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『駅馬車』:1939、アメリカ

 アリゾナのトント。保安官事務所には、「アパッチが多くの牧場を襲っている、酋長のジェロニモが動き出した」という情報が入った。ニューメキシコのローズバーグからは緊急連絡が届いたが、途中で通信が途絶えた。「ジェロニモ」という言葉だけが届けられた。
 そんな中、ローズバーグ行きの駅馬車がトントに到着した。御者のバックは馬の交換に入り、客は一時降車した。

 ルーシー・マロリーは騎兵隊で大尉をしている夫に会うため、ヴァージニアからローズバーグへ向かうところだった。友人のナンシーと夫の大尉がいたので、ルーシーは挨拶を交わした。
 ナンシーの夫は、マロリー大尉がローズバーグではなくドライホークスに移ったことを教えた。ドライホークスは次の駅だ。酒場の入り口にいた賭博師のハットフィールドは、ルーシーを見て会釈した。

 バックは保安官事務所へ行き、護衛が来ていないことについて質問する。護衛の担当者は、お尋ね者であるリンゴ・キッドの捜索に出ていた。リンゴは自分をタレ込んだプラマー兄弟に復讐するため、脱獄したのだ。
 バックはプラマー兄弟の三男、ルークがローズバーグにいることを口にした。すると保安官のカーリーはリンゴを捕まえるため、護衛として駅馬車に同乗することを決めた。

 酔いどれ医師のブーンは家賃を滞納し、宿屋の女将のヘレンに叩き出された。商売女のダラスは婦人会の面々に糾弾され、町を追い出されることになった。ブーンはダラスに「我々は社会的偏見という忌まわしい病の犠牲者なのだよ」と告げた。
 ブーンは酒場に入り、主人のジェリーに「ツケで飲ませてくれ」と頼んだ。カウンターには、カンザスシティーの家族の元へ帰るウイスキー行商人のピーコックがいた。それを知ったブーンは嬉しそうに挨拶し、サンプルのウイスキーを飲んだ。

 馬の交換が終わり、乗客が駅馬車に乗り込んだ。ルーシーはダラスのような女と一緒に行くのを快く思わなかったが、わずか2時間程度だからと我慢することにした。
 騎兵隊がやって来て、「連絡が通じないので文書をローズバーグへ届けてほしい。ドライホークスまで護衛する。そこから先は別の部隊が護衛に就くことになっている」と告げた。ブランシャール中尉は「ジェロニモが動いているため、乗客は危険を覚悟の人だけに」と告げた。しかし乗客は誰も降りなかった。

 ルーシーに好意を持ったハットフィールドは、「この御婦人の護衛をしてさしあげたい」と馬車に乗り込んだ。町外れまで来たところで、銀行の頭取ゲートウッドが乗り込んできた。「電報が来たので急に出掛けることになった」と言うが、実は公金を横領して逃げようとしていたのだ。
 カーリーは「電報を受け取ったと言っていたが、通じていないはず」と疑問を抱く。しかし隣のバックは彼の話を全く聞いておらず、自分の女房のことばかり喋った。

 駅馬車が平原を進んでいると、リンゴ・キッドが現れた。リンゴは「馬が脚を痛めたので、駅馬車に乗せてもらう」と告げた。カーリーはウィンチェスター銃を渡すよう要求した。
 リンゴは「いずれ俺の腕が必要になるぜ。燃えてる牧場を見た」と言いながらも、素直に渡した。ブーンはリンゴの弟の怪我を手当てしたことがあり、彼とは顔見知りだった。その弟はプラマー兄弟に殺されていた。

 ハットフィールドはブーンに「葉巻を消したまえ、御婦人が迷惑している」とルーシーを示して言う。「レディーの前では慎むのが紳士のたしなみだ」と苦言を呈するハットフィールドに、ブーンは「3週間ほど前に紳士に撃たれた奴の手当てをしたが、弾は後ろから入っていたよ」と告げた。
 馬車はドライ・フォークの中継所へ着いたが、騎兵隊は来ていなかった。駅長によれば、マロリー大尉は一昨日の晩に命令を受けてアパッチ征伐に向かっており、ドライ・フォークにはいなかった。

 ブランシャールは命令があるため、そこから先の護衛は拒んだ。カーリーが「任務放棄だぞ」と怒ると、「しつこく言うなら逮捕します」と告げた。
 カーリーは駅に入り、引き返すかどうか乗客と相談することにした。最初にルーシーに意見を尋ねた後、ピーコックに訊こうとすると、リンゴが「エチケットを知らないのか。もう一人、ご婦人がいるだろう」とダラスを指し示した。ピーコックだけは騎兵隊と共に戻ることを望むが、多数決で先へ進むことに決まった。

