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『レディ・バード』:2017、アメリカ

 2002年、カリフォルニア州サクラメント。高校3年生のクリスティン・マクファーソンは大学見学の旅を終え、母のマリオンが運転する車で帰路に就いていた。彼女はスタインベックの『怒りの葡萄』の朗読テープを流し、母と2人で涙した。
 「何かを達成したい」と彼女が口にすると、マリオンは「夢は?」と尋ねる。「無い。2002年が面白いのは数字の並びだけ」とクリスティンが言うと、母は「人生が最悪みたいな言い方ね。恵まれた人生でしょ」と反論した。

 クリスティンが「この州の大学は嫌。カリフォルニアは嫌い」と話すと、マリオンは「州内だと学費が割引なの」と言う。「奨学金は?」とクリスティンが告げると、彼女は「ミゲルが失業中」と話す。
 「兄貴は働いてる」とクリスティンが指摘すると、マリオンは「シェリーとスーパーのレジ係よ。バークレー卒なのに。パパの会社はリストラの真っ最中。周りが見えないの?」と口を尖らせる。クリスティンは「レディ・バード」と名乗っており、そう呼ばずに市立大学へ行くよう要求する母に腹を立てて車から飛び降りた。

 レディ・バードが通うのはカトリック系の私立高校で、男子部と女子部に分かれている。彼女は生徒会長選のポスターで、自分と鳥を合体させたイラストを使った。シスターのサラ・ジョアンに呼び出されたレディ・バードは、「やり過ぎよ」と注意された。
 サラ・ジョアンは「貴方は表現力がある」と言い、男子部と合同で開かれる秋のミュージカルのオーディションを受けるよう勧めた。レディ・バードは「私の夢は数学オリンピック」と言うが、数学は大の苦手だった。

 レディ・バードはミュージカルのオーディションを受けると決め、親友のジュリーと2人で募集ポスターに記名した。放課後、彼女は兄のミゲルと恋人のシェリーが働くスーパーに立ち寄り、ニューヨークの大学へ行く考えをジュリーに話す。
 彼女は父のラリーに、母に内緒で助成金を申請してほしいと頼んだ。オーディションを受けたレディ・バードは、ダニーという男子生徒に一目惚れした。彼女は合格するが脇のコーラス役で、ジュリーはダニーの恋人役であるヒロインに抜擢された。

 レディ・バードはマリオンの買い物に付き合ってスーパーへ行った時、家族と一緒に来ているダニーを見掛けた。彼女はダニーに話し掛け、ジム・モリソンの髪型を目指していることを聞いた。レディ・バードはミゲルに尋ねてジム・モリソンのことを知り、ホット・カーラーをダニーにプレゼントした。
 学校のダンス・パーティーに参加したレディ・バードは、ダニーを誘って一緒に踊った。ダニーはパリへ行く夢を語り、レディ・バードにキスした。浮かれて帰宅したレディ・バードは、服を散らかしていることを母から注意された。彼女が反発すると、マリオンは「パパが失業した」と述べた。

 レディ・バードは進路相談で州内への大学希望を出し、「内申書を良くして入るしかない」と告げられた。彼女はリヴァイアッチ神父とミス・パティーからミュージカルの指導を受けたり、ダニーとデートしたりして日々を過ごした。
 彼女が「私の胸を触ってもいいよ」と口にした時、ダニーは「愛してるから大切にしたい」と断った。レディ・バードは数学教師のブルーノに気付かれないよう、成績表を盗んでゴミ箱に捨てた。

 レディ・バードは感謝祭をダニーの家で過ごすことになり、マリオンとリサイクル店へ出掛けた。彼女は古着を購入し、マリオンが手直しした。ブルーノは「大体は覚えてるが、良心に任せる」と前置きした上で、生徒たちに自分の成績を自己申告させた。レディ・バードはCプラスだったが、Bだと嘘をついた。
 感謝祭の日、彼女は迎えにきたダニーと共に出掛けた。ダニーの住まいが憧れていた家だと知り、レディ・バードは驚いた。

