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the Multiphase Optimization STrategy(MOST)を活用した効率的なデジタルヘルスサービス開発のための準備

 閲覧ありがとうございます。データサイエンティストの杉尾です。主にデジタルバイオマーカーの開発プラットフォームである(SelfBase)の機能開発や、そこで収集されたデータの解析を担当しております。
 今回は、デジタルバイオマーカーの開発とセットに考えられるデジタルヘルス領域における介入施策の検討方法に関して、「多段階最適化戦略(the Multiphase Optimization STrategy, MOST)」というフレームワークに沿って、その方法や観点を[1]を参照し、整理していきたいと思います。

最初に

 例えば糖尿病という負の状態を治療するデジタルヘルスサービスを開発するとします。そのためのプロセスとして、

  1. いくつかのデジタルバイオマーカー候補を設定

  2. データのモニタリング

  3. デジタルヘルス介入施策の実施

  4. 結果の評価

  5. デジタルバイオマーカーの設定とデジタルヘルス介入施策の決定

というプロセスが必要です。そのデジタルヘルスサービスが患者様に行う介入(デジタルヘルス介入)の開発をどう進めていけばよいのか、という方法論を体系化したものが 「多段階最適化戦略(the Multiphase Optimization STrategy, MOST)」です。

the Multiphase Optimization STrategy(MOST)とは

 「多段階最適化戦略(the Multiphase Optimization STrategy, MOST)」は、デジタルヘルス介入施策の開発を支援する枠組みとして、2016年にLinda M. Collins氏によって提唱されている実験フレームワークです。


 デジタルヘルス領域での施策介入を考える場合、それは参加者に提供される機能やアクションの組み合わせ(パッケージ)になります。例えば、

  • 食事記録をとってもらうこと

  • 食べた食品に関するフィードバックをしてもらうようプッシュ通知をすること

  • 食事計画を策定し、改良するために栄養士とビデオ会議をすること

  • 携帯電話アプリを介して体重減少のための介入を提供すること

などが1つになってデジタルヘルス介入施策として機能するイメージです。
 しかし、ランダム化比較試験(RCT)に代表される従来の試験デザインは、デジタルヘルス施策介入パッケージを利用した患者群が、利用していない対象群よりも有意に差があるかどうかの証拠を提供することはできますが、どのコンポーネント(パッケージ内の1要素、上記で言うと「食事記録をとってもらうこと」など)が結果に最も貢献したのかを見極めることができません。つまり、パッケージ全体としての効果はわかるかもしれないが、潜在的に不活性のコンポーネントが存在してしまい、不必要または有害なコンポーネントを持つ非効率なデジタルヘルス介入施策になる可能性があるということです。

 もし隔離的な実験の元、いろいろな条件や環境をコントロールすることができれば、適切な分析を施すことによって、コンポーネントの介入効果の特定まで到達することができるかもしれませんが、ことデジタルヘルス領域では難しいかもしれません。
(昨今の機械学習を用いた因果推論のアプローチならどうなのか、がちょっと気になるところです)

 その中でMOSTは、介入施策の開発と最適化が、RCTに先行して実施される構造化された3段階の工学的なフレームワークとして機能しています。それによりデジタルヘルス施策において、最適な用量で提供される活性コンポーネント(要因、要素の意)のみを含む、資源効率の高い施策を開発することができるとされてるようです。

準備段階で決めたい3つの目標

 MOSTの3つのフェーズは、準備、最適化、評価です。この記事では特に、準備段階に着目していきます。
 準備段階において以下の3つの目標を定めています。

1. 介入構成要素の選定
2. 最適化する目的の特定/決定
3. 概念モデルの作成

Created with reference to [2]

 つまり、準備段階では、質の高い研究を行う方法、介入に使用すべき技術を決定するためにどのような手順を踏むべきか、そして実施状況を考慮した上で、どのように体系的に介入を構成する要素の候補を特定し、それを元にした概念モデルを作成するのです。

 介入を構成する要素は、何かしらの機能のオンオフやその高低(強弱)の設定など、研究のために操作できるあらゆる機能と定義されています[2]。

・プログラム内容(例:行動変容技法[BCTs])
・忠実性構成要素(例:すべての司会者間で一貫したトーンと言語を確保するために、デジタルヘルスアプリ内のグループチャットの司会者に追加教育を提供)
・関与構成要素(例:服用を促すためのバッジと報酬の提供)
・提供構成要素(例:参加者との接触のタイミングと回数)

