【スペイン語エトセトラ】コーヒー頼めば十人十色

Hay tantos cafés como personas.
(人の数ほどコーヒーがある)

と聞いて、何の話を想像するだろうか。日本の古き良き喫茶店では、メニューに豆の種類や産地、時には浅煎り深入りの別などが書かれていて、選んだ豆をマスターがドリップで淹れてくれる、というところも多いので、冒頭の文も豆の種類や焙煎のこだわりを述べたものだと思われるかもしれない。が、先日、私がスペインのラジオ番組でふと耳にしたこの表現、スペインのバルやレストランでのコーヒーの「頼み方」が、いかに人それぞれ違うかを表したものだ。

スペインでは、近隣のイタリアやフランスと同じく、コーヒーはドリップではなくエスプレッソで淹れる場合が多く、エスプレッソにたっぷりの牛乳を注いだスペイン版カフェオレ、

café con leche(カフェコンレチェ)

は定番だ。日本でもしばらく前に「スペイン風バル」が流行り、おつまみプレートを片手に赤ワインやビールなどが気軽に楽しめる「飲み屋文化」としてイメージが定着した感があるが、彼の地のバルは朝から開いているところも多く、コーヒーとクロワッサンで朝食を済ませる人もいれば、出勤後、早々に同僚とバルでコーヒー片手にひと息つく人もいる。どのバルにも、カウンターの奥にどっしりとエスプレッソマシーンが構えており、コーヒーを頼むと、まず豆をひく機械音が響き、それから圧をかける音がしてコーヒーが運ばれてくる。

私もご多分に漏れず、スペイン留学中にはバルでカフェコンレチェを頼むのが定番になっており、留学も半年を過ぎるころには

Un café con leche, por favor.
(カフェオレをお願いします)

という模範解答そのものの文を、なんとか噛まずに言えるようになっていたのだが、しかし、スペインのコーヒーと言われて思い出すのは、何といっても「アイスミルクコーヒー」との鮮烈な出会いだ。

あれは日差しも春らしくなった頃、気温がぐっと上がる日中には冷たい飲み物もほしくなるような気候のある日だった。そのころ、私は同じ寮に住んでいたスペイン人の女の子グループと仲良くなり、食堂で昼食を一緒にとった後、寮から目と鼻の先にあるバルで食後のコーヒーを飲むのが日課になっていた。その日も、バルに到着した私は、あなた先に頼んで、という友人に促されてcafé con lecheを頼んだのだが、いつもは「私も」「じゃあ、私も」「じゃあ、カフェオレ全部で4つね」と続くはずが、その日、隣にいた理学療法士を目指す友人はおもむろに

Yo, con leche con hielo.
(私は、牛乳と氷入りで)

と注文したのだ。私が頼んだcafé con lecheは文字通り「牛乳入りのコーヒー」。コーヒーを頼んでいることが明白なときは、友人のようにcaféそのものを省略して”con leche”というだけで通じるのだが、この日は彼女、これにさらに”hielo”(氷)をつなげてきたのだ。con leche(牛乳入り)で、さらにcon hielo(氷入り)ということは、友人が注文したのはすなわちアイスミルクコーヒー。それまでどの店でもカフェコンレチェを念仏のように唱えてきた私は、まずスペインのバルでアイスコーヒーが頼めるという事実を初めて知って衝撃を受けた(だってそんな頼み方、メニューに書かれていないのだ)。

だが、驚きはここで終わらない。しばらくしてアイスコーヒーを頼んだはずの友人の前に運ばれてきたのは、いつもと同じ、大きなコーヒーカップにはいった普通のカフェオレだったのだ。「あれ、私の聞き間違い?」と思っていると、一度カウンター内に戻った店員が、今度はコーラでも入れるような細長いガラスのコップに氷を入れ、ご丁寧にソーサーに乗せて置いていったのだ。”con hielo”は「氷入り」ではなく、「氷付き」?しかし、コーヒーカップには既に縁までカフェオレが入っており、ここにどう氷をいれるのだろう。そんな私の内心を知ってか知らずか、いつも通り添えられた砂糖の袋を破り、熱いコーヒーに注いで溶かし始める友人。と、そこで彼女はおもむろにコーヒーカップをもちあげ、氷入りのグラスに「えいやっ」とばかりにコーヒーを注いだのである。分厚い陶器の広口カップから細口グラスに入れる作業は、なるほど躊躇すればするほど中身をこぼしてしまいそうだが、彼女の潔い動作で見事カフェオレは氷のグラスに収まり、こぼれた少量のコーヒーも、グラスの下に置かれたソーサーが見事に受け止めていた。「アイスコーヒーと言えば冷たい状態で出てくるもの」との私の思い込みが、スペイン式半セルフサービスのアイスコーヒーで見事に打ち砕かれた瞬間だった。

