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【実話】 チキンラーメン。

とあるテレビ局。
今日は午後から「日清チキンラーメン」の物撮り。
物撮りがわからない人は、すまんがググってくれ。

チキンラーメンと言えば、
あなたも知っているあの大企業の看板商品。
言われずとも生半可な映像を作るわけにはいかない。

ディレクターの高橋(30)が、買い出しから戻ってきた。
チキンラーメン本体は、事前に撮影用として十分な量が
送られてきているため、買い出しと言っても、
卵1パックと小ネギぐらいなもの。
丼は、局にある既存のものを使う。

しかし、チーフDの東山(39)は困っていた。
例のフタがないからだ。
フタがなければCMのようにはいかない。
この撮影はどうしたって、あの半熟卵が決め手となる。

高橋も一度はそれっぽいものを買ってきてはいたが、
いわゆる定食屋で出てくるような蓋付きの丼で、
乾麺を入れるにはだいぶ窮屈な故すぐ不採用となった。

迫る撮影時間。

東山は閃いた。
浅めの皿を反対にして上からかぶせよう、と。

賢いやり方だと関心したのもつかの間、
外径がほぼピッタリの皿しか見つからず、
パカッと開くための掴む場所もない。
チキンラーメン完成の瞬間を撮るのに、
「フタパカ」はマストだった。

そのうちに、東山は不器用ながら
スズランテープで手のひら大の輪っかを作り
セロテープで皿の裏に貼り付けた。
「これならイケるでしょう」
何度も開け閉めのシミュレーションを行った。

一方、撮影場所にしたスタジオの一角では、
テーブルに仮当て用に空の丼を置き、
カメラマンと照明マンがカメラ位置や画角、
照明をどのように当てるかなど、ベスポジを探っている。


準備を終えた東山と高橋が
必要な物を一式持ってスタジオに入った。
「じゃー撮りましょうか」

世界初の即席麺、天下の日清チキンラーメンとあって、
弥が上にも緊張感は漂っている。
あなたにも何度も言うが、
この撮影の肝は「半熟卵」。CMのアレね。

撮影は至ってシンプル。
以下の4カットを覚えておこう。

①たまごポケットなるクボみに生卵を落とす。
②お湯を注ぐ。
③フタをする。
④フタを開けて完成。


↑これだけだ!さあ、順番に撮っていこう。

①を前に、正直者の高橋は生卵片手に
「生活力バレるけど、ダイレクトにやる自信ないっす!」
と照れながら言った。
確かに失敗してしまえば、乾麺もろとも取り替えなくては
ならない。丼は2つ。失敗の数だけ、手間も増える。

「(卵割って)皿から落としてもいいよ」
東山は冷静だ。

高橋が卵を割って皿に入れると、
案の定殻が入った。結構多めに。
取り除くにも、すごく時間がかかっていた。

やがて、綺麗な生卵が出来上がると、

……と言うのは変な表現だ。
「綺麗な生卵」も変だし、
「生卵が出来上がる」も変だ。
失礼。話を進めよう。

カメラマンのさとたん(50)は
ファインダー越しに優しく言った。
「じゃ〜入れていいよ〜。(生卵を入れた)皿見せたくないから、もうちょい上からかな〜」
「この辺すか? もうちょいすか?」
「そこで、いいよ〜。回ったよ〜」
「いきまーす! 3、2、1、」

生卵が一度乾麺の外に逃げそうになるも、
たまごポケットが見事に引き戻した。
おー!と、歓声が沸く。①は無事成功。

「じゃー次はお湯入れます」
東山がケトルを持ってきた。

「それって〜沸いてるんだよね〜?」
さとたんはいつだって本気の男だ。
沸いてますよ、と東山はマイペースに答えた。

「じゃ〜入れていいよ〜。回し入れる感じで〜。ゆっくりね〜」
さとたんは、カメラワークで
注ぐお湯をフォローするようだ。

「この辺から、卵にかける感じでいきますね」
「了解〜」
お湯は勢いよく、雑に注がれた。
たちまち映える湯気がたちのぼる。
ベテランのさとたんは、難なくフォローしていた。
再び歓声が沸く中、②も無事成功。至って順調だ。

