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【小説】ゆれるかご・4

商社に勤める中村亜希子は、恋人の田畑聡とその娘小梅と、シェアハウスに暮らす同居人のような気負わない暮らしをしていた。
 ある日、亜希子は会社の人事部から突然呼び出されあらぬ疑いをかけられる。

*全5話です。毎週火曜日の夜に更新予定*

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「なんか、ごめんねー?」

 喫茶店で田畑聡は一人の女性と面会していた。
 革のジャケットに膝上丈のスカート、ロングブーツを履き首元にブランドもののスカーフをあしらっている。
 ウェーブがかった栗色の髪の毛は胸元のあたりまであり、後ろ姿だけ見ると一見若い女性のようだが、浮いた頬骨と鎖骨が妙に目立ち、年のころは50代だろうと感じさせる。

 聡はにこりともせず、その女性を見つめていた。女性は指先だけ手を合わせ首をすくめ詫びというにはほど遠いジェスチャーをした。

 ひとつ息をはき聡はこう言った。

「用件はこれだよね?」

 そのまま茶封筒を差し出した。

「ちょっと……。久しぶりなのにそんな単刀直入に」

 このセリフに聡は微動だにせず瞳だけ鋭く動かした。

「じゃあどうして欲しいの?何が要求?」

 聡の威圧感に耐えられなくなったのか、女性はバッグから煙草を取り出し火をつけた。その後、まるで怒られた子供が言い訳するようにこう返した。

「よ、要求って……。そんな言い方ないでしょ。ちょっと助けて欲しいだけなのに……」

 私に頼る相手はあなたしかいなくって……。

 数年前の台詞がフラッシュバックした。茶封筒を叩きつけるように渡すと、聡は伝票を持ち立ち上がった。

「次、おかしなとこから連絡あったら警察に電話する」
「け、警察? 何したっていうのよ! なんか危害でも加えたわけじゃあるまいし」

 心底驚いた、そういった表情を浮かべる女性に対し、聡は表情も変えずにレジへ向かった。

「……未遂だろ」

 独り言のように呟くと聡は振り返りもせず会計を済ませ店を出た。
 
 繁華街の一角にあるビジネスホテルへ入ると、宿泊者用のルームキーでエレベーターを稼働させ乗りこんだ。

 携帯が不調になって2日経った。そのうち直るのではという考えは早々に捨てたが、修理に行くのも買い直すのも面倒だった。
 連絡を取りたい人もほとんど居ない。ただ一人、亜希子にまともに連絡がとれていないことが気がかりだった。

 部屋につくと、ルームキーをあてる前に念の為ドアベルを鳴らした。最近すっかり年頃になったので、万が一着替え中などに開けようものならグーで殴られる。

「おかえり!」
「小梅、家に帰ろうか?」
「えっ?」
「ごめんね。もう危ない人はこないから。多分」
「ねぇ!亜希子さんからなんか連絡あった?」

 小梅の質問に、聡は視線を外した。

「え? まさかと思うけど、連絡してないとかないよね?」
「え、いや、したよ? 公衆電話から1回だけ……」

 小梅は時間が止まったかのように硬直した。聡は小梅の顔を覗き込んだ。

「公衆電話って知ってる?」
「知ってるわ!! それより、携帯はどした!」

 グーでは殴られなかったが、きつい叱責を受けた。
 不通となったスマートフォンを携帯ショップで修理に出し、代替機種を受け取ると起動させた。

「だめだ、よく考えたら番号わからない。やっぱ家に帰ろう」
「公衆電話からかけたときはどーしたのよ……」
「家から持ってきたメモみてかけた。財布にいれてたんだけど……」

 気づいたら無くなってた。多分さっき喫茶店のレシート捨てたときに一緒に捨てた。
 と、続けたかったが小梅の呆れた空気を横で感じ聡は押し黙った。

 家に帰ると亜希子はいなかった。昨日、小梅をビジネスホテルに残して一度戻ったときも居なかったが、仕事に行っているものと思っていた。
 今日は土曜日の夜だ。
 出掛けているかもしれないと思ったが、小梅に「そんなわけない!すぐに電話しろ」と叱られた。