Created with reference to [2]

 また概念モデルとは、候補となる構成要素が、理論的に関心のある短期および長期のアウトカムにどのように影響すると予想されるかを構造化したものを指します。この段階での熟考がなければ、介入構成要素は「その時は良いアイデアに思えたから」という理由で選択され、介入の有用性が制限される可能性があります。

デジタルヘルスサービス開発の準備段階にすべき8つのSTEP

STEP1:適切なデジタルヘルス技術の選択

 研究者や試験設計者は、どのデジタルヘルス技術を使用または開発するかを決定する前に、ターゲットとなる集団の文脈的要因を考慮する必要があります[3]。例えば、研究者が現実世界の文脈でターゲット集団にアクセスできない介入を開発し、その有効性を証明するために研究参加者に技術を提供した場合、この介入は学問の領域においてのみ有効、など簡単な話だったりします。

STEP2:文脈的要因を考慮したデジタルヘルス技術の潜在的な影響の評価

 デジタルヘルス施策介入の開発にリソースを投入する前に、与えられた文脈の中で行動に影響を与える介入の可能性を検討/評価する必要があります[4]。このSTEPで実施することは多いです。故に時間をかけすぎてしまうことが落とし穴でもあります。方法は以下です[5]。

  1. 既存研究/データ/エビデンスの利用

  2. スピードと簡便性を優先した手法(プロトタイピングやイノベーションスプリントなど)による研究

  3. 文献レビューの実施やコンサルティング

  4. 対象エンドユーザーとの定性調査

 さらに、この段階で明確な終了期限・条件と評価の計画を事前に作成することで、意図したユーザーや対象コンテキストに合わない介入に資源を投入し続けることを避けることもできます[4]。

STEP3: デジタルヘルスによる介入の構成要素の選択

 介入の選択は、開発プロセスの初期に行い、それに内包される様々なコンポーネントを特定する必要があります。それらコンポーネントには、異なる用量(例:用量の差、コンポーネントのオン・オフ)がそれぞれ存在することが多いです。それらを早期に選択することにより、適切な用量を選択し、それらをどのように試験するかを検討するための開発準備作業に十分な時間を費やすことができます。

STEP4:手頃な価格、スケーラビリティ、効率性を向上させるために、施策開発に制約を設ける

 MOSTは、資源に関連した実施上の考慮事項(例えば、選択された技術の人員時間、費用、または複雑さに関する制約)を満たすように介入を開発し最適化することを推奨しています。一般的に、介入は、手頃な価格や設計通りに実施する能力を考慮せずに開発され、その結果、現実世界の状況では実用的でない有効な介入を確立するために、多額の研究資金と時間が費やされている傾向にあるようです[6]。
 一方で、MOSTは最初に実施上の制約を考慮することで、手頃な価格(例えば一定の予算制約内で開発・提供できる)、拡張性(例えば高い忠実度で実施できる)、効率(例えば積極的な介入要素のみを含む)についての関連する実施上の制約に対しての介入の有効性をバランスよく成立させることができるようです。

STEP5:デジタルヘルスコンテンツの開発

 デジタルヘルスコンテンツは、
(1)エンドユーザーを含む動的かつ反復的なプロセスを用いて、
(2)既存の研究エビデンスと理論に基づいて、
(3)実施の文脈(例えば、臨床ワークフロー)
を考慮して開発すべきであることが示唆されています[3, 7]。
 また、既に立証されている特定の理論的枠組みを統合することで、介入候補コンポーネントを体系的に特定・構造化し、作用のメカニズムに裏打ちされた理論ベースのデジタルヘルスコンテンツを開発することができます。

STEP6:介入の構成要素の用量の決定

 既存の文献のレビュー(in STEP2)のように、既にエビデンスが存在する場合、介入コンポーネントの用量を把握するために、それをさらに活用していくようにすべきと言われています。この段階で、担当者は将来の介入試験のための試験デザインについて考え始めるとよいとされています。