 レディ・バードはジュリーやダニーたちと感謝祭のイベントに行き、バンドの演奏を見物してギタリストのカイルに目を留めた。彼女が帰宅すると、シェリーは「アンタのママが寂しがってたよ」と告げた。「そう?私を嫌ってるのに」とレディ・バードが言うと、シェリーは「彼女は寛大よ。私は婚前交渉したから家を追い出された」と語った。
 ミュージカルは無事に終わり、ジュリーはパーティーでブルーノに声を掛けて妊娠している妻のベッキーを紹介された。レディ・バードとジュリーは女子トイレが満員なので、男子トイレを使おうとする。個室のドアを開けた2人は、ダニーが男子とキスしている現場を目撃して慌てた。

 クリスマス、マリオンはレディ・バードとミゲルとシェリーに靴下をプレゼントし、「しけたクリスマスね」と自嘲した。マリオンは父から申請書を貰い、すぐに手続きを済ませた。年が明けてから、レディ・バードはミゲルと共にコーヒーショップでアルバイトを始めた。カイルを見つけた彼女は、すぐに声を掛けた。
 クラスメイトのジェナはスカート丈の違反をサラ・ジョアンに注意され、腹を立てた。それを見ていたレディ・バードは、「彼女を女にする方法がある。見てて、今日の放課後」と告げる。ジュリーが「放課後はオーディションだよ」と言うと、彼女は「もう演劇はいいや」と述べた。

 レディ・バードはジェナに、「3時にシスターの駐車場に来て」と持ち掛ける。ジェナはレディ・バードの名前さえ知らなかったが、誘いを受けた。ジュリーがミュージカルの稽古に行くとリヴァイアッチは不在で、代わりに二軍のアメフトコーチが来ていた。
 レディ・バードはシスターの車をハネムーン仕様に飾り付け、ジェナに「ジュールスへ行かない?そこでカイルと会う約束があるの」と告げた。ジェナと共にジュールスへ出向いた彼女は、そこがクラブではなく駐車場だと知った。彼女はカイルに問われ、電話番号を教えた。

 レディ・バードがコーヒーショップで働いていると、ダニーがやって来た。ダニーが「祖母が招待しろって」と言うと、レディ・バードは嘘をついていたことを責めた。ダニーが謝罪して「どんどん悪化してる。少し時間が欲しい」と漏らすと、レディ・バードは抱き締めて励ました。
 医師であるマリオンの診察を受けたリヴァイアッチは病状を聞き、レディ・バードには内緒にしてほしいと頼んだ。レディ・バードは希望していたバークレーではなくデービス大への進学が濃厚になり、「絶対に行かない」と嫌がった。

 レディ・バードはジェナのホーム・パーティーに出掛け、カイルと会った。屋内に移動した彼女はカイルとキスを交わし、服を脱がそうとする。レディ・バードが「まだ未経験なの」と言うと、彼は「僕もだ」と口にした。帰宅したレディ・バードは、ラリーの名前が書かれた薬瓶を見つけた。彼女がマリオンに「パパはウツなの?」と訊くと、「ここ何年もウツ状態よ」という答えが返って来た。
 レディ・バードがジェナと仲良くなって芝居の稽古に参加しなくなると、ジュリーは距離を置くようになった。レディ・バードは「自分が目立たないと、やる気が出ないの?」と批判され、反発して口論になった。

 学校で中絶に反対する女性の講演会が催され、レディ・バードは呆れて反論した。その言葉が問題視され、彼女は停学処分を受けた。彼女はマリオンから「親への不満ばかり。周りを傷付けてる」と叱責され、腹を立てた。
 ジェナからの電話を受けたレディ・バードは、彼女が自分の家を訪ねて来たと知る。しかしレディ・バードは見栄を張ってダニーの祖母の家を教えていたので、慌ててジェナを呼びに行った。彼女は本当の自宅にジェナを連れて行き、嘘をついていたことを責められて謝罪した。

