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《十五. 陽気に笑う殺人鬼 》

 雷次は、独立二作目もホラー映画で行くことにした。『薔薇を抱えた男』が当たったから同じ路線を続けようというのではなく、演出している内に、やってみたい恐怖描写が色々と思い浮かんだのだ。しかし、そのアイデアを『薔薇を抱えた男』の中では使うことが出来なかったので、次回作に盛り込もうと考えたのである。 『薔薇を抱えた男』の興行成績が良かったので、次もホラー映画を作ることに関して、百田たちも反対しなかった。

 「前回は殺人シーンが無く、血も出さないような映画だった。だが、今回は、残酷描写の強い映画にするつもりだ」
 企画会議で、雷次はそう切り出した。
 「大雑把に言うと、殺人鬼が次々に人を殺していく話だ。物語は単純にして、殺人シーンでケレン味を出す。そういう方向性で行こうと考えている」
 「それって、下手をすると悪趣味な二流の映画になりませんか」
 大神が不安げな顔になる。
 「一流でも二流でも、観客に楽しんでもらえればいいんだよ。俺は一流なんて目指してないしな。それと、悪趣味なのは最初から狙ってる。今回は、そういう映画を撮るんだ」

 雷次は平然と受け流し、
 「さて、重要なのは、その殺人鬼の人物造形だ」
 と、次の話題へ移った。
 「お前ら、アルフレッド・ヒッチコックの『サイコ』は見たことがあるか?」
 「ああ、見てる」
 百田が答える。
 「だったら、ウィリアム・ワイラーの『コレクター』は?」
 「それも見た」

 「百田が見ているなら、話は早いな。『サイコ』のノーマン・ベイツも、『コレクター』のフレディー・クレッグも、素朴な青年に見えたが、実は狂った殺人鬼だった。俺が狙ってるのは、そういう線だ。つまり、一見して危なそうな奴ではなく、殺人とは程遠いように見える奴が殺人鬼という話だ」
 「でも、そういう言い方をするからには、貴方が挙げた二つのキャラクターとは別のタイプにするんでしょ?」
 竜子が言うと、雷次はニヤリと笑って
 「ご名答。同じことをやるつもりは無いさ」
 と告げた。

 「ノーマン・ベイツもフレディー・クレッグも、内気で陰気な青年だった。だけど、もっと明るくて社交的な人間が、周囲の人々が知らないところで密かに殺人を繰り返していたとしたら、これは怖いんじゃないか。例えば」
 そう言いながら雷次は竜子をチラッと見やり、
 「なあ百田、大神と福井も、ちょっと想像してみてくれ。この竜子が、俺たちの前では明るく振舞っているが、実は数十分前に人を殺していたとしたら、どう思うよ。そのことを全く感じさせず、ごく普通に笑っているんだ。これはゾッとしないか」
 「うわあ、それは怖いですね」
 福井が本気で竜子に怯えるような表情を浮かべた。
 「ちょっと、私を例えに使わないでよ」
 竜子が口を尖らせる。

 「でも実は、例えに使ってるだけじゃないんだ。俺の中でイメージしている殺人鬼は、お前がモデルなんだよ」
 そんなことを雷次が明かしたので、竜子は
 「どうせモデルにするなら、もっと素敵な役にしてくれればいいのに。殺人鬼のモデルなんて、素直に喜べないじゃないの」
 と、複雑な表情を浮かべた。
 「じゃあ、いっそのこと、竜子さんに演じてもらったらどうですか」
 大神が悪戯っぽく言うと、雷次は
 「いい考えだな」
 と笑った。

 もちろん、それは冗談で、実際には『薔薇を抱えた男』の時と同様、オーディションが行われた。前作の出演者をそのまま起用することは無く、新たにオーディションを開いたのだ。それ以降も、雷次プロでは映画の度にオーディションを行うことが通例となった。
 そのオーディションには、『薔薇を抱えた男』のヒロインを演じた五輪涼子も参加した。雷次は前作における彼女の演技を高く評価していたが、今回の殺人鬼とはイメージが違っていたため、その友人役として起用した。

 そんな中、オーディションには意外な女性がやって来た。
 「あれっ、お前、鈴音じゃないか」
 雷次は彼女を見て、驚きの声を上げた。
 「お久しぶりです、監督さん」
 満面の笑みを浮かべたのは、阿取鈴音という女性だ。彼女は雷次が『女は裸で勝負する』を撮った際、スカウトしたストリップ嬢だった。
 「お前がオーディションを受けに来るとはな。まだストリップは続けてるのか」
 「いいえ、あの映画に出た後、すぐに辞めました。あれに出た時、監督さん、誉めてくれたでしょ。それで、本気でお芝居がしてみたくなったんです」

