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【春にして君を離れ】心を震わす「うつ」本〜アガサ・クリスティー

意図して落ち込みたい。という時、私はこの本を必ず手に取る。
この本は、私が今まで出会った中で最上級の心をえぐる「うつ本」なのだ。

もう5回以上は読んだと思う。
が、何度読んでも色褪せず、それどころか読む毎に味わい深く弱った心に染み渡り、心の一番深いところから自然と涙が滲み出てくる。

「何日も何日も自分のことばかり考えてすごしたら、自分についてどんな新しい発見をすると思う?」

引用:「春にして君を離れ」25頁 アガサ・クリスティー著

冒頭に語られるこの言葉は、まさに私たち読者に向けた言葉でもある。

私たちは、見たくないものから無意識的に目を背けている。
皆、見たいものだけを見ながら生きている。

何もない荒野で日常から切り離されてしまったジョーンは、ひとり長い時間の中で、自分の過去や家族関係の問題に向き合う事になる。
それは普段、自分自身を守るために目を背けていた不本意な出来事である。
日常の中では、家事や趣味などで意図的に意識を逸らせた思考からも、限りのない時間の中でジョーンは内側から溢れる考えから逃げる事を許されない。


ジョーンの過去を、自分自身の経験に重ね合わせてしまう読者もいるだろう。
すると、今まで誰にも自分さえも届かなかった心の奥深い部分に、そっと冷たい手で触れてしまったような感覚を味わう。
しかしこの「鬱本」は、これまでの自分の振る舞いを叱責し戒めてくれる反面、時には共感し寄り添い慰めてもくれるのだ。
何度読んでも教訓と気づきを授けてくれる、この上なく切ない私のバイブル本なのである。

追記:
アガサ・クリスティーが「メアリ・ウェストマコット」名義で執筆した小説シリーズはこの作品を含めて全6作。
これらの恋愛小説はミステリーものではないため、読者の勘違いを防ぐために、約四半世紀もの間アガサ・クリスティーが自身の著書であることを隠していた作品である。
ミステリーではないアガサ・クリスティーの小説、控えめに言っても大変おすすめです。
気になった方はぜひ、お手に取ってみてください。

「メアリ・ウェストマコット」名義の恋愛小説(全6作)

1.愛の旋律(Giant's Bread)1930年

2.未完の肖像(Unfinished Portrait)1934年

3.春にして君を離れ(Absent in the Spring)1944年

4.暗い抱擁(The  Rose and the Yew Tree)1947年

5.娘は娘(A Daughter's a Daughter)1973年

6.愛の重さ(The  Burden)1973年


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