「つながらない……」

 どうしたのだろう…と束の間思った。が、長年の間に身についたいた〝特技〟が作動し、聡は深く考えることを止めた。

 疲れた……。家を空けたのはたかだが2日程度だが、長旅から帰ったかのように体が重く、聡はソファに身を預けた。
 そんな様子を小梅はリビングから見つめそれ以上の言葉をかけなかった。

 12月上旬に見知らぬ男からの着信があった。

『田畑良子に貸し付けた金10万円について、期日を過ぎても支払ってもらっていない。連帯保証人として利息も含め支払ってもらいたい』

 時折このようなことがあったので、『自分は連帯保証人になった覚えはない』と告げ、聡は取り合わないでいた。

 ところが一昨日の朝、『貸した金を返さないと、家族がどうなっても知らない。至急下記まで連絡を』とメールが届いた。
 これまでの電話ではなく、なにかのサイトを媒介したなりすましメールのようで、ご丁寧にその先に進むためのリンクがついていた。
 ここで踏むほどバカじゃない。聡はそれを開けずに放置した。

 ところが10時の小休憩に喫煙所で一服していると、ほとんど振動しない携帯が鳴った。
 相手は小梅の通う中学の学年主任を務める先生だった。

「小梅さんが登校中に見知らぬ男から声をかけられ怖い思いをしたそうで、現在保健室にて休んでおります。
 学校としては不審者情報を上げ管轄の警察とも警戒にあたりますが、なにか危害を加えられたわけではなく、本人もそれ以上の情報を口にしません。
 田畑さんお仕事中と思いますが、学校まで来ていただけませんか?」

 少しだけ緊迫した口調にさすがに聡は焦りを覚えた。〝母〟良子を取り巻く連中は「良子に金を渡せばおとなしくなるはずだ」そう思いつつもここまで具体的に手荒な行動を取られたのは初めてで聡自身多少混乱した。

 仕事を早退して慌てて中学へ駆けつけた頃には、小梅はすっかり平常心を取り戻しているようだったが、先生の勧めもありそのまま帰宅させることにした。

 不審者について小梅は、
「わかんない。危ない人。連れ去られそうになったから逃げた」
 としか言わない。
 どんな人?といっても「怖くておぼえてない」という。

 警察への通報をするか否か……。警察へ連絡すれば間違いなく母の件を告げることになるだろう……。

 聡は渋々不審なメールのリンク先を踏んでみた。
 リンク先にてっきり金の振込先でも出るのかと思ってたが、白っぽい何も記載されていない画面が開いた。

 聡は悩んだ。母に会う前に警察に届けるのは気が進まない。
 二人で昼食をとりしばらく自宅にいたが、ひとまず状況が分かるまで小梅は自宅からは避難させようと考え、小梅に簡単に荷物をまとめさせると家を出た。

 電車に乗ってから、「とりあえず、ビジネスホテルでいいか…」そう思いスマートフォンの画面を開いたが、先ほどの白い画面のままどのボタンを押そうがスマホは起動をしない。

 なんなんだ? ウイルス?
 一体、何が目的だ??
 聡は腹がたつを通り越して笑いそうになった。口の端だけ上がった福笑いのような自分の顔が向かいの車窓に映った。

 スマホで検索という当たり前の手段を奪われた二人はビジネスホテルを片っ端から空いてないか確認して歩くことになった。
 何もない平日なのできっと空いているだろうという読みが外れたのだ。

 移動中「何で検索しないの?」と小梅につっこまっるかとヒヤヒヤしていたが、予想に反して小梅は「亜希子さんは?」としきりに心配した。
 亜希子にも連絡はしたいが、それだってスマホが不能となったらどうにも出来ない。

