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『フォックスキャッチャー』:2014、アメリカ

 3年前にロサンゼルス五輪で金メダルを獲得したマーク・シュルツは子供たちの前で講演し、厳しい鍛錬の必要性を語る。職員は報酬を渡す際、予定されていた講演者が「デイヴ・シュルツ」だったことを確認して困惑する。
 マークはデイヴが兄であること、代理で来たことを説明し、「兄弟で金メダルを獲得したんだ」と告げた。金メダルを獲ったにも関わらず、マークは貧乏生活を余儀なくされていた。彼は世界選手権に向けて練習を続けており、その先にはソウル五輪での二連覇も見据えていた。

 デイヴはレスリング協会のフレッド・コールたちから、コロラド州でのコーチ就任を要請された。それを兄から聞いて落ち込んだマークが帰宅すると、大富豪であるジョン・デュポンの代理を名乗る男から電話が入った。「フォックスキャッチャーへ来てほしい。デュポンが話したがっている」と言われ、マークは承諾した。
 翌日、マイクは飛行機でペンシルヴァニア州へ移動し、空港でジョンの助手を務めるジャックに迎えられた。ジャックはヘリコプターにマイクを乗せ、ジョンの邸宅に到着した。

 ジョンはマークに「私はレスリングのコーチだ。レスリングという競技に深い愛情を持っている」と言い、支援を持ち掛けた。マークは彼に「2人で偉大なことを成し遂げよう」と言われ、レスリングチーム「フォックスキャッチャー」への参加を決めた。マークはデイヴの元へ行き、2万5千ドルの年俸を約束されたことを話す。
 ジョンはデイヴの参加も望んでおり、マークは「2人でチームの選手を集める。これは俺たちが夢見てたことだ。大きなチャンスだ」と告げる。しかしデイヴは「俺は行けないよ。ここの生活があるし、契約した責任もある。お前は1人でやっていける」と言い、マークを送り出した。

 マークがデュポン邸へ戻ると、ヘンリー・ベックという男が彼を面接する。そこへジョンが現れ、「シャレーのベッドは快適だぞ」と言う。ジャックはマークをシャレーへ案内し、「招かれた時以外、母屋へは立ち入り禁止だ。敷地内の馬はデュポン氏の母親の物だ。超一流の名馬ばかりだから、傍によるな。ここだけが話だが、母親には関わるな」と述べた。ジョンはシャレーを訪れ、自分が書いた鳥の専門書を渡してバードウォッチングを楽しむようマークに勧めた。

 フォックスキャッチャーのメンバーが集まり、マークたちは世界選手権に向けて練習を積んだ。マークはジョンからデイヴの参加について問われ、来ないことを伝える。「幾ら払えばいい?」という質問に、マークは「兄はお金では動きません」と告げた。1987年の世界選手権に出場するため、マークはジョンの自家用機でフランスへ飛んだ。
 初日を終えたマークは、デイヴが妻子を伴って宿泊しているホテルへジョンを案内した。マークがジョンを紹介すると、デイヴの妻であるナンシーはベッドに座ったまま軽く挨拶した。それに憤慨したマークは、ジョンが去った後で「君は相手がどんな人物か分かってない」と声を荒らげた。

 デイヴはマークに、次の対戦相手の攻略法を教えた。翌日の試合ではセコンドに付き、的確な指示を送った。マークは金メダルを獲得し、ジョンは帰国してから自宅でチームの祝勝会を開いた。
 その途中、彼は急に苛立ち、飾ってある馬術大会のトロフィーを全て撤去するよう指示した。ジョンは「馬なんてくだらん。私はレスリングをやりたかった」と言い、マークの金メダルを棚に飾った。酔っ払ったジョンは選手をタックルで倒し、チームのメンバーは彼の名を連呼して盛り上がった。

 ジョンはマークに1万ドルの小切手を渡し、「君にはそれだけの価値がある。デイヴの弟では終わらない。今度は君が脚光を浴びる時だ」と告げる。マークは彼に、「俺の出して来た結果は全て兄の手柄のように言われて来た。そろそろ兄から離れて生きるべきだと思った」と語る。
 ジョンはマークからレスリングの技術を教わり、宣伝写真の撮影では一緒に写った。愛国者の基金パーティーに出席する際、ジョンはマークを同席させた。彼は用意したスピーチ原稿を暗記させ、マークに「名高き鳥類学者で作家で世界的な探検家で収集家」「自分の指導者」として紹介させた。

 ジョンは50歳以上のレスリング大会を主催し、出場して優勝した。彼は母のジーンに優勝を報告し、「僕は人を教える立場です。チームを率いている。彼らに夢を与え、アメリカに希望を与えてる」と語る。しかしジーンは全く興味を示さず、「トロフィーを飾るのはいいけど、馬のケースは使わないで。レスリングは嫌いなの。あれは下品なスポーツだわ」と言う。
 マークはジョンに「デイヴをウチに入れたい」と言われ、困惑して「今さら何を?前にも話したでしょう。それは無理です」と告げる。するとジョンはマークに平手打ちを浴びせて、「恩知らずの猿め。お前を入れて失敗だった。デイヴを入れる。金に糸目は付けん」と口にした。

