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事例を通して理解するthe Multiphase Optimization Strategy (MOST) その①

はじめに

 閲覧ありがとうございます。データサイエンティストの杉尾です。主にデジタルバイオマーカーの開発プラットフォームである(SelfBase)の機能開発や、そこで収集されたデータの解析を担当しております。

 前回の記事では、MOSTの「準備」「最適化」「評価」のうち、「準備」段階は、以下のようなSTEPで進めるべきだという内容を書かせていただきました。今回は、(全てに該当する事例を用意することは難しいですが)具体的な事例とともに、以下の各STEPに対応した研究開発の内容の具体例と考え方の整理を行なっていきたいと思います。

準備段階のSTEP

STEP1:適切なデジタルヘルス技術の選択
→誰に何をするのか

STEP2:文脈的要因を考慮したデジタルヘルス技術の潜在的な影響の評価
→結果、どのようなことが見込めるのか

STEP3:デジタルヘルスによる介入の構成要素の選択
→介入内容の精査

STEP4:手頃な価格、スケーラビリティ、効率性を向上させるために、施策開発に制約を設ける
→実世界に投入するとなると、どのような制約が発生するか

STEP5:デジタルヘルスコンテンツの開発
→どのような形であればユーザーに届けることができるか

STEP6:介入の構成要素の用量の決定
→どの用量(程度・頻度など)であれば効果が見込めるか

STEP7:概念モデルの開発
→以上の内容をまとめ、モデルとして整理する

STEP8:フィージビリティスタディを実施する
→実験の設計

弊社の別記事[1]を参考

事例①:禁煙プログラム

背景

 タバコの喫煙は、多くの疾患を誘因する原因となります。もし、すべてのタバコ使用者に、タバコを使用しない可能性を高めるようなエビデンスに基づく治療を提供することができれば、罹患率と死亡率が大幅に減少するだけでなく、健康関連のコストを数百万ドル削減することができます。しかし、禁煙は有効であるにもかかわらず、実証された有効性と費用対効果という観点では、高い両面性を持った禁煙介入策の開発は比較的進んでいないとされています。そこで、MOSTを通して、有効性と費用対効果のどちらにも優れた禁煙介入プログラムの検討をしようという試みがありました。

概念モデルを構築することが準備段階のゴールである

☆STEP7で完成するが、それまでのSTEPでもこのゴールを意識しよう!

 明確にされた(理論立てされた)概念モデルが、「準備」段階の終着点であり、MOSTの出発点でもあります。この概念モデルは、理論、科学文献、臨床経験、探索的データ分析、またはその他の関連情報から導き出されるものであるため、入念な調査とその調査結果の構造化が重要なのです。その材料の多くは、STEP2以前の入念な調査によって収集され、STEP3以降で、それを精緻化していくようなイメージになります。
 例えば、今回のような禁煙プログラムの開発は、タバコの依存構造やそれに関連する既存研究などを読み漁るような作業が発生します。

介入要素の選定

☆STEP3で意識しよう!

 上記のプロセスで、材料となる理論や研究を収集すると、多くのことが見えてきます。その中で有用な情報は、これまでの実験・研究結果です。どのような仮説を持って、どのような介入を行い、どの程度の効果があったのか、なかったのか、それらを今回の取り組みにおける仮説と照らし合わせ、どのような介入を実施すると効果が見込めそうかを整理し、概念モデルの介入部分を構築していきます。
 例えば、「ニコチンパッチは、どの程度の依存度の人に有効だったのか」、「禁煙、禁断処分、喫煙に対する環境的制限、治療中の社会的支援、自律的動機づけ、禁煙の試みなどの問題に取り組むカウンセリングは、有効だったのか。またそのメッセージ性はどのようなものになっているのか」、「SNSや電話によるサポートはどのような効果をもたらしたか」など、この段階で、「介入」に関する情報を多く集め、精査し、今回の研究・開発に沿った最適な介入要素を選定します。

 ベストは、この次の段階で、介入要素の有効性のチェックを統計的な方法で実施することです。例えば、多くの介入要素の組み合わせを実験計画法に沿った方法でその効果を推定して、非常に多く挙げられるであろう介入要素の絞り込みを、効率的かつ効果的な手段で行うことができます。また、そのための水準・検定力を満たすために、サンプルサイズの推定などを行い、盤石な実験プロセスを行うなどすると完璧です。この手段は、より専門的な話になるので、別の機会にまとめたいと思います。

 このSTEPを完了すると、以下のようなことがわかっており、実験に関する基礎情報が出来上がるようなイメージです。以降は、実験や施策の提供に伴う制約を設定し、最終的な概念モデルとして図解できれば、「準備」段階の完了です。

  • 多くの文献などから、介入の候補がリストアップできている

  • それらの中から効果が見込めそうな介入要素を選定できている

    • 詳細な文献調査による選定ができている

    • 多くの候補やその組み合わせが発生する場合、統計的な手法による効果の見積りを行い、それに基づいた選定ができている(交互作用などの見積りなども)

  • 介入の期間など、実験に関わる情報も選定できている

事例②:糖尿病予防プログラム(DPP)