「大丈夫だよ、あっこちゃんは」

 実際大丈夫な気もした。わりとどんなことも笑って受け入れてくれるのが亜希子だった。

 ともかく小梅を安全な場所に移動させないと動きづらい。まずはそれだ。
 なんとか空室のあるビジネスホテルを見つけた頃、夜の20時を回っていた。小梅はさすがに疲れたのか眠いと言って横になった。

 明日の仕事……さすがにいけないか?
 工場長に電話をしようとして、聡は携帯が壊れたことを再び思い出した。
 無言で携帯を投げつけて聡も横になった。携帯はベッドでバウンドして床に落ちた。

 スマートフォンが不通となると何もできない。連絡を取りたい相手の連絡先さえ分からない。イライラと不安感が綯い交ぜになったような感情を収めたくて、聡は目を閉じた。

 亜希子が心配しているはずだ……。
 母の件、どうにかしないと……。


 そのうち、夢かうつつか、小梅が生まれたときの光景が聡の脳内に広がる。母、良子の腕の中で抱かれている赤ん坊。周囲に散乱した赤いものが血に染まったタオルだと気づくのに時間がかかった。

 あのときも母は「ちょっと助けてほしい」と電話してきた。

 その後救急車を呼び良子と赤ん坊は病院へ行ったが、聡はその後のことをほとんど覚えていない。記憶に残るのは混沌とした状況のなかで、微笑をたたえて赤ん坊を見つめる母の表情だった。

 眠ったとはいえない浅い眠りのまま一夜が明けた翌日、小梅をビジネスホテルに残して聡は自宅へ戻った。

 いくつの連絡先を控えて再び家を出ると、まずは公衆電話から母に連絡をした。
 こんな煩わしいことは早く終わらせたい。とにかく早く。
 ただその一心で、母に翌日の待ち合わせ場所を指定すると電話を切った。



 ガチャ……玄関の施錠が外れる音がした。

「亜希子さん!どこいってたの??」

 小梅が駆け寄って話しかけている声が聞こえる。
 聡は重い体をソファから起こした。ほぼ同じタイミングで亜希子がリビングに入ってきた。

「……ただいま」
「……おかえり」

 聡は一瞬、眼前にいる女性が亜希子ではないような気がした。表情がなく、自分を見つめているようで、違う場所を見つめているようだ。

「ごめん」

 思わず謝ってしまった。しかし、これは1番やってはいけないことだった。小梅にいつも指摘される。

「大丈夫だった?」

 身を案じる言葉にかえてみた。亜希子はピンときていないようだ。しばらくするとふっと笑い
「それはこっちの台詞。二人ともどこいってたの?連絡もつかないし」
 と言った。

 それもそうか……。そう思ったが亜希子にこれまでの経緯を説明しようにもどこから説明すればいいか分からない。

「携帯壊れちゃって……」

 そこから先の言葉を聡は紡げなかった。胃の腑のあたりをぐわっと鷲掴みされたような感覚。腹の中の己が真実を話すことを禁じている。

 亜希子には母のことはほとんど話していない。心配させたくないというのもあるが、聡自身どう話せばいいか分からない。

「お風呂入ってくる。ふたり、ご飯は?」

 亜希子の何事もなかったかのようなセリフに空気は日常を取り戻した。

 小梅の発案で夕飯はデリバリーピザにした。夕飯後は各々好きなことをして過ごす。小梅は木金学校を休んでしまったので勉強するといって自室にこもった。

 他愛もないバラエティを観ていると、呟くように亜希子が言った。

「聡たち、どこに行ってたの?」

 バラエティを観ながら答えた。

「ビジネスホテル……。変な人がいるから一旦逃げたんだ。あっこちゃんも誘おうとしたんだけどスマホが……」
「誘うって」亜希子は思わず笑った。「まるで旅行みたいだね」