その方法の例を挙げると
・要因分析
・逐次多重課題ランダム化試験(SMART)
・マイクロランダム化試験

 例えば、要因分析を行う場合では、各要素の2つの用量(例えば、オンまたはオフ、高用量または低用量)に着目した試験デザインにフォーカスすると良いようです。


図1. 各要素の用量例 reference to [1]

STEP7:概念的なモデルの開発

 介入の構成要素を理論的な媒介因子や期待される結果に結びつける概念モデルを作成することで、介入パッケージを異なる文脈や設定に効果的に適応させることができます [8] 。自分のニーズに合う特定の理論を特定することは圧倒的に難しいため、既に立証された理論的枠組みを統合し、それらを元にした概念モデルの開発という方法は、担当者にとって真の構造に近づくための大きなヒントになります[9]。


図2. 概念モデルの例 reference to [1]

STEP8:フィージビリティスタディを実施する

 最適化段階の前に、Collinsら[2]は、各候補コンポーネントとコンポーネントの調整度合いが意図した通りに実行可能かどうかを確立するために、フィージビリティスタディを行うべきと示唆しています。
 フィージビリティスタディは、社会科学や公衆衛生の介入策を開発するための一般的なステップです。それを実施することで、参加者の募集、介入の受容性、および介入を意図したとおりに実施することの実現可能性に関する必要な情報が得られます。
 この情報は、十分な検出力を持つ最適化および有効性試験を実施する(または実施しない)決定を支援するために使用することができる非常に有用な情報です。さらに、介入そのものが意図したとおりに実施できない場合に、最適化試験の実施に資源が無駄にならないようにすることができます[10] 。間違えてはいけないのは、フィージビリティスタディの主な目的は、介入の実現可能性や受容性を把握し、大規模試験の前に介入に含める必要のある修正を特定することです。それ以外の目的を含めてしまうと開発工数が大きくなってしまうので注意です。また、フィージビリティスタディは十分な検出力を持つ試験ではないため、推測的統計検定の実施は必須ではないとされています[10] 。

最後に

 このMOSTで意識されている観点を意識して推進していくと、介入の全体的な効力を低下させる可能性がある不必要な、あるいは潜在的に有害な介入要素を含むことなく、費用効率が高く、効果的な介入パッケージを開発していくことが可能と考えられています。
 しかし、準備、最適化、評価の3段階からなるMOSTの「準備」段階しか触れることができていないため、もっと詳しくそのフレームワークを理解していく必要があります。内容のアップデートがあり次第、新しい記事または更新をさせていただきたいと思います。

弊社に関して

 弊社では、臨床試験のデジタル化、バイオマーカーの開発に向けたデータ収集・分析基盤をご用意しております。社内で蓄積された数々のスタディやノウハウなど、少しでもご興味を持っていただいた方は、お気軽にご連絡ください。

参考論文

[1] MacPherson M. Developing Mobile Health Interventions With Implementation in Mind: Application of the Multiphase Optimization Strategy (MOST) Preparation Phase to Diabetes Prevention Programming. JMIR Form Res. 2022.
[2] Collins LM. Optimization of behavioral, biobehavioral, and biomedical interventions: the multiphase optimization strategy (MOST). Cham, Switzerland: Springer; 2018.
[3] Yardley L, Morrison L, Bradbury K, Muller I. The person-based approach to intervention development: application to digital health-related behavior change interventions. J Med Internet Res 2015.
[4] Holden RJ, Valdez RS. The patient factor: theories and methods for patient ergonomics. Milton Park, UK: Routledge; 2021.
[5] Holden RJ. Agile Innovation to transform healthcare: innovating in complex adaptive systems is an everyday process, not a light bulb event. BMJ Innov 2021.
[6] Collins LM. One view of the next decade of research on behavioral and biobehavioral approaches to cancer prevention and control: intervention optimization. Transl Behav Med 2021.
[7] Byrne M. Gaps and priorities in advancing methods for health behaviour change research. Health Psychol Rev 2020.
[8] Boudreaux ED. Conceptual models of health behavior: research in the emergency care settings. Acad Emerg Med 2009.
[9] Marques MM, Guastaferro K. The development of effective and tailored digital behavior change interventions: an introduction to the multiphase optimization strategy (MOST). Eur Health Psychol 2022.
[10] El-Kotob R. Pilot and feasibility studies in exercise, physical activity, or rehabilitation research. Pilot Feasibility Stud 2018.

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