確かに、店側からすればたまに不器用な客がコーヒーをぶちまけて店を汚す可能性はあるにせよ、こうすればアイス用にシロップを用意する必要もなく、コーヒーを淹れる手順を変えることもなく済むのだ。その後、目からうろこの取れた私が頼むコーヒーが、アイスミルクコーヒーに変わったことは言うまでもない。

さて冒頭の表現にもどって、「人の数ほどある」と言われるコーヒーの頼み方。小心者の留学生の私には、氷を付けて頼むだけで新鮮だったが、思い返せば、地元の人たちは、メニューに書かれているかどうかお構いなくカスタマイズされたコーヒーを頼んでいたものだ。ここでまず基本的なコーヒーの飲み方を紹介すると、

Café solo
直訳すれば「コーヒーだけ」ということだが、すなわちエスプレッソのこと。小型のデミタスカップで出され、腹ごなしに食後に頼む人が多い。

Café americano
「アメリカン」といえば、日本では浅煎りの豆で薄く入れたコーヒーのことだが、スペインでは、なんとcafé solo(エスプレッソ)にお湯を注いで薄めたものである。一説によると、第二次大戦中にヨーロッパに来た米兵が「ヨーロッパのコーヒー(エスプレッソ)は苦すぎて飲めやしない!」と言ったとか言わないとか、「お湯割」で飲むようになったのが始まりだというから、文字通り「アメリカ人式のコーヒー」というわけだ。

Café cortado
こちらはcafé soloに少量の牛乳を入れたもので、マキアートのスペイン版といったところ。エスプレッソの濃い味が苦手な人でも、少し牛乳が入ることでまろやかになり、飲みやすく感じるかもしれない。こちらも食後に頼むことが多い。

Café con leche
前述の通り「牛乳入りコーヒー」、スペイン版カフェオレ(またはカフェラテ)である。こちらはcafé soloに同量程度の牛乳を注いで大きなカップで出され、朝食で飲まれることが多い。バルではエスプレッソを抽出している間に、店員さんがマシーン脇に付いたノズルを牛乳につっこみ、温かいスチームミルクにして入れてくれるところが主流だ。

Café lágrima
“lágrima”とは涙やしずくのことであるが、つまり、これまで述べてきた飲み方に比べてコーヒーの分量が少ない入れ方だ。普通のcafé soloの1/3程度の量のコーヒーに牛乳を注ぎ、コーヒーよりも牛乳の量の方が多いのが特徴だ。

Descafeinado
コーヒーの飲み方とは少し異なるが、いわゆるカフェインレスコーヒーのこと。日本でも最近は大手チェーン店で頼めるところが増えてきたように思うが、スペインでは以前から多くの店で普通に置かれていたように思う。とは言え、私が留学していた当時は、カフェインレスコーヒーを豆で常備している店がすべてではなく、デカフェを頼むと”¿De sobre está bien?”(袋入りのインスタントになるけどいい?)と言われることもしばしばだったが、カフェインの苦手な人には優しいサービスだ。

さて、ここに紹介したのは、もとになるエスプレッソの量、牛乳の有り無し、牛乳の量の違いによる頼み方だが、ここに先ほど紹介したCon hielo(氷付きで)と頼めば、どのコーヒーもオリジナルアイスコーヒーにカスタマイズできる。またこれに加えて、

「café con lecheだけどコーヒーの量少な目で」

「cortadoだけど牛乳多めで」

などとオリジナルの配分を求める人もいて、人の数だけコーヒーの飲み方が生まれるというわけだ。老舗レストランの熟練給仕さんが、大人数のテーブルで各人が思い思いに注文したコーヒーを間違わずに持ってきてくれて驚いたことがあるが、それにしても給仕さん泣かせなコーヒーへのこだわりかもしれない。

なおこれらは主にスペインでのコーヒーの頼み方なので、スペイン語圏内でも同じ入れ方のコーヒーに違う名前がついていることもある。例えば、café cortadoはカリブ海の一部ではcortadito(cortadoに「小さい」を意味する接尾語を付けたもの)、ベネズエラではmarrón(栗色)。

またコーヒー産国コロンビアではコーヒーを”tinto”で飲むのが主流らしいが、これはtinta(インク、墨)から想像できるとおりブラックコーヒーのことだ。ちなみに、スペインでtintoといえば赤ワイン(vino tinto)のことだからややこしい。スペインからコロンビアに旅行した人が「え、朝から赤ワイン頼むの?」と驚いたという笑い話もあるほどだ。人の数ほど、ならぬ、Hay tantos cafés como culturas(文化の数だけコーヒーもある)とも言えるかもしれない。

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