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《八. 峰岸徹を走らせろ 》

 田宮の解雇で会社の屋台骨が傾く中、永田は経営立て直しの戦略として、一人の若手俳優を売り出すことにした。
 峰岸隆之介、後の峰岸徹である。

 峰岸は六本木野獣会(六本木で遊んでいた若者たちのグループ。田辺靖雄や加賀まりこ、井上順など、多くのメンバーが後に芸能界入りする)に所属していた1961年に東宝からスカウトされ、翌年には峰健二の芸名で映画デビューしている。
 東宝で数本の映画に出演した後、峰岸は俳優座養成所に入り、そこから文学座の研究生となった。1968年に入り、大映が新しいスター候補生として彼と契約し、その際に峰岸隆之介という芸名が付けられた。

 そんな峰岸を売り出すため、永田は1968年から1969年に掛けて複数の主演作を作ると決めた。そして、その内の一本を撮る監督として、雷次を指名したのである。
 「何でもいいから、派手な映画を作れ。峰岸隆之介はウチのスターにするんだから、それに見合うような話にしろ」
 永田は雷次を呼び付け、そう言った。

 「言っておくが、この前の成田三樹夫の映画みたいなのはダメだぞ。あんな風に、主人公が惨めな姿になるのは禁止だ。それと、田宮(田宮二郎)の映画みたいなのもダメだ。峰岸には地味すぎる。もっと華やかに、分かりやすくしろ」
 細かい注文を付けられ、雷次は百田との話し合いに入った。

 「わざわざ言われなくても、最初から峰岸隆之介を血まみれにする気なんて無かったけどな」
 雷次は苦笑した。
 「派手で、華やかで、分かりやすい話か。それだと時代劇が良さそうだけど、新人だし、チャンバラは難しいだろうなあ」
 百田は腕組みで考え始めた。
 「そもそも、ただでさえ時代劇では客が来ないのに、新人で時代劇は厳しいだろう。現代劇しか無いよ」

 「それならガンアクションにするか。田宮さんの犬シリーズみたいなノリで」
 「だけど拳銃の扱いも、慣れていないと、様にならないんだよな」
 雷次が否定的な意見を述べたので、
 「チャンバラがダメ、拳銃もダメって、どうする気なんだ?まさか人間ドラマでもやろうっていうのか」
 と、百田は渋い顔をした。

 「まさか。自分に人間ドラマが向いてないことは、『夜更けの露草』で思い知ったよ」
 1965年に雷次が撮った若尾文子主演の『夜更けの露草』は、女の悲哀を描いた叙情的な作品だった。雷次にとって生涯で唯一の人間ドラマだが、彼は失敗作だったことを認めている。
 「女性らしい繊細な心の揺れ動きを、どう演出すればいいのか、最後まで迷いが消えなかった。若尾さんには悪いことをした」
 後のインタビューで、そのように雷次はコメントしている。
 それ以降、彼は二度と人間ドラマには手を出さなかった。

 「やっぱりアクションで行くんだよな。だったら、峰岸に何をやらせようっていうんだ?鉄砲とチャンバラ以外で、アクションなんて無いだろう」
 百田が尋ねると、
 「いや、ある」
 静かに雷次は言った。
 「それは、走ることだ。アクションの技能が無くても、走ることは誰だって出来る。若いからエネルギーは有り余ってるだろうし、とにかく走って走って、走りまくってもらおうと考えてる」

 「走る映画?陸上競技の話なのか?」
 「バカ、そんなわけないだろ。サスペンス・アクションだ。実は、田宮さんと一緒にやろうとして温めていたアイデアがあるから、それに少し手を加えて、流用しようと思ってる。ある仕掛けを使うんだ」
 「仕掛け?」
 「ああ、ヒントは、『真昼の決闘』さ」
 雷次は、自信ありげに微笑した。

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  『タイムリミット3600』

  〈 あらすじ 〉

 宮田四郎(峰岸隆之介)は、ごく平凡な青年だった。その日、彼は恋人・川本富子(姿美千子)とデートの約束があり、高台にある公園へ出掛けた。そこで宮田は見知らぬ男(上野山功一)に背後から銃を突き付けられ、展望台の望遠鏡を覗くよう指示された。

 宮田が望遠鏡を覗くと、ある建物の一室に富子が監禁されている様子が見えた。富子は手足を拘束され、椅子に縛り付けられていた。そして、その近くには時限爆破装置がセットされていた。

 男は宮田に、今から60分後に装置が作動することを告げた。そして、富子を助けたかったら指令に従うよう要求した。宮田は男から銃を奪い、富子の解放を要求する。すると男は余裕の笑みを浮かべ、抵抗したり警察に連絡したりすれば、60分を待たずして仲間が富子を殺害することを説明した。

 宮田は降伏し、男に従うことを決めた。男は宮田に、三番街に住む平井(平泉征)という男から書類を奪ってくるよう要求した。宮田は三番街へ走り、平井を脅して書類を奪う。すると近くの公衆電話が鳴り、新たな指令が下された。宮田は、また街を走った。果たして男の目的は何なのか。そして宮田は富子を助けることが出来るのか……。

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 雷次が『タイムリミット3600』で用いた仕掛けは、現実と劇中の時間経過をピッタリと合わせる「リアルタイム進行」だ。
 リアルタイム進行と言えば、最近では2001年からアメリカで放送されたテレビシリーズ『24‐TWENTY FOUR‐』が有名である。しかし、リアルタイム進行はそれが初めてではなく、映画の世界では既に使われていた。例えば1948年のアルフレッド・ヒッチコック監督作『ロープ』、1949年のロバート・ワイズ監督作『罠』、1952年のフレッド・ジンネマン監督作『真昼の決闘』などは、いずれもリアルタイムで物語が進行する映画だ。

 今回、雷次は、そのリアルタイム進行を持ち込んだ。そして、単に時間経過を現実と同じにするだけでなく、時間制限を設定し、「60分以内に主人公が指令を果たさないと恋人が殺される」というタイムリミット・サスペンスに仕立て上げた。
 題名の「3600」とは、60分を秒数に換算した数字だ。爆破装置が作動してからは、画面の右上に、時間経過を示す数字がずっと表示されるようにした。犯人の正体も最終目的も全く分からないまま、観客は主人公と同じく、時間経過の恐怖を感じることになる。ちなみに雷次は、謎の男の手下として出演している。

 この緊迫感に満ちたサスペンス・アクションは1968年10月に公開され、峰岸隆之介の主演作では一番のヒットとなった。日東グローバル映画賞では優秀作品の一本に選ばれ、峰岸が最優秀新人賞を受賞している。
 しかし、それほど高い評価を受けたにも関わらず、雷次は本作品について、
 「自分の代表作とは言えない。むしろ失敗作と言ってもいいかもしれない」
 と後にコメントしている。
 「撮っている時は、リアルタイムの時間制限サスペンスという仕掛けに満足してしまった。そのために、シナリオの練り上げが不充分だった」
 雷次は、そのように語っている。

 なお、前述のように作品はヒットしたのだが、経営が火の車となっていた当時の大映にとって、その興行収入は焼け石に水だった。
 ちなみに登場人物の宮田四郎、川本富子という名前は、それぞれ田宮二郎と山本富士子をもじっており、両名に対する永田の処分を揶揄したものだった。
 しかし、どうやら永田は全く気付かなかったようだ。


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