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ひみつきち

僕には、今も昔も秘密の場所がある。

昔で言うと、ダムの水門の上を渡った先の踊り場だ。

学校が終わる。塾に行く。帰って、晩飯を食べる。おやすみ。

廻廻、平凡で幸せな日常。けれど、何かが足りないのだ。

小学校の夏休み。蝉がけたたましく鳴いていた。

僕は琵琶湖疏水の近くで、釣りはするが、山は登ったことはない。

ある日、釣り道具を家に置いて外に出た。
川に向かっていた足先を山に向けたのだ。

琵琶湖疏水は、大文字山の登山口でもある。
薄暗い小道がずっと気になっていた。
小道の横には、人が住んでいるかも分からないプレハブ小屋があった。

僕の心は、この不穏さにじゅるりと息を呑んだ。

第一歩を踏み出したのだ。

が、何十分か歩くと、すぐに飽きた。

小学生の心の動きは、地球温暖化でおかしくなった気候そのものだ。

突然、台風のように興味が日本列島を縦断し、
過ぎ去ると、静かになる。台風一過の繰り返し。

人に舗装された道は退屈だった。

立ち止まり、周りを見渡すと、
獣道らしき、草原があった。

僕は意気揚々と獣道を歩いていった。

ダムの水門の上に行き着く。もうダムは使われていなかったのだろう。

上から下を覗いてみると、大きな池が誰にも見つからないように、
ひっそりと息を潜めていた。さらに水門の上を進むと、踊り場が見えた。

踊り場についた瞬間、身体に電撃のように衝撃が走り、筋肉が硬直した。

踊り場の真ん中と壁に、目が釘付け。足は地面に縫い込まれたようだった。

ゼルダの伝説のトライフォースのような紋章が刻まれていたのだ。

僕は勇者になれるだろうか?

遂に僕の生活の何かが一変するのだろうか。何か変えて見せてくれよ。

毎日、足繁く通った。吸い込まれるような場所なのだ。

踊り場までの道は多難だった。

イラクサだらけの道。スニーカーは常に泥まみれ。

自分でイラクサを刈り取り、獣道を整備して、
泥まみれの道は、大きな石を置いて、泥がつかないように。

僕はいつになったら勇者になれるのだろうか?

こっちは危険なヌメっとした水門の上を毎日歩いているのだ。

通えど、通えど、紋章は僕に無言である。

マスターソードも現れる気配を見せない。

僕は選ばれなかったのだろう。通うことを辞めた。
お別れに、誰にも言えないような文句を紋章に吐き出して。

今で言うと、僕は似たような秘密の場所を知っている。

時には、イラクサまみれの獣道を刈り取り、落ち着かせる。

泥まみれの道は、石を敷き詰めることで、自分でも歩けるように。

僕のマスターソードは現れるのだろうか?

淡い期待を寄せて通う。

今日も、落ちたら死んでしまうような水門の上を歩き続け。






人間の心の話だ。僕のひみつきち。

誰も、ひみつきちの中には入ってこれない。

誰も、ひみつきちの居場所は知らない。

誰も、ひみつきちでは話を聞かれることがない。

今日も今日とて人には言えない馬鹿らしいことや
恥ずかしいこと、楽しかったこと、を紋章に語りかける。

君はどう思う?

相変わらず、通えど、通えど、紋章は僕に何も話してくれない。

マスターソードは今日も見つからなかったなあ。

けれど、僕は今日とて今日とて
草木をかき分け、大石の上をゆらゆら歩きながら、
危なっかしい水門を渡り続ける。

たまにイラクサじゃなくて、綺麗なお花が育っていたりするから。

もう勇者にはならなくていいし、マスターソードはいらないと思った。

うーん・・・。やっぱり、ひみつきちではみんな正直だ。

伝説の剣がないか、キョロキョロ見渡し、
紋章に秘密を一人で語りかける、村民Aがいた。



↓引き続きのご紹介。


とらねこさんの「文豪へのいざない」に今週も参加致しました。
毎週、金曜日にお題をもらって、みんなで書いてみるという企画です。
今週のテーマは「自分だけの秘密基地」でした。

ありがたいことに、前回の企画(noteを初めて変わったこと)
の文章もご紹介頂き、5点満点中6点を頂戴しました。
気持ちのままに書いてみました。是非、ご覧頂けたら幸いです!

僕の人生は普通なので、特段強いエピソードはないです。。
強いて言えば、上手く人に合わせられず、何かに悩み続けてきたぐらい。。

ただ、普通の風船に息を吹きかけて、割れないように、
膨らませる感覚を楽しんで取り組ませて頂いています。

毎週、考えもしないお題なのも嬉しいです。


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