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『春婦伝』:1965、日本

 天津で慰安婦をしていた春美は、友田という兵士を愛した。だが、その友田は日本から花嫁を連れて帰ってきた。春美は、その嫁を「日本に帰らなければお前を殺すぞ」と脅した。さらに友田にも「あの女と別れてしまわなければ殺す」と言い、キスをせがんで舌を噛み切った。友田に裏切られた春美は慰安婦仲間の百合子、さち子と共にトラックに揺られ、前線基地近くの慰安所へ向かった。

 途中、トラックは八路軍の襲撃を受けた。春美は、北京の病院からの帰りだという大隊本部の上等兵・三上真吉と出会った。慰安所「日の出館」に到着した春美たちは主人の町田日出吉と会い、ほぼ千人の兵士が来ることになるという説明を受ける。
 春美たち3人の他に10人の慰安婦がいて、一大隊を引き受けることになる。そこへ憲兵分遣隊の秋山隊長がやって来た。同じ宮城県出身ということで、彼と百合子は盛り上がった。

 仕事は翌日からと言われたが、春美は「今から商売を始めるよ」と告げた。彼女が倉持曹長の相手をしていると、高慢な態度で成田副官が乗り込んできた。
 成田は威張り散らして倉持を追い払い、反発する春美を銃で殴り付けた。しかし成田の暴力的な性行為に、彼女の体は敏感な反応を示した。慰安婦のみどりたちも成田の態度には腹を立てていたが、抱かれるとダメになってしまうのだという。

 翌日、大勢の兵士たちが慰安所に押し寄せ、次々に女たちの体を求めそんな中、そんな中、三上が部屋に現れると、春美の顔が輝いた。だが、成田の当番兵である彼は、「今夜、副官殿が来られる。夜は客を取らぬように」と告げるために来たのだった。
 春美は「あたし、副官の女じゃないよ。大きな口きくなと言っといてくれよ」と反発した。そして客の兵士に、「あたしは汚らわしい?あの当番、あたしを汚らしそうな目で見やがって」と三上への憎しみを漏らした。

 その夜、春美を抱いた成田は、「当番兵の三上を見ろ。あいつは徹底的に飼い馴らされた犬だ。俺の言うことなら何でもする。兵隊の標本みたいな奴だ。お前も、あまり逆らわん方が得だぞ。俺には軍隊の絶大的な権威がある」と尊大な態度で言った。
 三上は成田から理不尽な暴力を受けても、何の抵抗もしなかった。春美は三上の澄んだ目を見て、「コイツを誘惑して、副官に反抗させることが出来たら。今に見てろ。あんたの権威なんか、ズタズタにしてやるから」と心に決めた。

 春美は三上に迫り、「あんたの、その目が憎いわ。あたしを何だと思ってるの。犬?豚?豚なら豚でいいよ。豚には豚の考えがあんのよ」と告げて押し倒した。三上は「どけっ。バカにすんな」と春美を突き飛ばし、平手打ちを食らわせた。その途端、春美は大声で泣き出した。
 その声を聞き付けた慰安婦たちが集まってきて、三上を「男のクセに女を殴って」「春美にはね、副官が付いてんのよ」と口々に責めた。春美は泣きながら「違う、違うのよ」と叫んだ。

 ある夜、成田が寝ているベッドを抜け出した春美は、外で待機している三上の元へ向かった。三上が「頭が痛い」と言うと、春美は彼に「休んで行きなさいよ」と告げて藁床に寝かせた。春美がズボンを脱がそうとすると、三上は慌てて止めた。
 「あんた、震えてるの。女と寝たことないの」と春美が嬉しそうに言うと、三上はズボンを自ら脱いだ。関係を持った後、三上は「ダメだ、俺は何だって、こんなことしちゃったんだ」と泣き出した。春美は「いいのよ、いいのよ」と彼の頭を優しく撫でた。

