見出し画像

きょうだい全員不登校になった話

ネガティブです。苦手な方はご注意ください。


私が小学生の時。
ルル(きょうだい①)が半年間ほど不登校になった。
同じ小学校だったので、ルルの担任の先生にルルの様子を聞かれたり(家で何してる?とか)、配布物を持って帰るのを頼まれたりしていたのを覚えている。
母親が付き添って学校で授業を受けていたこともあった。
わたしは平気だった。先生も好きだし勉強も得意だしむしろ学校が楽しかった。なんでルルはいかないのかなってずっと思ってた。

時はずいぶん飛んで、私は高校生になった。
ルルは2,3カ月に数回ひどい腹痛や下痢や発熱に苦しむようになり、
夜中に母と病院に行って点滴などを受けて帰ってくるということが何度もあった。
のちに過敏性腸症候群と診断された。

私が高2の夏休み明け。
ナナ(きょうだい②)が学校を数日間連続して休んだ。
それを機に学校に行かなくなった。
親は最初はナナを学校に行かせようとした。
行かなくなった理由は今も分からない。

その二週間ほど後。ルルが再び不登校になった。
ルルには過敏性腸症候群のほかに聴覚過敏があり、
授業を受けるのがすごく苦痛だったようだ。

そしてこのころ、ナナがリストカットをしているということが分かった。
それまでわたしには、リストカットは遠い話だったので、
それを知ってショックだった。
親もショックを受けていた。

きょうだい二人が不登校になる中、10月ごろ。
わたしは教室にいたらパニック発作に襲われた。
それがパニック発作だということはあとからスマホで調べて分かったのだが、わたしの心臓がおかしくなって死んじゃうのかもしれないと思って
すごく恐ろしかった。
発作は他の場所でも起こり、4,5回は記憶に残っている。
毎日歯を食いしばり、顎が痛かった。
きょうだいや家のことを頭から追い出すために、勉強を必死でやった。
学年3位以内に入れた。

高校3年生になった。
通っていた高校は自称進学校だったので、
受験を頑張らなければいけないプレッシャーがあった。
私は特別進学クラスに入った。
受験ムード一色だった。
高3になって二週間ほどたったころ。
朝起きた瞬間から動悸が止まらなくなることが何日か続いた。
また人間関係がめんどくさくなり、私は保健室登校するようになった。

そしてわたしたち3きょうだいは全員不登校経験者になった。

今はわたしは大学生、ルルはフリーター、ナナは精神科に入退院を繰り返している。

こんなわたしで親に申し訳ない。
頑張り続けないとってずっと思ってる。

最後まで読んでくれてありがとう。 るえな

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?