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創作エッセイ:制度の実用性

いつかの私

いつか本当にお姫様になれると思ってた
いつか本当に王子様が迎えに来てくれると思ってた
いつか本当に私を必要としてくれる人達が現れると思ってた
いつか本当に私だけに忠誠を誓う騎士が現れると思ってた

今となっては…

科学技術の進歩によって、こちらの世界にうまく適応できない人間は異世界へ転生することが出来るようになった。
ただし、異世界に転生した人がその後どう生きていくかは誰も分からない。
何故なら、転生後にこちらの世界へ戻ることは法で禁止されているから。
こちらの世界の人間は異世界での生活を知ることが不可能なのだ。
言わば片道切符。

それでも…

「異世界へ転生したい。」

引きこもりの私が異世界転生出来ない件について

「25歳実家住み。(引きこもり)」

私を主人公として紹介するなら、これで十分。これ以上でも以下でもない。
大学卒業までは毎日楽しく充実した生活を送っていた。そんな私がこんな人間になってしまったのは、たった1度の選択ミス…いや、一時の気の迷いのせい。欲深くて流されやすい上にプライドが高い私の悪い部分が、あの瞬間にフルで作用してしまった。

大学3年生の頃にお付き合いしていた彼が、「これからの人生を一緒に過ごしたいと思ってるから、一緒の会社で働きたい」と言ってきた。彼は大学の飲みサークルの先輩で、一二を争うモテ男だった。この時彼は既に社会人で、会ってる時間に仕事の話を聞こうとしても「休みの日ぐらい考えたくない」とすぐ不機嫌になるので、なるべく仕事の話は避けて会話していた。それなのに、この日は急にプロポーズまがいの言葉を掛けてくれ、聞いたことない会社の詳細や雇用条件をつらつらと述べた。付き合ってまだ半年ぐらいだったし、少し怪しさを感じて正直気乗りしなかった。でも…"彼には他にも女がいる" という噂を聞いて焦っていた当時の私は、この言葉を鵜吞みにして彼の会社へ就職してしまった。本当に好きで離れたくなかったのか、イケメンの年上社会人彼氏を手放したくなかっただけのか…今となっては後者だと簡単に分かるのに。
両親へは「サークルの先輩から誘われた会社で頑張る」としか説明しなかった。ちゃんとした面接や会社説明会が無かったことから酷く心配していたが、焦って正常な判断が出来ていなかった私は適当に誤魔化して家を出た。変な意地を張って判断が出来なくなってるなんて…例え家族でも知られたくなかった。

ここからは地獄へ急降下。

就職してすぐに彼とは連絡がつかなくなり、会社では怒号を浴びせられながら詐欺まがいの営業電話をかけ続けた。一度先輩へ退職の相談をしたら「代わりの奴を連れて来い。でなきゃ毎日引きずってでも出社させてやる。」と怒鳴られた。毎日毎日「お前のせいで上手くいかない」「お前のせいなんだからサービス残業していけ」…1年目の冬には過労で倒れ入院した。
病院へ駆けつけた家族からは弁護士をつけてでも早く会社を辞めるよう説得された。それでも私の頭にあったのは「恥ずかしくてそんなこと出来ない」という気持ちだった。
職場復帰して最初に掛けられた言葉は「お前は人に迷惑を掛けることしか出来ないんだな」。本当にその通りだと思った。特段具体例が浮かんだわけではないけれど、それでも「自分という存在自体が恥ずかしい」と思えた。たぶん、なけなしのプライドが崩れ落ちてしまったんだと思う。嫌味を言われたその足で実家へ帰宅し、それからずっと引きこもっている。「こんな恥ずかしい自分なんて誰にも見せてはいけない」と思ったから。

引きこもり生活を始めていくつか季節が過ぎた頃、ドア越しに母から「異世界転生」の話をされた。嗚咽混じりで所々聞こえなかったが、この話を持ちかけるのは苦渋の決断だったということは強く伝わった。

「転生後に幸せになれるかは誰にも分からないの。もちろん私たちはそのままここにいてくれても良いと思ってる!でも…もし真奈美がこの世界で生きることを苦しいと感じてるなら…」