 カイルと初めてのセックスを経験したレディ・バードは、彼が多くの女性と関係を持っていたことを知らされた。彼女はショックを受け、「初体験の相手を間違えた」と悔やんだ。レディ・バードの元には家族に内緒で受けていたニューヨークの大学の試験結果が届き、その内の一校に受かっていたので喜んだ。
 ラリーは会社面接に行くが、不採用になった。同行していたレディ・バードと帰ろうとした彼はミゲルと遭遇し、同じ会社の面接を受けることを知った。

 サラ・ジョアンは車に悪戯した犯人がレディ・バードだと見抜くが、「笑えたから」という理由で罰することは無かった。彼女はレディ・バードの小論文を読み、「サクラメントを愛してるのね。細かく観察してるわ」と評する。「ただの説明です」とレディ・バードが言うと、サラ・ジョアンは「注意を払ってるのと愛情は同じだと思わない?」と述べた。
 レディ・バードはプロムの衣装を買いに行き、試着したドレスを同行のマリオンから「凄いピンク」と酷評される。「なんで褒めないの」と彼女が不満を漏らすと、「嘘をつけばいいの?」と母は言う。「ただママに好かれたい」とレディ・バードが語ると、マリオンは「貴方に最高の状態になってほしいの」と告げる。「今の私が最高の状態なら?」とレディ・バードが問い掛けると、マリオンは言葉を失った…。

 脚本&監督はグレタ・ガーウィグ、製作はスコット・ルーディン&イーライ・ブッシュ&エヴリン・オニール、製作総指揮はリラ・ヤコブ、共同製作はアレックス・G・スコット&ジェイソン・サック、撮影はサム・レヴィー、美術はクリス・ジョーンズ、編集はニック・ホーイ、衣装はエイプリル・ネイピア、音楽はジョン・ブライオン、音楽監修はブライアン・ロス&マイケル・ヒル。

 出演はシアーシャ・ローナン、ローリー・メトカーフ、トレイシー・レッツ、ルーカス・ヘッジズ、ティモシー・シャラメ、ビーニー・フェルドスタイン、ロイス・スミス、スティーヴン・マッキンリー・ヘンダーソン、オデイア・ラッシュ、ジョーダン・ロドリゲス、マリエル・スコット、ジェイク・マクドーマン、ジョン・カルナ、ベイン・ギビー、ローラ・マラノ、マリエッタ・デプリマ、ダニエル・ゾヴァット、クリステン・クローク、アンディー・バックリー、ファーザー・ポール・ケラー、キャスリン・ニュートン、マイラ・ターリー、ボブ・スティーヴンソン他。

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 『フランシス・ハ』の主演女優でノア・バームバック監督のパートナーであるグレタ・ガーウィグが、2008年の『Nights and Weekends』に続いて脚本&監督を務めた作品(単独での監督は初)。ゴールデングローブ賞の作品賞&主演女優賞、全米映画批評家協会賞の作品賞&監督賞&助演女優賞&脚本賞、ニューヨーク映画批評家協会賞の作品賞&主演女優賞など、数々の映画賞を受賞した。
 レディ・バードをシアーシャ・ローナン、マリオンをローリー・メトカーフ、ラリーをトレイシー・レッツ、ダニーをルーカス・ヘッジズ、カイルをティモシー・シャラメ、ジュリーをビーニー・フェルドスタイン、サラをロイス・スミス、リヴァイアッチをスティーヴン・マッキンリー・ヘンダーソン、ジェンナをオデイア・ラッシュ、ミゲルをジョーダン・ロドリゲスが演じている。

 レディ・バードはスタインベックの朗読テープを母と一緒に聴いて感涙していたのに、それが終わった途端に反抗的な態度を取る。感情がコロコロと変化する、難しい年頃の女子高生だ。マリオンは家庭の事情で州内の大学へ進学してほしいと望んでいるが、レディ・バードは「家庭の事情は私の責任じゃない」ってことで反発する。
 レディ・バードはずっとマリオンに反発しているわけではなく、時には心細くなって甘えたりすることもあるし、素直な気持ちを吐露することもある。本当はママが大好きだから、認めてほしいのだ。今の自分、飾りの無い自分という存在を、手放しで肯定してほしいのだ。自分の味方であってほしいのだ。