 デイヴは家族を伴い、デュポン邸を訪れた。フォックスキャッチャーに参加した彼は選手に技術を教えるが、マークは参加せずに1人でウエイトトレーニングを積む。ジョンはマークに近付き、「腹筋に力を入れろ」と指示を出した。
 マークは彼の手を振り払い、ジムを出ていった。デイヴはマークの後を追い、「どうした?」と声を掛ける。マークは苛立った様子で、「兄貴の助けは要らない。俺のやり方でやる」と述べた。

 フォックスキャッチーの指導はデイヴが全面的に担当し、ジョンは何もせずに見ているだけだった。しかしジーンがジムに現れるとジョンは選手を集め、五輪予選に向けて鼓舞するような演説をぶった。さらに彼は選手のガルシアを指名し、彼を相手に技術を指導する。しかしジーンがすぐに去ったので、ジョンは指導を止めてしまった。
 1988年の五輪予選に参加したマークは初戦で敗北し、ホテルの部屋に戻ってヤケ食いする。デイヴは「俺が勝たせてやる」と言い、計量までに減量させた。ジョンが接触しようとすると、デイヴが阻止した。翌日の試合でデイヴはセコンドに付き、マークは勝利を収めた。ジョンは母の急死で帰郷し、馬を全て逃がした…。

 監督はベネット・ミラー、脚本はE・マックス・フライ&ダン・ファターマン、製作はミーガン・エリソン&ベネット・ミラー&ジョン・キリク&アンソニー・ブレグマン、共同製作はスコット・ロバートソン、共同製作はマーク・シュルツ&クリスティン・ゴア&ハンク・ベッドフォード、製作総指揮はチェルシー・バーナード&ロン・シュミット&マーク・バクシ&マイケル・コールマン&トム・ヘラー&ジョン・P・ジューラ、撮影はグレイグ・フレイザー、美術はジェス・ゴンコール、編集はスチュアート・レヴィー&コナー・オニール&ジェイ・キャシディー、衣装はカシャ・ワリッカ=マイモーネ、音楽はロブ・シモンセン、追加音楽はウエスト・ディラン・ソードソン、音楽監修はスーザン・ジェイコブス。

 出演はスティーヴ・カレル、チャニング・テイタム、マーク・ラファロ、ヴァネッサ・レッドグレーヴ、シエナ・ミラー、アンソニー・マイケル・ホール、ガイ・ボイド、ブレット・ライス、ダニエル・ヒルト、ジャクソン・フレイザー、サマラ・リー、フランシス・J・マーフィー三世、ジェーン・モウダー、デヴィッド・“ドク”・ベネット、リー・パーキンス、ロバート・ハラミア、ブライアン・クック、デヴィッド・ザブリスキー、ザック・レイ、リース・ハンフリー、J・D・バーグマン、コリー・ジャンセン、フレデリック・フィーニー他。

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 1996年に起きた殺人事件を題材にした作品で、カンヌ国際映画祭ではパルム・ドールにノミネートされて監督賞を受賞した。監督は『カポーティ』『マネーボール』のベネット・ミラー。脚本は『ゲット・ア・チャンス!』『神に選ばれし無敵の男』のE・マックス・フライと『カポーティ』のダン・ファターマンによる共同。
 ジョンをスティーヴ・カレル、マークをチャニング・テイタム、デイヴをマーク・ラファロ、ジーンをヴァネッサ・レッドグレーヴ、ナンシーをシエナ・ミラー、ジャックをアンソニー・マイケル・ホール、ベックをガイ・ボイド、コールをブレット・ライス、ガルシアをダニエル・ヒルトが演じている。

 殺人事件の動機については謎の部分が多いし、だからキャラクター描写やドラマに色々とフィクションが含まれているのは一向に構わない。ただし、歴史的な事実を思い切り捻じ曲げているのは、どうにも受け入れ難い。何がマズいかと言うと、フォックスキヤッチーの連中が休憩時間にUFCのテレビ中継を見ているシーンがあるのだ。しかもゲーリー・グッドリッジが試合をしている。
 当時はUFCなんて存在しなかったし、もちろんグッドリッジも参戦していなかった。そこは正確にやらなきゃダメなトコでしょ。最後はマークがUFCに参戦するシーンで終わるので、前フリとして見せておきたかったんだろうけど、でも無理に挟むほど必要性が高いわけではないぞ。だから、そんな変なことになるぐらいなら、カットしておけば良かったのよ。