 『女は裸で勝負する』に出演した水商売の女性たちの中で、雷次は鈴音に卓越した演技のセンスを感じ取った。ちょっとした仕草や台詞回しが、他の女性陣とは明らかに違うのだ。スカウトする際の演技力テストで、雷次はそのことに気付いた。
 そこで雷次は百田とも相談し、鈴音だけには普段の自分と異なる演技を必要とする役柄を与えた。最初はぎこちない部分もあったが、雷次の丁寧な演技指導を受け、鈴音はその役割を見事にこなしてみせた。まだまだプロと比較すれば稚拙ではあったが、雷次は吸収力と適応能力の高さに感心し、
 「ちゃんと芝居を勉強すれば、女優としても充分にやっていける素質があるよ」
 と誉めた。その言葉が、彼女の人生を変えたのだ。

 「だから私、一からお芝居の勉強を始めました。『薔薇を抱えた男』のオーディションも知ってたんですけど、まだ早いかなって。でも、自分がどれぐらい進歩したのか確かめたくて、今回は応募しました」
 雷次は、自分の影響力の強さに驚愕すると同時に、彼女の行動力や決断力にも驚いた。そして、もっと驚いたのは、鈴音の演技力の向上だ。発声の基礎から芝居を学んだことで、『女は裸で勝負する』の頃とは比較にならないほど上手くなっていた。
 思い描いていたイメージにピッタリだったこともあり、雷次は迷うことなく、彼女を殺人鬼役に選んだ。

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  『殺人者は常に微笑む』

  〈 あらすじ 〉

 書店に勤務する影山洋子(阿取鈴音)は、明るくて社交的な女性だった。いつも笑顔で接客し、周囲からの評判も良かった。
 ある夜、彼女は千鳥足のサラリーマンに声を掛け、笑顔を浮かべながらナイフで襲い掛かった。サラリーマンが驚愕の表情で倒れ込む中、彼女は笑いながら何度も突き刺して殺害した。翌朝、洋子は何事も無かったかのように出勤し、仕事をこなした。

 別の日、彼女は公園で浮浪者を見つけ、笑顔で撲殺した。また別の日、今度は中年女性を殺害した。そのように殺人を繰り返しながらも、洋子は平然とした態度で普段の生活を続けた。
 笠原静也(沼瀬秀郎)という男が洋子に惹かれ、積極的にアプローチしてきた。洋子は彼とデートしたが、途中で抜け出して人を殺し、何食わぬ顔で戻ってきた。

 事件を捜査する警察は、洋子が働く書店へも聞き込みに来た。洋子は特に動揺もせず対応し、警察も彼女に疑いを持つようなことは無かった。
 しかし、静也は洋子と接する中で、不審を抱くようになっていた。ある日、密かに彼女を尾行した静也は、殺人現場を目撃してしまう……。

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 この映画は、殺人シーンがセールスポイントとなった。
 洋子は様々な方法、様々なシチュエーションで、殺人を楽しむ。時には絞殺、時には撲殺、時には刺殺。その様子を、雷次はスローモーションやコマ落とし、ロング・ショットやローアングルなど色々な撮影技法を使い、ケレン味たっぷりに描写した。
 それは、いわば「残酷殺人ショー」である。雷次は、殺人シーンをショー的に演出したのだ。

 人を殺す時、洋子は常に笑顔を浮かべている。しかも残虐な笑みではなく、普段の生活と同じような、朗らかな笑顔だ。彼女にとって殺人は、レジャーを楽しむのと同じような感覚なのだ。
 彼女の殺人に、これといった動機は無い。あえて言うなら、殺したいから殺すのだ。腹が減ったら食事をするように、眠たくなったら寝るように、彼女は殺したくなったら殺すだけだ。

 『殺人者は常に微笑む』は前作と同じくオール・ロケーションで撮影され、1972年7月に公開された。良識派を自称する評論家からは酷評されるか、あるいは無視されたが、興行的には成功した。笑顔を浮かべた理由無き殺人者による殺戮ショーは、大勢の観客を恐怖で震え上がらせた。
 「評論家が何を言おうと、お客さんに喜んでもらえれば、それでいいんだよ」
 映画のヒットを受けて、雷次は百田たちに告げた。ちなみに彼は、刑事の一人として出演している。


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