 レディ・バードは地元が大嫌いで、とにかく一刻も早く都会に出たいと思っている。都会で何かやりたいことがあるわけではなく、都会へ出ることが目的だ。何かを達成したいとは思っているが、明確な夢を持っているわけではない。特別な才能は何も持っていないが、特別な存在でありたいと思っている。
 レディ・バードは本名を嫌がり、自分が考えた別の名前で呼んでもらいたがる。他の家に憧れを抱き、そこでの暮らしを妄想する。レディ・バードは数学が苦手なのに、唐突に「夢は数学オリンピック」と無意味な嘘をつく。ジム・モリソンを知らなかったのに、ミゲルから「ドアーズのメンバーだ」と聞くと「知ってたわ」と無意味な知ったかぶりをする。

 レディ・バードはダニーがゲイだと知って驚くが、その前から既にカイルに惹かれている。そしてダニーと別れても全く引きずらず、すぐにカイルへ鞍替えする。レディ・バードはカイルから「ジュールスには行ったことが?」と問われただけなのに、ジェナには「ジュールスで会おうと言われた」と全く意味の無い見栄を張る。
 レディ・バードは何かに付けて屁理屈を並べては、現状への不満を吐露する。隣の芝生は青いと思っている典型的なケースだ。自分は不幸で恵まれていないと感じ、他人を羨むのだ。

 高校生の青春模様を描いた映画は、昔から多く作られている。だが、実は「女性視点から等身大の女子高生をリアルに描いた作品」となると、決して多くはなかった。最大の理由は、そもそも映画界に女性監督が少なかったってことだ。
 1980年代にジョン・ヒューズが女子高生を主人公にした青春コメディー映画を手掛けているが、あくまでも「男性の視点から描いた女子高生の青春」でしかなかった。今になって、彼の映画は「男子に都合の良すぎる映画」「女子を搾取する差別的な意識が色濃く感じられる映画」として、一部で批判の対象になっているほどだ(今になってジョン・ヒューズを批判するのは違う気がするんだけどね)。

 そんな中、2017年になって、ようやく「女性視点から等身大の女子高生をリアルに描いた作品」の代表作と言える映画が登場したと言っていいのではないだろうか。これまでに同じようなタイプの映画が無かったわけではないが、ここまで圧倒的な支持を受けた作品は無かったはず。
 レディ・バードは将来に迷い、恋に傷付き、友情に悩む。時に苛立ち、時に浮かれ、時に葛藤する。その頃の女性が誰でも似たようなことを経験するような、いつの時代であっても共通する普遍的な青春ドラマだ。それを丁寧に、繊細に描き出している。

 プロムの日、レディ・バードはカイルやジェナの車に乗るが、彼らがクラブへ行こうとするので「私はプロムに行きたい」と車を降りる。些細なことで、彼女は「カイルたちとの付き合いは間違いだ」と気付くのだ。いや、ひょっとすると、それより前から何となく気付きつつあったのかもしれない。
 そんな中、プロムというイベントを大切にしようとする思いが、カイルたちとの関係を切るきっかけになったのだ。そして彼女はジュリーを訪ねて仲直りし、2人でプロムに行く。プロムだからって、好きな男子と一緒に行かなきゃいけないわけではない。レディ・バードは愚かしくて薄っぺらい恋人関係ではなく、大切にしたい友情を選択したのだ。

 レディ・バードはニューヨークの大学の補欠合格を知らせていなかったことで、母から無視されるようになる。レディ・バードが必死に謝罪しても、マリオンは決して許そうとしない。ラリーはレディ・ハードに、2人は似た者同士だから意地を張り合うのだと話す。
 結局、マリオンは冷淡な態度を変えないまま、ニューヨークへ向かうレディ・バードを見送る。しかし娘が去った後、彼女は寂しさからラリーの前で号泣する。一方、レディ・バードはラリーがゴミ箱から拾い上げたマリオンの手紙を読み、母の本音と愛情を知る。そして彼女は自宅に電話を掛け、留守電にマリオンへの感謝の言葉を吹き込む。愚かしい経験も多かったけれど、彼女は確実に成長したのだ。

(観賞日:2021年10月18日)

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