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推し方は人それぞれ

「推しは推せるときに推せ」
誰が言ったか、気づけば巷にはびこる名言(迷言)になったこの言葉。

時折Xを見るととんでもない推し方をしている人、どんな風に推すのが正しい推し方なのかわからなくなっている人、様々な人がいて実に面白い。(ガリレオ風)

私は自分では推し活をしていると思っているけど、端から見たら「そんなの推し活に入らない」と思われるかもしれないほど控えめな推し方をしている。
でもこれは私自身が自分に許された時間、予算の中で行っているので個人的にはしっかり推し活なのだ。

私の推し活はこうだ。

・YoutubeやSpotifyで楽曲を聴く
・ファンクラブに入る
・ライブのチケットが当たったらライブに行く
・ファンの人が有志でやってくれているダンスサークルに参加する
・ダンスサークルのみなさんと推しのことを語るお茶会や聖地巡りに行く
・メディアに出るときは見れるやつは見る

ご覧の通り、割と控えめな推し方である。

推し活の基本になるであろう、CDやグッズは基本買わない。
グッズは日常で使えそうなもの(水筒やヘアゴムなど。実用性重視。笑)は買うけど、Tシャツやタオルなどは基本見送る。
ここにお金を使うことが実質推しへの応援になると思うのだけど、自分の今の予算や価値観に当てはめるとここまで手が伸びない。
私はコレクションするよりもライブに行きたいのでそっちを優先にする。
なんでもかんでも手に入れられないことを受け止めているのである。

自分の価値基準に合わせて、自信を持って推すのが
「推しは推せるときに推せ」
である。(どどん)

昔10代〜20代前半でバンドにハマっていたときは山程CDを買い漁り、Tシャツやタオル、ステッカーやリストバンドを山のように買い漁り、ライブも月2回は行っていたが、今ではそのCDとグッズたちは実家で眠っている。
昔はELLEGARDENのライブなんか2500円くらいで行けたしBUMP OF CHICKENも大阪城ホールで5〜6000円くらいだった。ライブのチケットは徐々に値上がりして、コロナ明けには行きたいと思うアーティストのライブも推しのライブも1万超えが当たり前になってきた。

だから周りの基準に合わせて「あの人はこんなにやっているのに私は全然応援できてないから今度のライブに行く資格なんかない」とか「何もできてない私に存在価値なんてあるのか」なんてつぶやいちゃってる人には声を大にして言いたい。


人は人、自分は自分や。


よく考えてみて?あなたの推しは
「1人の人がCDをいっぱい買ってくれたから嬉しい」とか、「Xで楽曲が1位になるようにツイートをリツイートした人が僕たち私たちの真のファンです」とか一言でも言ったか?
そりゃ、「CDぜひ買ってね」「グッズ買ってね」くらいは言うわさ。
作ったものを買ってほしいのはCDやグッズだけじゃない。なんでもそう。宣伝はするもの。でも、だからといって必ずしも応えなくていい、応えなくていい。無理はするな。余裕ならいい。

本物のアーティストは金儲けのためだけにアーティストをやってない。
何か直接的に影響を与えるアクションや呼びかけをしなくても、あなたが推しの音楽を聴いて感動したり、生活に彩りが増えたり、生きる活力になっていたらそれだけでも十分。

あなたの心にゆとりをもたらすことによって、あなたの推しはバタフライエフェクトのような、風が吹けば桶屋が儲かるのような、不思議な循環が生まれて驚くようなチャンスがやってきてなぜかまた1つステージが上がっていったりする。(もちろん本人たちの努力や実力ありき)
私たちはそういう感動や嬉しい楽しいおもしろい体験をしたくてこの世に生まれてきたと言っても過言ではない。

だから苦しくなる推し活はあなたらしく推せてないってことなので今できることを受け入れることが大事である。

私の推し活仲間にもうらやましいことをしている子はたくさんいる。
関東圏のライブはフェスも含めて全部行く子、CDをたくさん買ってシリアルコードでファンミの参加券を当てた子、SS席のライブに2日続けて行ける子、地方遠征をする子、グッズを買い漁る子。
時間とお金に余裕があることを本当にうらやましく思うけど、そう思っても自分のできる範囲はある程度決まっているのでその子はその子、私はわたし。
話しを聴いて楽しませてもらおう♪で良いのである。

絵を書くのがうまい人は書いてSNSに投稿すればいいし、レポが書けるなら書いたらいいし、別に書かなくてもいい。
読めたら嬉しいけど、番組観覧やライブに行ったからってファン代表だからって書かなくてもいい。

好きなように推すのが一番。
推し活は人それぞれ、お気に召すまま!

肝に銘じて


推しは推せるときに推せ!






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