背景

 糖尿病の改善のためには、患者様の行動変容も大事な要素です。近年では、そのための介入に、モバイルヘルスサービスが使われるようになってきています。例えば、Small Steps for Big Changes(SSBC)と呼ばれる中長期的な行動変容プログラムに基づいたMOSTの有効性を議論したいと思います(以後、DPP-SSBCと略)。
 DPP-SSBCは、糖尿病発症リスクを軽減することを目的とした、エビデンスに基づく簡単な食事と運動のカウンセリングプログラムのようです。このDPP-SSBCは、(1)トレーニング (2)フォローアップ の2つのフェーズから構成されています。トレーニングフェーズでは、6回の1対1の食事と運動のカウンセリングセッションと、コーチによる3週間から4週間にわたる監督付き運動セッションが含まれます。フォローアップのフェーズでは、プログラム終了後数ヶ月間のチェックインと測定、また継続的なコーチングのサポートなしに、食事と運動行動に従事するために、プログラムで学んだ戦略を継続的に使用するよう求められるようになっています。

制約を設けるために重要なこと

☆STEP4で意識しよう!

制約を設けるためには、目標の具体化が重要である。

 モバイルヘルスサービスを活用することで、多くのことが実現できるかのように見えます。しかし、一度に多くのことをユーザーに請い、その結果を正しく分析することは困難です。なので、介入における最適な(最小の)目標をしっかり定めることが重要になります。
 このDPP-SSBCの事例においては、"broad"と"specific"でした。broadでは、例えば、最低価格で最高の成果を達成すること、またspecificにおいては、例えば、介入全体のコストをUS300未満に抑えながら、身体活動を1日最低15分改善すること、といった目標とその具体化ができていました。

 このように介入目標をしっかりと整理、言語化できた場合、提供するモバイルヘルスサービスやその開発に対して、制約を設けることが可能になります。
 例えば、今回のDPP-SSBCの事例のように、SMSテキストメッセージングの介入を開発するケースにおける制約の作り方を整理したいと思います。このケースの最適化の目的は、フォローアップの段階で身体活動のアドヒアランスを最も高めるSMSテキストメッセージング介入を特定することです。そのようなケースでは、以下のような要件・制約が整理されていました。

例)メッセージの制約事項

  • メッセージは自動化された一方向のメッセージとして送信できるように書き込めること
    → コーチの負担を軽減するため

  • 160文字未満であること
    → スマートフォンを持たない個人のための単一のSMSテキストメッセージに収まるようにするため

 これらの決定は、現在の研究プログラムで使用されている開発プロセスを、高度な意思決定アルゴリズムを使用してジャストインタイムに適応したSMSテキストメッセージング介入を提供するモバイルヘルスプラットフォームの作成や投資に必要なリソースをあらゆる人に適応できるようにするために、簡素な仕様に留まるように制約を設けている背景がありました。

例)テキストメッセージングプラットフォームの制約事項

  • プラットフォームは、開始日をロールするメッセージのスケジュールとキューイング、スケジュールされたメッセージ内のタイミング、コンテンツ、頻度を変化させることができること

  • 送信、拒否、配信不能メッセージの監査ログなどの分析を提供すること

  • メッセージの受信解除を要求する参加者のためのオプトアウトレポートを提供することができること

 メッセージ送信に必要な人時を減らし、今後の研究での信頼性評価を可能にするために、以上の制約を特定していました。

 私としては、今後の実用化を見越すこと、特定のモバイルヘルスサービスに過度なFittingをしない高い汎用性を持った介入を心がけること、を意識した制約に感じ取れました。

最後に

 多くの事例に関する論文を拝読し、MOSTの適用方法を調べてみましたが、わかりやすくその内容が精査されたものは知る限りではありませんでした。それというのも、MOSTは多変量に存在する介入要素を効率的に選定し、実験全体を効率的なものに仕上げるかの軽量なフレームワークであり柔軟性に長けるものの、「どの実験もこの具体的手段とプロセスを実行すれば最終出力までできますよ」というものではないからだと思いました。
 一方で、文献の調査に基づく情報収集は根性で解決できるものの、多くの介入要素をどのように選定し、最終的な介入コンポーネント(いわゆる介入の組み合わせ)に仕立てるべきか、を決める統計的な手法は、私たちが言及し、方法論化する余地があると感じました。またここまで、MOSTの「準備」段階にフォーカスしていますが、その最終ゴールである「概念モデル」に関して詳しく触れることができていません。さらに「最適化」「評価」段階に関しても、です。noteでは、内容量の多さから記事を分割せざるを得ないため、いずれ情報が揃えば、ホワイトペーパー的にまとめて情報を提供できればと思っております。引き続きよろしくお願い致します。

弊社に関して

 弊社では、臨床試験のデジタル化、バイオマーカーの開発に向けたデータ収集・分析基盤をご用意しております。社内で蓄積された数々のスタディやノウハウなど、少しでもご興味を持っていただいた方は、お気軽にご連絡ください。

参考文献

[1] Tech Doctor. the Multiphase Optimization STrategy(MOST)を活用した効率的なデジタルヘルスサービス開発のための準備. https://note.com/techdoctor/n/neff4d770e3c4#59e685e4-825a-4d28-815e-e17e2e5e38d1, 2023/05/12.
[2] Collins LM. The multiphase optimization strategy for engineering effective tobacco use interventions. Ann Behav Med. 2011.
[3] MacPherson M. Developing Mobile Health Interventions With Implementation in Mind: Application of the Multiphase Optimization Strategy (MOST) Preparation Phase to Diabetes Prevention Programming. JMIR Form Res. 2022.

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