そう言ってドアの隙間からパンフレットを入れていった。何やら難しいことが色々書いてあったけれど、要約すると

異世界では稀にこちらの世界の人間が必要になる場面があり、その際は異世界側の人間が勝手に召喚拉致していた。この問題がこちらの世界で明るみに出たため、当時の外務大臣が新しい外交として異世界と公約を結ぶこととした。その内容が "こちらの世界に適応できない人間を不定期で異世界へ送るので、勝手な誘拐はやめてください" というもの。もちろん締結当時は "非人道的行為だ" と揶揄されることもあったが、転生を希望する人が常に一定数存在していることも事実だということが理解され、今ではすべての人が幸せに生きるためのサービスとして提供されることとなった。

「イカれた公約だよ。」
そう呟いた私の顔は期待に満ち溢れていた。もちろんこの制度のことは知っていたけれど、「この世界で楽しく生きている私には無関係だ」と高を括っていたので深く知ろうと思ったことは無かった。そして、いつの間にか忘れてしまっていた。

今の私を昔の私が見たらどう思うだろう。
姫になれず、王子だと思っていた人には騙された挙句逃げられ、周囲の人間へは迷惑を掛けることしか出来ず、無条件に愛してくれる家族を泣かせている。

「転生しよう。転生して、もう一度人生をやり直すんだ。」

すぐにパンフレットに記載されているQRコードをスマホで読み込み、転生方法を調べてみた。
1)転生先で提出するための「スキルシート」を記入してください。
※「スキルシート」は別ページからダウンロードし、印刷してご記入ください。
2)自治体ごとに定められた転生施設へ出向き、戸籍謄本・保険証・運転免許証・同意書を提出してください。
※保険証・運転免許証はあれば持参してください。
3)転生施設の職員の指示通りに準備し、大切な人へ向けた手紙を書きます。
4)異世界へ転生することへの最終確認がとれ次第、転生装置へ移動し執行されます。
※転生後、転生者の戸籍は抹消されるため、公的機関ではこの世に存在しない者として扱われます。

ひとまず「スキルシート」を印刷…
部屋じゃ無理だ。どこかのタイミングでリビングへ行かないとコピー機が使えない。みんなが出払うタイミングは平日の日中。耳を澄まして誰もいないことを確認してから忍びのように印刷しなければ…
「いったん保留にしよう…えーっと、次は…」
この地域の転生施設は…県外!?不可能でしかない。どうやって人の目を盗んで県外まで出るんだ。まあ夜中にタクシーで移動ならいけるか…?ただ運転手にも見られたくない…徒歩は無理だろうからロードバイクとかどうだろう。いや待て。その前に戸籍謄本を取得しなければ。

無理だ。今の私には1)の段階でミッションインポッシブルが始まってしまう。出来て「スキルシート」を埋めるぐらい。仮に家族へ戸籍謄本の取得をお願いしたって、それを持って転生施設へ行くことすらままならない。

これは誰を対象にした制度なのだろうか。「この世界に適応出来ない人」は、見えない文字で条件が定義されているのではないだろうか。

異世界に転生するには、この世界にある程度適応しなければならないのではないか。適応することが出来るなら、この制度は必要無いのではないか。そうなると、パンフレットに書かれている「転生を希望する人」とはどんな人たちなのだろうか。

え…?

「この制度…いる?」

引きこもりの私が異世界転生出来ない件について:後日譚

異世界に転生するよりこの世界で生きる方が楽だと感じてから、誰の目にも触れない生活を実現させる方法を考えるようになった。

引きこもり続けてはいるが、貯金でPCを買い一人で完結する仕事を片っ端から探した。その仕事の傍らで、「異世界転生制度」の見直し運動に参加している。参加とは言っても現地に参加することは出来ないので、「どのような修正が必要なのか」「本当に必要としている人が求めているのはどのようなサービスなのか」などをリサーチして団体に提出している。提出している意見の中には、もちろん私自身の意見も入っている。

今後この制度が改正され、私自身がまだ転生を望んでいればすぐにでも異世界に転生しようと思う。いつになるかは分からないが。


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