル信号の違いを周波数の振幅やピーク値、またはその回数や比率などで表現したデジタルバイオマーカーを作成することができます。

4. Desaturation measures(酸素飽和度の低下度)

  • 時系列全体に発生する酸素飽和度低下パターンの時間ベースの記述的尺度

血中酸素飽和度指数(Oxygen Desaturation Index, ODIx)[4, 5]
 
酸素飽和度の低下は、睡眠呼吸障害などの症状の結果として生じることがあり、その長さや深さなどによって特徴付けることができます。例えば、低呼吸と無呼吸による酸素飽和度低下の長さ、深さ、面積の分布における性差などが挙げられます。
 
ODIxは、1時間あたりの酸素飽和度の低下イベントの平均値に相当し、基準値からSpO2がx%低下したことと定義されます。ODIxは睡眠医学の分野で広く使われている指標であり、酸素飽和度の低下は無呼吸や低呼吸の特徴です。原理としては、気道が閉塞すると、肺への酸素含有空気の流入が減少し、気道の開通が回復するまで酸素化ヘモグロビンが低下します。その結果、一過性の低酸素症や脱飽和が起こるようです。

5. Hypoxic burden(低酸素負荷)

  • 記録期間中に心臓や他の臓器に課される低酸素血症の全体的な程度を定量化する時間ベースの尺度

酸素欠乏イベントの割合(The percentage of oxygen desaturation events, PODx)[6]
 PODxは、すべての酸素飽和度の低下イベントの総時間を、総記録時間で正規化したものです。この指標は、心不全と中枢性睡眠時無呼吸症候群の集団におけるSpO2測定の予後的重要性を研究するために用いられたこともあるようです。結果としては、非生存者は生存者と比較してPODxが高いことがわかりました。つまり、PODxが死亡率の独立した最良の予測因子であることが明らかになったという実績もあります。また、AHIの重症度が異なる160人の男性患者から収集したデータセットでバイオマーカーが計算され分析された結果、AHIとPODxの相関は高いことも示されています。

結果と考察

 上記のプロセスを経た解析結果は、SpO2の時系列データから設計されたOBMsが、呼吸障害を患う個人をOSAの強弱に基づいた群に振り分けることができる可能性が高いことが明らかにされています。
 具体的には、OSAの場合、AHIを推定する際には、CTMρという複雑性を表現したバイオマーカーが最も説明に寄与していることがわかりました。さらに、複数のバイオマーカーを組み合わせてAHIを推定することで、モデルが持つ説明力が向上することも明らかになっています。
 また最近の研究では、夜間低酸素血症は、AHIのような従来の夜間呼吸障害指標よりも、心血管疾患、がん発症、死亡率との相関が高いことが示されているため、夜間低酸素血症の代替指標は、重要な健康情報を提供する可能性があることが示唆されています。

 統計的に有意な結果が出た一方で、どのOBMs(またはその組み合わせ)が、代謝疾患や心血管疾患などの臨床エンドポイントを最も予測しやすいかは、依然として不明なようです。これらのバイオマーカーは、非常に複雑に絡み合っています。無呼吸や低呼吸の時間が長いと、脱飽和度が高くなり、その結果、低酸素ストレスが大きくなり、より深刻な心血管疾患につながる可能性が高くなります。それと同時に、脱飽和事象が長くなるとAHIが低下する、つまり時間当たりの事象数が少なくなる可能性があります。このように、OSAが発生した時間やその特徴と臨床的なエンドポイント(例えば、心血管系の合併症)との関係は、依然として理論的な説明は難しいようです。他の疾患に照らし合わせても同様のことが言えるでしょう。

 それらの課題を解決する手段の一つとして、機械学習アルゴリズムが挙げられます。回帰や分類のタスクのためにOBMsの複雑な組み合わせを学習できるモデルを設計する上で重要な役割を果たすでしょう。機械学習モデルは、与えられたデータのユニークなパターンを最もよく反映するOBMの組み合わせを明らかにする可能性があります。

最後に

 今回の論文は、「パルスオキシメーターから計測された血中酸素濃度(SpO2)の時系列データを元に、オキシメトリーデジタルバイオマーカー(OBMs)を作成し、閉塞性睡眠時無呼吸症候群(OSA)に関係のあるOBMsを、無呼吸低呼吸指数(AHI)とそれらOBMsを統計解析することで発見する」という内容でした。
 統計解析の結果、有効であるOBMsを見つけることはできた一方で、その有効性の順列やそれらの組み合わせによる効能など、詳細な結果までは見つけることができていない、見つけることが困難である、ということもわかりました。
 順列などに関しては、これまで他の記事でも触れてきたMOST」という実験フレームワークを用いて、真に有効なバイオマーカーを選定していくことは可能ですし、その事象の発生原因・構造を理論的に隈なく説明することは難しいとしても、組み合わせによる効果は機械学習モデルを用いると定量的に算出することができる可能性は高いと考えられます。

 また、パルスオキシメーターだけではなく、ウェアラブルデバイスでより簡単にSpO2を計測できることが可能になった今、それらのデータを用いて、このような臨床研究を低コストで進めることができるでしょう。

弊社に関して

 弊社では、臨床試験のデジタル化、バイオマーカーの開発に向けたデータ収集・分析基盤をご用意しております。少しでもご興味を持っていただいた方は、お気軽にご連絡ください。

参考文献

[1] Levy, Jeremy, Daniel Álvarez, Aviv A. Rosenberg, Alexandra Alexandrovich, Félix del Campo, and Joachim A. Behar. 2021. “Digital Oximetry Biomarkers for Assessing Respiratory Function: Standards of Measurement, Physiological Interpretation, and Clinical Use.” Npj Digital Medicine 4 (1): 1–14.
[2] Pincus, S. M. 1991. “Approximate Entropy as a Measure of System Complexity.” Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America 88 (6): 2297–2301.
[3] Cohen, M. E., D. L. Hudson, and P. C. Deedwania. 1996. “Applying Continuous Chaotic Modeling to Cardiac Signal Analysis.” IEEE Engineering in Medicine and Biology Magazine: The Quarterly Magazine of the Engineering in Medicine & Biology Society 15 (5): 97–102.
[4] Behar, Joachim A., Niclas Palmius, Sroussi Zacharie, Armand Chocron, Thomas Penzel, Lia Bittencourt, and Sergio Tufik. 2020. “Single-Channel Oximetry Monitor versus in-Lab Polysomnography Oximetry Analysis: Does It Make a Difference?” Physiological Measurement 41 (4): 044007.
[5] Jung, Da Woon, Su Hwan Hwang, Jae Geol Cho, Byung Hun Choi, Hyun Jae Baek, Yu Jin Lee, Do-Un Jeong, and Kwang Suk Park. 2018. “Real-Time Automatic Apneic Event Detection Using Nocturnal Pulse Oximetry.” IEEE Transactions on Bio-Medical Engineering 65 (3): 706–12.
[6] Kulkas, Antti, Pekka Tiihonen, Petro Julkunen, Esa Mervaala, and Juha Töyräs. 2013. “Novel Parameters Indicate Significant Differences in Severity of Obstructive Sleep Apnea with Patients Having Similar Apnea-Hypopnea Index.” Medical & Biological Engineering & Computing 51 (6): 697–708.

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?