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それなら僕は子供で居たい

2021/01/11

成人の日。
2年前の成人の日。成人式に出た。
誕生日はとっくに過ぎていた自分は、何なら21になろうとしていて、正直、成人式というものを”みんな集まるヤツ”程度にしか捉えていなかった。ただ普段全く会わない懐かしい友達に会えて、ただちょっと話して、結局は帰省するとき毎回会う友達とほとんど一緒にいる展開。

何かその式典を境に「大人」になった感覚など微塵もなくて。大学生の自分は、色々事情はあるけれど、卒業を控えた今の方が、「大人」というものを考えさせられ、その局面と対峙している。多くの大学生からすれば22歳の方が”節目感”がある気もする。

それぞれの違い

子供と大人の違いや、大学生と大人の違い、大人と社会人の違いがよくわかっていない。単純に「年齢」だの、「自覚」「覚悟」「経済的自立」だの、考えれば多々条件は出てくるのだろうけど、いまいちピンと来ていない。

年齢で縛ることはできない。互いに何歳になったって、あの頃の先生は僕にとって一生先生のままだし、両親と僕は10年20年先も親と子のままだ。健康でいる以上、急にある日を境に、僕が父にお父さんと呼ばれることもなければ、母にお母さんと呼ばれることもない。

じゃあ何でその違いを測るのかと言われると、「心」なんて抽象的な言葉しか出てこない。

今、自分の目で見る大人ってなーんだ。
遊びを時間の無駄だと、変化を嫌いだと、野望をもったらそれは無理だと、そう思うようになったら大人。今のところ、そう感じる。

なんだか悲しいね。なんなんでしょうね。

それなら僕は一生子供で居たいです。

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