 かつて見習い士官だった宇野は、反軍思想を持っていたせいで一等兵に降格された。成田は隊の名誉のため、彼を軍法会議に回さなかった。監視を命じられている班長の木村は、「自分を軍法会議に回したらどうなんです」と挑戦的な態度を取る宇野を殴打した。
 宇野は三国人の慰安婦・つゆ子の部屋に行き、「哲学断想」を読むのが唯一の楽しみだった。そこなら他の兵士たちが寄り付かない。つゆ子は三国人ということで、日本人慰安婦より賃金が安かった。日本人と同じ金をくれるのは、宇野だけだった。

 春美は成田が熟睡しているのを確認し、部屋を出て三上の元へ向かった。三上は「あの電報を早くお見せしないと」と焦るが、春美は「副官がなんだ。副官なんか死んじまえ。どうして妬かないのよ」と怒った。
 「階級が違う。偉い人が何をしたって何も思わないさ」と三上が言うので、春美は「じゃあ、あたしが副官と何をしたって平気?あんた、それで苦しくないの」と問い掛ける。「別に何ともないな。仕方が無いじゃないか」と三上に告げられ、春美は激しいショックを受けた。

 三上は成田に呼ばれ、引き止める春美を押し退けた。電報には重要なことが書かれていたため、起こさなかった三上は成田の暴力を受けた。その電報には、分遣隊が八路軍に襲撃されたことが記されていたのだ。
 尖兵小隊の成田や三上、宇野たちは、急いで出発した。だが、現地に到着すると八路軍は既に去っており、分遣隊の倉持曹長たちの焼けた死体が転がっていた。内通者と決め付けられた民間人は、無残に斬り殺された。宇野は馬を盗み、撃たれながらも脱走した。

 秋山が日の出館に陣中見舞いを持って行くと、慰安婦たちはさち子の結婚話で盛り上がっていた。ある開拓農民が、息子の嫁にしたいと持ち掛けてきたのだ。春美は「素敵ね」と笑みを浮かべた。百合子は「お金が足りなかったら少しずつ出してやろうよ」と告げた。部隊が戻ったので、春美は三上を迎えに出たが、薄情な態度を向けられた。
 夜、宴が行われる中、春美は昼間のことで三上に悪態をついた。成田に聞かれると困るので、三上は慌てて彼女の口を押さえ、「これ以上、口を聞いたらもう絶対に行かないぞ」と告げた。

 成田が酔い潰れているのを確認した三上は、柵を越えて春美に会いに行く。三上と春美は藁床で抱き合うが、外に出たところで巡察隊に発見された。三上は西門の営倉に入れられた。その西門から、八路軍が襲撃を仕掛けてきた。
 春美が三上を心配すると、成田は激怒して刀を抜こうとする。春美は三上のことを聞き回り、彼が射手として営倉を出され、壕にいることを知った。激しい攻撃の中、春美は壕へと走った。三上は深手を負い、壕の中で動けなくなっていた。

 春美が三上を横たえて隣に寝転んでいると、八路軍の兵士たちが現れた。2人は捕虜になり、八路軍の陣地である石窟に連行された。三上は軍医の手当てを受け、意識を取り戻した。
 八路軍の政治部員が現れ、三上に「日本の兵隊は憎みません。国際法の捕虜の権利は保障します。しかし、日本軍は捕虜を認めない。もし帰っても、軍法会議で処刑される。ここにいる方が安全だと思います。もちろん協力してもらわなけりゃならない、どうですか」と語り掛けた。

 春美は「あんたの悔しい気持ち、よく分かる。だけど、しょうがないじゃない」と八路軍の誘いに乗るよう促すが、三上は同意しなかった。そこへ、八路軍の仲間となっていた宇野が現れた。
 激昂する三上に、彼は「考えてみろ。お前、このシナでどんないいことをしたんだ。シナがシナが政治をする。しばらくシナ人と生活をしないか」と持ち掛けた。だが、三上は「俺は日本の軍人だ。売国奴の言うことなんて当てになるか。生きて捕虜の辱めを受けずというのが日本の軍人だ」と激しい口調で拒絶した。