 他の面々がテーブルに就く中、一人だけ外れようとしたダラスを見て、リンゴが「さあ、どうぞ」と椅子を引いた。その瞬間、他の面々が白い目で見た。特にルーシーは、蔑むような視線をダラスに向けた。
 ハットフィールドは、彼女がダラスの近くに座ることに不快感を抱いていると気付き、窓際の席に誘った。ハットフィールドは「貴方の父上の連隊にいた」とルーシーに告げた。

 バックたちの準備が整い、次の駅であるアパッチ・ウエルスへ向かって馬車は出発した。カーリーはバックに、「リンゴの父親とは友達で、リンゴを刑務所に入れることが彼のためだと考えている」と話した。ゲートウッドは、政府が銀行検査官を設けることを決めたり、近く検査官が帳簿を調べに来ることに怒っており、不満をぶちまけた。
 ダラスはルーシーに「私の隣に来ればいかがですか、肩に寄りかかっていれば楽ですよ」と声を掛ける。だが、ルーシーは「結構です、放っておいてください」と断った。

 ルーシーに水を与えようと考えたハットフィールドは、カーリーから水筒を受け取った。リンゴが水筒を渡そうとすると、ルーシーは拒んだ。ハットフィールドが銀のコップに水を入れて差し出すと、ルーシーは受け取った。
 リンゴは「あっちの御婦人には?」と口にした。ハットフィールドがコップを渡さなかったため、リンゴは水筒をダラスに渡した。ダラスは水を飲んだ後、隣のゲートウッドに水筒を差し出した。ゲートウッドは不機嫌そうに「要らん」と怒鳴った。

 馬車はアパッチ・ウエルスに着いたが、そこにも騎兵隊はいなかった。駅長のクリスは、マロリー大尉がアパッチとの戦いで重傷を負い、ローズバーグへ運ばれたことを告げた。
 「あまり気を落とさず、私に出来ることがあったら」とダラスが声を掛けても、ルーシーは「別にありませんわ」と冷たい態度を取った。駅舎に入ったところでルーシーが気を失った。ハットフィールドが気付き、カーリーが奥の寝室へ彼女を運び込んだ。

 ゲートウッドは「病人まで抱え込んで、身動きが取れないじゃないか」と文句を言う。ダラスはクリスに妻を呼ぶよう言い、リンゴには「お湯を沸かしてちょうだい」と指示した。
 ブーンは酔いを醒ますため、濃いコーヒーをガブ飲みした。彼はダラスの手伝いを受けて、ルーシーを診察した。寝室から出て来たダラスは女の赤ん坊を抱いていた。ルーシーは出産したのだ。

 リンゴは外に出たダラスを追い、「あんまり遠くへ行くと危ない」と警告した。ダラスが「アンタはローズバーグへ行くの?逃げた方がいいわよ」と言うと、リンゴは「親父と弟を殺されたんだ」と告げた。
 ダラスは、子供の頃に家族を皆殺しにされたことを明かした。リンゴは「アンタも俺も独りぼっちだ。やぶからぼうに思うかもしれないが、メキシコに牧場がある。良かったら一緒に暮らさないか」と求婚した。ダラスは「そんなこと言われても」と困惑し、返答を避けた。

 翌朝、クリスはアパッチの妻であるヤキーマが逃げたことをカーリーに告げ、「それに馬を持って行かれた」と言う。「アンタのかみさん、仲間のアパッチを連れて来るんじゃねえのか」とバックが訊くと、クリスは「たぶんね」と答えた。
 ゲートウッドは「すぐに出掛けるぞ」と急かすが、ハットフィールドは「病気のご婦人がいるんだぞ」と反対する。言い争う2人をカーリーが諌めた。

 ブーンはルーシーの容態を診に行った。ダラスは朝までルーシーに付き添っていた。ルーシーは「どんなことをしてもローズバーグまで行きます」とブーンに言う。ダラスは廊下でブーンと2人になり、「リンゴにプロポーズされたの。私みたいな女でも、お互いに好きなら構わないよね?」と問い掛ける。
 ブーンは「傷付くのはお前だぞ。リンゴは刑務所に戻らないといけない。それにローズバーグへ行けば、お前のことも分かってしまう」と言う。ダラスが「あの人、ローズバーグへは行かないわ。私みたいな女でも結婚していいの?」と口にすると、ブーンは「ああ、いいよ。成功を祈ってるよ」と述べた。