「オ〜ケ〜。フタ閉めていいよ〜」
お湯が冷めないうちに、急いでフタを。
さぁこのまま③の撮影に入るぞ。

が、ここで!
外径がほぼ同じ皿は全く安定せず、
落ち着くまでに時間がかかった上、
慌てる手ばかり映り込んだ。

「白で飛ばそ〜」
お見苦しい③は、捨てることにした。
編集方法を変更すれば、無くても成立する。
失敗をうまくごまかすのもプロの成せる技。
高橋はすぐにスマホでタイマーをセットし、
腰に手を当てた。


フタをして2分。
最後となる④の撮影を前に、
「果たしてどうか!」
「さあさあさあ!」
「頼むよー」
と、あちこちでワクワクが飛び交う。
"フタを開けると、美味しそうなチキンラーメン!"
すぐおいしい、すごくおいしいのアレです!
あなたも知ってるあの映像!
それで撮影は終了です。


すると、さとたんが1分後に迫る本番を前に
「一回サイズ見たいな〜」と言った。
これは、ラストシーンを一発で仕留めるための作業。
つまり"一度フタを開けて、ファインダー越しに被写体を
最終確認して画角を決め込んでおきたい"という意味。

だが、完成を前に、
丼内の温度を一気に下げたくなかった東山が
「いや」と言う前に高橋がフタを開けていた。
そのついでに全員が覗き込んで絶句した。

……卵は透明のままテカっていた。

「あららららら」
「今これじゃ、あと1分置いても……」
「え……え……」

それでも書いてある通りに作ろうと、
4人はあと1分、真面目に待った。


ピピピピ♪
さとたんはファインダーを覗き込んだ。
「よ〜し、とにかくいってみよ〜」
「いきまーす! 3、2、1、」

ガチャン。重さに耐えきれず、
スズランテープの取っ手が外れた。
フタは、幸いにも丼ぶりの外側にゴトンッと落ちた。
幸いにもと言ったが、外径がほぼ同じなので、
丼の中に落ちることは無さそうだ。

「すません!」
「あれ〜? でも、やっぱり全然じゃん〜?」

熱湯を入れ、3分間フタをして待った。確かに待った。
フタするとき少し手間取ったが、きっちり待った。
それなのに縁がうっすら白くなっているだけ。
生卵92%はまだだよ?、と言っている。

「フタしてフタして!」
東山はこれ以上熱を逃したくなかった。

その時、物知りな照明マンの長井(55)が
全てを悟っていたように口を開いた。
「そう簡単に火は通らないよ。まともにやったんじゃ、あんなCMみたいにはまずならない、うん」
幼い頃から何度もやってきた経験からだった。

東山と高橋は、そんなバカな、と腕組みをした。
さとたんは下を向き、思い詰めたような表情で、
チンだな、と言って顔を上げた。
長井は付け足した。
「がっつりチンしちゃったら、一気に黄身堅くなっちゃうから、うん。短い時間で少しずつやった方が、うん」

控え室にあるレンジに、
さとたん以外の3人は丼を持って急いだ。

軽くラップをかけて、レンジに突っ込む。
500w20秒。ブーン、音を立てるレンジ。
回る丼ぶり。覗き込む3人。

チン♪
鳴ったと同時にレンジを開けたが、生卵85%。
結局同じことを4回やって、卵は良い感じになった。

完璧に仕上がった半熟卵。
高橋は駆け足でカメラの前に運び、腰に手を当てた。

「じゃ〜フタして〜、開けるところからいこ〜」
「はい!」
「ん? ちょっと待って〜」

さとたんは気付いた。丼にはスープが無く、
まるでアフロになっていることに。

麺を少し抜いてお湯を足そう、なんて話も出たが、
フタを開けたときに、麺がほぐされていたら不自然。
スープの色が薄くなるのもまずいと満場一致。

「どうすれば……」
各々がぐるぐる歩きながら思考を巡らす。


しばらく下を向いていたさとたんが、
焼くか、と言った。
「焼く?」
「焼くって言うよりも〜、薄〜くお湯敷いて〜、茹でる〜みたいな〜」

高橋は、IHクッキングヒーターとフライパンを
持ってくると、用意したことを目で訴えた。

発案者のさとたんは得意げにカメラを離れ、
自らフライパンにお湯を注ぎ、
手際よく生卵を中央に落とした。

フライパンを器用に操って、
白身の真ん中で黄身が落ち着くよう尽くす。

さとたんは、ようやく見つけた角度をキープするため、
IHクッキングヒーターの角に消しゴムを挟み、
絶妙に黄身の位置を安定させた。

☞ここで、Question!!
入れたお湯は、茹でるどころか卵を避けるように
フライパンの外側でリングとなり、グツグツ……
Q.それは一体なぜでしょう?