 八路軍が石窟を去り、三上と春美だけが残された。春美は石窟の近くを通る日本軍を見つけ、声を掛けた。三上は営倉に入れられ、春美は日の出館に戻された。
 百合子が秋山と会い、三上が太源の司令部に送られて軍法会議に掛けられることを聞き出した。慰安婦たちの元に、さち子が戻ってきた。彼女はあの人の息子、キチガイだった。あたしたちはマトモな結婚なんか出来ないんだ」と号泣した。

 成田は「よくも俺の顔に泥を塗ってくれたな」と春美を殴り付けた。春美は「軍法会議に回さないで」と泣いて頼むが、成田は「あいつは日本の兵隊じゃない。銃殺しても構わんのだ」と冷たく言い放った。三上は捕虜にならずに戻ってきたため、自分は処刑されずに済むと信じていた。
 秋山の計らいで三上と会わせてもらった春美は、軍法会議に送られることを話した。三上は「罪人として処罰されるのは嫌だ。だから、その前に逃げる」と言い、万一の用意として手榴弾を手に入れるよう春美に頼んだ…。

 監督は鈴木清順、原作は田村泰次郎、脚本は高岩肇、企画は岩井金男、撮影は永塚一榮、編集は鈴木晄、録音は片桐登司美、照明は高島正博、美術は木村威夫、音楽は山本直純。

 出演は川地民夫、野川由美子、玉川伊佐男、小沢昭一、杉山俊夫、平田大三郎、石井富子(石井トミコ)、初井言榮、今井和子、下元勉、高品格、江角英明、松尾嘉代、木浦佑三、野呂圭介、木島一郎、木下雅弘、藤岡重慶、加地健太郎、三井秀顕、宮原徳平、河野弘、村田壽男、久松洪介、長弘、島村謙二、近江大介、里実、千代田弘、戸波志朗、柴田新三、澄川透ら。

 田村泰次郎の同名小説を基にした作品。鈴木清順が田村泰次郎の小説を映画化するのは、1964年の『肉体の門』に続いて2度目。その『肉体の門』で映画デビューした野川由美子が、今回は春美を演じている。
 1966年の『河内カルメン』も含めた3本を、鈴木清順による「野川由美子3部作」と称することもある。1950年には同じ原作が『暁の脱走』として東宝で映画化されており、その時は監督が谷口千吉、三上役が池部良、春美役が山口淑子だった。

 三上を川地民夫、春美を野川由美子、成田を玉川伊佐男、秋山を小沢昭一、友田を杉山俊夫、百合子を石井富子(現・石井トミコ)、つゆ子を初井言栄、さち子を今井和子、八路軍の政治部員を下元勉、みどりを松尾嘉代、木村を藤岡重慶、宇野を加地健太郎が演じている。
 ビリングトップは川地民夫と野川由美子の並列だが、実際には明らかに野川由美子が主演で、川地民夫は助演だ。
 なお、タイトルは、実際には「春婦傅」という旧字体で表示される。

 春美が「三上を誘惑して成田の権威をズタズタにしてやろう」と考えるのは、成田の暴力や威張り散らす態度に腹が立ったからではない。そんな嫌な男の愛撫に自分が感じてしまったから、腹立たしくなって仕返ししてやろうとするのだ。
 それって、ほとんど逆恨みみたいなモンだよな。成田を憎んでけど暴力的に抱かれると感じてしまうってのは、いかにもマチズモ的な描写だと感じる。それは鈴木清順がそうだということじゃなくて、もちろん原作がそうなっているんだろうが。

 最初は成田の権威を貶めるために三上を誘惑しようと考えた春美だが、本気で彼を愛するようになってしまう。それが最初に見えるのは、慰安婦たちが三上を責める中、春美が泣きながら「違うのよ」と叫ぶシーンだ。
 「本気で三上を愛するようになった」とするには、そのためのドラマ描写の時間は、決して長いわけではない。しかし野川の演技が素晴らしいので、説得力は充分だ。