 ブーンはカーリーたちの元へ戻り、「1日か2日かはルーシーを安静にさせるべきだ」と言うが、ハットフィールドは激怒した。ブーンはリンゴに、コーヒーを入れているダラスを手伝いに行くよう促した。
 リンゴがキッチンへ行くと、ダラスは「早く逃げて。アンタがルークを殺して私たちが幸せに暮らせると思うの?今度はルークの仲間がアンタを付け狙うわ」と告げた。「他にどうしようもないだろ」とリンゴが言うと、彼女は「メキシコへ逃げるのよ。私は奥さんと赤ん坊が心配だから、後から行くわ」と口にした。

 リンゴは馬に乗り、ダラスに別れを告げて去ろうとする。気付いたカーリーが追い掛けてくるが、なぜかリンゴは立ち止まった。手錠を掛けるカーリーに、リンゴは「逃げる気は無い。丘の上を見ろよ」と言い、アパッチの戦の合図を知らせた。
 一行は駅馬車に乗り込み、急いで出発した。ハットは体調の回復していないルーシーを膝枕で看護し、ダラスは赤ん坊を抱いた。

 馬車は渡し場に到着するが、アパッチの襲撃で船は使えなくなっていた。カーリーはリンゴに手伝わせ、丸太を馬車に括り付けた。バックが馬を泳がせて、何とか馬車は川を越えた。ローズバーグが近付く中、ピーコックの胸に矢が突き刺さった。待ち受けていたアパッチが襲撃してきたのだ。
 リンゴやカーリーたちが応戦するが、相手の数は多く、弾丸は減って行く。ハットフィールドは諦めを抱き、ルーシーを安らかに死なせようと銃を向けた。彼がアパッチに射殺された直後、騎兵隊の迎撃ラッパが聞こえて来た…。

 監督はジョン・フォード、原案はアーネスト・ヘイコックス、脚本はダドリー・ニコルズ、美術はアレクサンダー・トルボフ、音楽はリチャード・ベイジマン&フランク・ハーリング&ルイス・グルエンバーグ&ジョン・レイポルド&レオ・シューケン。

 出演はクレア・トレヴァー、ジョン・ウェイン、アンディー・ディヴァイン、ジョン・キャラダイン、トーマス・ミッチェル、ルイーズ・プラット、ジョージ・バンクロフト、ドナルド・ミーク、バートン・チャーチル、ティム・ホルト、トム・タイラー他。

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 アーネスト・ヘイコックスの短編小説『ローズバーグ行き駅馬車』を基にした白黒映画。
 ダラスをクレア・トレヴァー、リンゴをジョン・ウェイン、バックをアンディー・ディヴァイン、ハートフィールドをジョン・キャラダイン、ブーンをトーマス・ミッチェル、ルーシーをルイーズ・プラット、カーリーをジョージ・バンクロフト、ピーコックをドナルド・ミーク、ゲートウッドをバートン・チャーチル、ブランシャールをティム・ホルトが演じている。

 『駅馬車』と言えばジョン・ウェインの主演作として知られているが、彼はトップ・ビリングではない。それどころか、「誰それ in」という風に、タイトル前に他の脇役陣と別の扱いで表示される俳優も存在しない。全員が同じ大きさの文字で縦並びに表示されている。
 ようするに、この映画には、そういう扱いをされるような一流の俳優、スター役者が一人も出演していないのだ。

 1926年の『三悪人』以降、ジョン・フォードは『駅馬車』まで13年間に渡って、西部劇を作っていない。時代がサイレントからトーキーに移り変わり、この映画が作られた頃のアメリカでは、西部劇映画の人気が廃れていた。
 そんな中、ジョン・フォードは再び西部劇の人気を取り戻そうと考え、この映画を企画した。だが、専属契約を結んでいた20世紀フォックス社からは映画化を却下され、他の大手スタジオに話を持ち込んだが、やはり色好い返事は貰えなかった。

 そんな中、ようやく独立系プロデューサーのウォルター・ウェンジャーが製作を買って出たものの、経費は低く抑えざるを得なかった。彼はリンゴ役にゲイリー・クーパーを起用したかったが、雇うような金は無い。ジョン・フォードは友人だったジョン・ウェインの起用を持ち掛けるが、ウェンジャーは大反対した。ジョン・ウェインは1930年に初主演した『ビッグ・トレイル』の興行が惨敗に終わり、その後はB級映画の専門俳優となっていたからだ。
 しかしフォードが固執したため、最終的にはウェンジャーも折れた。この映画でのウェインのギャラは、他の俳優と比べてかなり低かったという。