 金メダルを獲得すれば一生安泰で過ごせる国や、その一発でヒーローになれる競技もある。しかし少なくとも当時のアメリカにおけるアマチュア・レスリングは、金メダルを獲得した直後はチヤホヤされたかもしれないが、あっという間にバブルは弾けて「普通の人」になってしまう程度の栄光に過ぎなかったのだろう。
 だからマークは、金メダリストなのに地味で貧乏生活を余儀なくされている。ただし、それはマークの対人能力が低すぎるということも影響していただろう。実際、兄のデイヴは大勢の人々と交流して人気があり、コーチの要請も入っている。

 マークは兄が来た時以外、一人で練習を積んでいた。それだけでなく、デイヴは妻子がいて温かい家庭があるのに、マークは安らぎになるような恋人さえいなかった。孤独の中で常に兄への劣等感と向き合わなくてはいけないマークにとって、ジョンからの誘いは救いの手と言える出来事だった。
 自分を必要としてくれる人物、自分を認めてくれる人物として、彼はジョンを解釈した。「この国はモラルや価値観を失った。道に迷った若者を導くヒーローもいない。あの人の言ったことは、俺の考えと全て一致した」とマークはデイヴに語るが、道に迷った自分を導いてくれる存在に思えたのだろう。

 マークはデイヴへの劣等感を抱いているが、同時に尊敬する偉大な兄という意識もある。その偉大さを充分に認めているからこそ、乗り越えられない壁に対して苛立ちを覚えるのだ。そんなマークを呼んだジョンにも、乗り越えられない壁がある。彼にとっての壁は、母であるジーンだ。
 ジョンの場合はマークと異なり、「母に認めてもらえない」という問題を抱えている。母を愛し、母に認めてもらうため、彼は自分なりに努力する。しかし何をやっても、母は認めてくれない。それどころか、「レスリングは嫌い」と吐き捨てる。それでもジョンはレスリングの世界で結果を出して認めてもらおうとするが、その思いは母に届かない。

 マークはジョンが自分を認めてくれたと感じていたが、彼が本当に求めていた人材はデイヴの方だった。彼はデイヴを手に入れるために、マークを呼んだのだ。デイヴが来ないと知ったジョンは、表面的にはマークを全面的に信頼して支援するように振る舞う。
 しかしジョンにとってマークの存在は、母に認めてもらうための道具に過ぎない。決して裏から支援するだけで満足するような男ではないので、写真撮影では堂々とマークより前に立っている。自己顕示欲の強い男なのだ。

 ジョンは自分をレスリングのコーチだと言っているが、実際は何の経験も無いし技術も無い。指導なんて何も出来ず、お飾りとして存在しているだけだ。世界選手権でマークが金メダルを獲得した時も、ジョンは何もやっていない。
 そして彼は、デイヴの指導や応援によってマークが勝利する様子を、まざまざと見せ付けられる。自分に無い能力をデイヴが持っていることを改めて認識し、ますます彼が欲しいと思うようになる。

 ジョンはマークに、友達だと感じていることを話す。実際、彼は兄の呪縛から逃れられずにいるマークに対し、何らかのシンパシーを抱いていた可能性は高い。だから本人としては、その時は嘘偽りなく「友達」と感じていたのだろう。
 しかし彼は心が歪んでいるので、友達に対する考え方が他の人とは異なる。そもそも「イーグルかゴールデン・イーグルと呼んでくれ」と言う時点で変ではあるのだが、単に風変わりな男ということではない。

 ジョンにとっての友達とは、自分の言いなりになってくれる相手、自分の要求を満たしてくれる相手なのだ。なので、改めてデイヴを参加させようと考えた時、「それは無理です」と言ったマークをビンタして罵る。自分の望みを叶えようとしないマークは、もはや友達ではないのだ。
 そしてジョンは大金を出し、ついに念願だったデイヴの招聘に成功する。これにより、ジョンとマークの関係は完全に破綻する。マークは自分が兄の身代わりだったことを認識し、フォックスキャッチャーからの離脱を決める。

 ジョンを突き動かしているのは、強烈な承認欲求だ。それは母が死んだ後も、なお続いている。彼は周囲から尊敬されたい、認められたいと思っているが、何しろやっていることが「金に物を言わせる」とか「自分は何もせずに配下の人間を動かす」といったことばかりなので、それが叶えられるはずもない。
 彼はレスリング協会に多額の寄付を出し、フォックスキャッチャーを公式練習場に指定してもらうが、これも承認欲求から来る行動だ。彼は自分にレスリングの才能も指導者としての能力も乏しいことが、どこかで分かっていた。だから、そういう形でレスリングの世界における力を誇示しようと考えたのだ。

 デイヴはマークのようなコンプレックスが無く自身に満ち溢れているので、最初からジョンに対してシンパシーを感じることなど全く無い。彼がフォックスキャッチャーに参加したのは、安定した生活のためだ。
 だからドキュメンタリー・フィルムの撮影でジョンを素晴らしい指導者として尊敬するようなコメントを求められると、露骨に不快そうな態度を示す。ジョンがデイヴを射殺した理由はハッキリしないままだが、彼が精神を病んでいた以上、どうであれ不幸な結末は回避できなかったのだろう。

(観賞日:2017年10月2日)

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