 だが、全身で愛を表現しようとする春美に対し、三上は同じ立場に立とうとはしない。彼には軍人としての考えが染み付いており、成田に妬かないことを責められても「階級が違う。偉い人が何をしたって何も思わないさ」「別に何ともないな。仕方が無いじゃないか」と口にする。
 そこに苦悩の表情は無い。「本当は辛いけど仕方が無いんだ」という感じではない。彼にとっては、上官が何をしても言いなりになるのが当たり前であり、何の反抗心も疑問も沸かないのだ。

 それが春美には耐えられない。彼女は三上に「どうして憎まないの。罵らないの。分からないわ。あたしが知ってるのはアンタの体だけ。ちっともアンタ分からない」と感情をぶつける。
 だが、そんな飼い馴らされた犬だった三上にも、少しだけ変化が生じる。成田の目を盗み、春美に会いに来るのだ。春美は喜び、「副官に面当てする気持ちでアンタに近づいたの。アンタをメチャメチャにしてやろうと思って。メチャメチャになったのは、あたしの方だった」と打ち明ける。

 だが、そんな幸せな時間は、あっという間に終わる。三上は営倉に入れられ、そこへ八路軍が襲撃してくる。三上と春美は捕虜になり、「ここにいれば安全だが協力はしてもらう」と告げられる。
 春美は「愛する男と生き抜くためなら、シナと生活することも構わない」と考えるが、三上はそれを辱めだと考え、激しく拒絶する。彼にとっては、愛する女と一緒に生きることより、軍人としての誇りを持って死ぬことの方が上なのだ。

 ようするに三上にとっては、春美との愛は、その程度の価値でしか無いのだ。全身全霊で愛に生きようとする女、怒涛の愛に生きる春美とは、まるで次元が異なる。
 遠慮しつつも春美に惹かれ、それなりの行動は取るが、「愛のためなら何もかも捨てる、全て犠牲にする」といった覚悟や男気は無い。頭のてっぺんからつま先まで軍人である彼には、全身全霊の愛など考えられないのだ。

 軍法会議に送られることを知って、ようやく三上も軍人であることより、愛を知った人間としての行動を選択しようとする。虚しい形ではあるが、軍人としての呪縛を捨て去り、生きようと決心するのだ。
 だが、その直後、成田が三上の抹殺指令を出す。そこでの殺害を免れたものの、結局、三上は生の逃避行を選ばなかった。最終的に、女と生きることよりも軍人としての誇りを持って死ぬことを選んだのだ。
 そして春美も、一人で生き延びるより、愛のために心中することを選ぶ。愚かであり、そして哀れである。

 春美が友田と嫁を恫喝する冒頭の幻想的シーンや、三上にビンタされる時のスローモーションなど、清順美学による映像演出が色々と行われている。
 三上に「(君が何をしようと)別に何ともないな。仕方が無いじゃないか」と言われてショックを受けるシーンでは、春美が外に飛び出した途端に裸になり、成田に抱き付いていると、嫉妬に狂った三上が銃剣を抜いて追い掛けてくるという妄想が展開される。だが、部屋の扉を開けた三上は敬礼して「当番参りました」と言うだけで、春美が現実に引き戻されるという次第だ。

 そのように、清順美学もあるのだが、それよりも本作品は、完全に「野川由美子の映画」と言ってもいい。 前作『肉体の門』でも彼女の存在感は素晴らしかったが、清順美学の方が力関係では上だった。しかし今回は、彼女の存在感が圧倒的に勝っている。
 鈴木清順の美学では抑え切れないほど(別に女優を抑えようとしてやっているわけではないだろうが)、野川由美子のパワーとエナジーがビシビシと伝わって来る。そんなに多く彼女の主演作を見たわけではないが、代表作の1本であることは間違いないだろう。

(観賞日:2010年9月14日)

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