 ブーンから弟のことを訊かれた時、リンゴは「殺されたよ」と短く告げる。それだけで、弟がプラマー兄弟に殺されたことは伝わって来る。
 そのように「詳しい説明に時間を多く割いたりしないが、ダイアローグの中で軽く触れたり匂わせたりすることで、観客にはその人物の背景が見えてくる」というやり方が上手い。
 これには、実は絶妙な按配というものが必要で、あまりにヒントが少ないと全く伝わらず、キャラの魅力や人間ドラマの面白味が薄くなる。逆に説明が多すぎると煩わしくなるし、他のことを描く時間が足りなくなる。

 ハットフィールドが「レディーの前では葉巻を慎むのが紳士のたしなみだ」と言うと、ブーンは「3週間ほど前に、紳士に撃たれた奴の手当てをしたが、弾は後ろから入っていたよ」と静かに嫌味を告げる。
 このセリフだけで、ハットフィールドが単なる「ええカッコしい」で、真の意味での紳士ではないことが分かる。もちろんブーンが嘘を言っていれば話は別だが、そこまでの短い描写だけで、ブーンがそんな嘘をつくキャラでないことは伝わっている。

 ハートフィールドやゲートウッドがダラスを軽蔑する態度を取る中で、リンゴは彼女をレディーとして扱っている。紳士として振舞おうと付け焼刃でやっているハットフィールドや、社会的地位のあるゲートウッドよりも、表面的には荒っぽい男に見えるリンゴの方が、遥かに紳士的だ。
 ルーシーは序盤で、明らかにハットフィールドを気にしているような態度を示している。ダラスに対しては、かなりツンケンして見下す態度を取っている。だが、ダラスの手厚い看護を受け、終盤には詫びを入れる。
 そのような人間ドラマが上手く配置されている。駅馬車に乗り合わせた面々は、誰一人として「要らないキャラ」になっていない。

 西部劇と言えば、大抵は活劇シーンが見せ場であり、もちろん本作品における最大のセールスポイントも、終盤に待ち受けているアパッチの襲撃だ。
 しかし、この映画が西部劇の金字塔と呼ばれる名作になったのは、そこに至るまでの人間ドラマの充実度の高さがあるからだ。なんせ終盤までアクションは全く無いのに、それでも退屈せず、長いと感じることも無いのだから。

 もちろん襲撃シーンは魅力ある見せ場になっているが、「このままアクション無しで最後まで人間ドラマだけで終わっても満足できる仕上がりになったんじゃないか」と思うぐらいだ。この時代なのに「テンポがノロい」と感じさせない。捨てゴマ的に入るカーリーとバックのノンビリした会話シーンも、意外に楽しい。
 ただし、リンゴがダラスに求婚するのは、本人も認めている通り、やぶからぼうだよ。あと、ブーンがダラスに「ローズバーグへ行けば、お前のことも分かってしまう」という場面があるが、ダラスが隠しているらしい秘密が最後まで明かされないは気になる。もしかして、それは「ダラスが娼婦だということ」を意味していたのかな。

 クライマックスの戦いは、アパッチが駅馬車の馬を撃たない(馬を撃てば馬車が停まるので、簡単にリンゴたちを追い込むことが出来る)という御都合主義に、やや無理を感じる。
 「なぜ馬を撃たないのか」とアパッチ役のエキストラに訊かれた監督は、「そんなことをしたら映画が終わってしまうじゃないか」と答えたらしい。そりゃあ、確かに監督の言うことは尤もなんだけどさ。

 アパッチ襲撃が終わった後も話は20分ぐらい続くのだが、それが冗長だと感じてしまう。リンゴとプラマー兄弟との対決も、蛇足にしか感じないんだよな。クライマックスは2つも要らない。
 もうアパッチ襲撃で実質的に話は終わっている。プラマーとの因縁についてはセリフで語られているものの、そこで観客の気持ちが盛り上がるような流れには至っておらず、「もう話が一段落付いたのに、エピローグに行かず、まだ続けるのか」と、ちょっとテンションを上げるのが難しい。
 リンゴがプラマー兄弟を殺すためにローズバーグへ行くという設定は、排除しておいた方が良かったんじゃないか。

(観賞日:2010年7月21日)

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