「実際旅行みたいなもんだったかもしれない。でもどっと疲れる旅行だったな……」
「私も旅行してたの。それでね」

 亜希子は一息ついた。その後テレビの画面を見つめながらこう言った。

「小梅ちゃん、妹だったんだね」

 同じくテレビ画面を見ていた聡は、数秒そのまま身体を動かせなかったが、ようやく首だけ動かし亜希子の顔を見た。

「聡と小梅ちゃんが突然家から居なくなって、心配で実家に戻ったの。何でもいいから手がかりが欲しくて」

 そこまで言うと亜希子は俯いた。その後「今日、荻野先生に会った」と言った。

「あなたのことを私は何もわかっていない気がした。地元は避けてる。それは知ってた。理由は分からなかったけど……」

「別に避けてたわけじゃない。実際あっこちゃんの家には行ったじゃん」

「でもあのとき、小梅ちゃんは連れて行かなかったよね」

 バラエティに出演している女性タレントの発言に、お笑い芸人が声をはってツッコミをいれる。『ワハハ』みたいな笑い声の効果音が重ねられる。そういった一連のありがちな演出が、やけに騒がしく室内に響き渡った。

「小梅は小梅だし、あっこちゃんのお父さんとお母さんに挨拶するときには関係ないでしょ?」

 聡は小梅の部屋をちらっと見た。まだ起きているはずだ。亜希子もそのことに気づいたらしく小さく「ごめん」と言った。

 聡とて亜希子が知りたいのはそこではないことは分かっていた。だが、どう説明すればいいのか分からない。
 ハエがぶんぶんと頭の中を飛んでいるような騒がしさを感じる。
 過去のことと二人の関係は切り離したかった。

 子供のころ、突然父は家を出て行った。あのときと同じだ。ハエがぶんぶん飛んでいる。好奇の目、同情の目、詮索そういったハエたちが次から次とたかってきて煩かった。

「ごめんね」

 亜希子がもう一度謝った。そして手に持っていたグラスを下げにキッチンへ行った。

 同じだ。
 父は「ごめんな」と言って家をでた。
 元妻も最後「ごめんね」といって居なくなった。
 「ごめん」と謝る人たちは、よく知っている。

 だが、小梅は「ごめん」というと怒る。   

 小梅はいつかこう言った。

 だって、「ごめん」って言ったらさ、都合よく「おしまい」に出来るでしょ。
 自分のなにが悪かったのかとか考えるのがめんどくさい時とかさ。
 あと相手とぶつかりたくない人も「ごめん」で「おしまい」にするよね。
 つまりさ、相手をナメてるんだよ。ちゃんと向き合う気がない。
 だから嫌い、「ごめん」って言葉。

 ああ、そうかそういうことか。
 あっこちゃんも「おしまい」にしたいんだな。

 キッチンから亜希子は戻ってきた。神妙な顔をして聡を見ている。

「怒るかもしれないけど」

 亜希子はそう前置きした。また「ごめん」と言われる話かと聡は反射的に思った。
 〝特技〟を作動しようかと思った瞬間、亜希子は聡の思いもよらないことを言った。

「たかくらけんじ って人、知ってる?」

 たかくら……。耳の中に入った音が高倉と認識されると聡はガツンと殴られた気がした。
 高倉は同じ〝た行〟だ。
 そうだ、彼女は、た行でなければきっと話すことのなかった女子だ。
 俺と話さなければ、きっと〝巻き込まれる〟こともなかった。苦々しい思いが聡の胸のうちに広がった。

 質問に答えようとしない聡をみつめながら亜希子は続けた。

「高倉賢治さんはうちの会社の執行役員なの。月曜日に会うことになった」

 聡は顔を上げて亜希子をまじまじと見た。

「……その人が何者なのか、あっこちゃん知ってるの?」

 二人の間に深い溝があるようだ。亜希子が何をしたいのかさっぱり分からない。
 地元で先生に会って何かを聞きつけてきたのだろう。
 小梅のことはいつかは知ることになるだろうと思っていた。けれど、少なくとも自分の口から話すのだろうと思っていた。