正解は、フライパンの底の形状が、
外側よりも中央がやや高い構造だったから、でしたー。


誰もが、え?、と口にしそうになるも、
さとたんの真剣な眼差しに、全員グッと飲み込んだ。
目玉焼きは完成した。


どうするんだろ、それ……。


さとたんは、別の丼に改めて
チキンラーメンとお湯を入れるよう指示した。
高橋は言われた準備を済ませると、
例の如くタイマーをセットし、腰に手を当てた。

3分後の完成に向けて、
さとたんはフライ返しを器用に使い、
焦げついてしまった目玉焼きの外側を弾き飛ばす。
少しずつ。少しずつ。慎重に。慎重に。
その作業はタイマーが鳴るギリギリまで続いた。


ピピピピ♪
焦げている部分を取り除いた目玉焼きはイビツで、
チキンラーメンの上に乗せると、ほぼ歯車だった。

「ん〜、周りのガタガタに〜、生卵の白身を足して〜、熱湯かければ〜馴染むから〜」
さとたんは誰かに指示したようだったが、
自分でやっていた。
そして、スズランテープを留め直した皿を被せた。

「よし、いってみよ〜」
「いきまーす! 3、2、1、」

歯車はあらわれた。
さとたん以外はもれなく吹き出した。
足した白身は熱湯をかけた勢いで底に沈んだらしい。

「やっぱり〜、フタが〜ダメなんじゃない〜?」
「皿だから、ちゃんと閉じれていないのかも」

3人はさとたんを残し、
フタの代わりになりそうなものを探すため
スタジオから出て行った。
さとたんは再び下を向き、思考を巡らせる。


高橋は小さな土鍋のフタを手にした。
「これじゃダメですかね?」
「映るんだぞ? 違和感しかないだろ」
「そか!」
「ほかに食器置いていそうな場所は?」
「2階? 2階も見てみますか」
「俺も行きます!」


しばらくして、3人は手柄なくスタジオに戻ってきた。
そこには丼に一人向かう、さとたんの姿があった。
左手にはお椀、右手にはレンゲ。

何をしているのか、3人が丼の中を覗くと、
そこには美しく仕上がったチキンラーメンがあった。

「ここに〜生卵の黄身だけ入れてみて〜」

よく見ると、黄身があるべき場所になく陥没していた。
東山も高橋も状況が飲み込めず、戸惑った。

話を聞くと、3人がフタを探しに行っている間、
さとたんは初心に帰り、
改めて通常の作り方を試したという。
それも、事前に丼を熱湯で温めるという徹底ぶり。
しかし今度は、熱が入り過ぎて、
黄身まで火が通ってしまったんだとか。

「急がさないと〜またやり直しになっちゃうから〜」

普通にやってもダメ、レンジもダメ、
ちょうどいいフタも見つからない絶望の中、
ベテランカメラマンのさとたんは
若いディレクターたちのために、
チキンラーメンを作ってくれていた。
高橋と東山は胸がいっぱいになった。

「はい!」
さっそく高橋は卵を割り、黄身と白身に分ける。
細かい殻を取り除くのにすごく時間がかかった。

「スープも少ないから〜、お湯も入れよ〜」
「はい!」
「でも、黄身も多少火通ってないとおかしいから〜、黄身入れ〜の、お湯入れ〜の、フタし〜の〜で〜」
「はい!」
入れる時に黄身が割れてしまえば元も子もない。

高橋は震える手を押さえながら
慎重に陥没した白身に、他人の黄身を滑らせた。
ご覧の有様だった。

※このあとスタッフが美味しくいただきました。
※登場する人物名は仮名です。

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