 だが一方で、いつ話すつもりだったのか、と問われると答えに窮する。一生このままでいるつもりだったかもしれない。

 聡にとって、亜希子にすべて伝えることはイコール二人の関係の終焉に思えた。
 これまでの居心地のよい日々ではなく、ぶんぶんと飛び交うハエの中に連れ込まねばならない。

「知ってるよ。うちの会社の執行役員で、私を北関東営業所に異動させようとしてる人。そして聡の前の奥さんのお父さん」
「北関東?」

 聡は高倉がまた日本に戻ってきていることにも驚いたが、亜希子と同じ会社だった事に驚きを隠せなかった。
 そういえば確かに、商社の重役とか言っていたかもしれない……。

 亜希子は聡が家から離れた日に会社で起きたいきさつを説明した。写真のくだりの翌日、再び人事部長に呼ばれ急に北関東営業所へ異動するよう告げられたこと。

 亜希子は自分の身に起きたことを淡々と話していたが、どこか現実離れした話にも思えた。
 亜希子が言うには、突然の異動命令は誰かの作為を感じる。写真も一切身に覚えがない。聡の過去にズカズカ踏み入るつもりはなかったが、聡と小梅が〝失踪〟したことによって、たまたま元妻の父に行き当たったら、会社の執行役員だった、だから理由を尋ねに会いにいくのだ、と。

「……会うってそんな簡単に会えるの?」

 無意味だ。そんな質問をしたとこで、時間稼ぎにもならない。亜希子の性格ならどんな手を使っても会いにいくだろう。
 心臓から流れる血が脳のあたりで渋滞している。頭の中がぼんやりと重たくなってきた。

「もう、時間をくださいって連絡したの。会社のメールアドレスに。返事が来た」

 亜希子の言葉の後、二人とも沈黙した。時間にしたら1分もないかもしれないが、とてつもなく長い時間二人はそうしているような心地になった。
 沈黙を破ったのは亜希子だった。

「話しても無駄かもしれないけど、このまま納得も出来ない。北関東営業所は水戸なの。実家から通ったほうが近い。でも私は実家に帰るつもりはないの。
 聡、私はあなたと離れたくない。小梅ちゃんとも。だから、誰かの作為ならなんの目的なのか理由を知りたいとも思った」

 聡の返事を待たず亜希子は続けた。

「聡、貴方は何を抱えているの?」

 聡は俯いた。なんと答えればいいか分からない。

「あっこちゃん……。今はうまく説明できない……」

 決して適当に考えているわけではない。けれど……。亜希子の顔が見られなかった。
 ああ、頭の中が煩い。俺の頭の中はいつだってこうだ。

 ほんの少し開けた窓の隙間から風が入り、レースのカーテンが揺れた。

 聡は思い出した。産後間もないころ、部屋に残された小梅を。
 母は子供など育てられない人だ。自分のこともしばしば置いていなくなった。怒っているわけでも、落ち込んでいるわけでもなく、ふわふわとしたまま居なくなる。

 だから生まれた小梅をみつめる微笑みをたたえた表情、そのままで彼女はいなくなったのだろうと容易に想像がついた。
 レースのカーテンが揺れる部屋の中で、小梅はゆりかごの中で眠っていた。

 このままでは、この子も俺と同じだ。
 だったら……。

 そして勝手に連れて帰った。妻の意見などなにも聞かなかった。だが、妻は何も言わず次の日から乳児を育てるのに必要なものを揃え始めた。幼い小梅を二人で見よう見真似で育てた。

 母は自分のもとから小梅が居なくなっても何も言わなかった。まるで赤ん坊など居なかったかのようだ。

 時折保健師みたいな人から連絡があり家にも訪ねてきたが、母が病気で成人している自分が代わりに養育してると伝えたら行政の支援制度などのパンフレットを置いて帰っていった。

 小梅が簡単な言葉を喋るようになり、傍目にはありふれた3人家族のようになっていった。
 公園などで他の親御さんから「パパ」と呼ばれるのにも慣れていった。その日々は続くように思えた。

 妻の父、高倉さんが帰国するまでは。


つづく

5話(最終話)はこちら

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