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《十八. 雷次、アメリカで侍になる 》

 一週間のアメリカ旅行を終えて、雷次は日本へ戻った。
 帰国した彼が復帰一発目の仕事に選んだのは、本人の監督作ではなく、助監督である大神羊助の監督デビュー作だった。
 1975年9月に公開された大神のアクション・コメディー映画『あぶない奴らの愚かな戦い』で、雷次は製作を担当した。
 その仕事が済んで、いよいよ自分の企画に取り掛かろうとした矢先、思い掛けないオファーが飛び込んできた。

 「あの、仕事の依頼が来たんですけど」
 マネージャーの福井至恩が、落ち着きの無い態度で雷次の前に現れた。
 「どうした、あまり嬉しくなさそうな様子だが。仕事の依頼なら、もっと嬉しそうに報告しろよ」
 「いえ、嬉しくないわけじゃなくて、ちょっと理解できなくて」
 「理解できない仕事って、何だよ」
 「アメリカからの依頼なんですけど」
 「はあっ?」
 雷次は怪訝な顔になったが、すぐにアメリカ旅行と結び付けた。

 「あの屋敷の主人が、またパーティーに来てほしいとでも言ってきたのか」
 「いえ、映画の仕事です」
 「映画?」
 雷次は首を捻った。
 「どういうことだ?俺にも理解できなくなってきたぞ」
 すると竜子が来て、
 「簡単よ、アメリカから映画の仕事が来た。それだけのこと」
 と、冷静な口調で述べた。

 「雷次さん、ポール・バーテルという人を知ってる?」
 「いや、面識が無い」
 「でも、向こうは貴方を知ってたのよ。それで、仕事を依頼してきたというわけ」
 ポール・バーテルは映画俳優・監督であり、1975年には『デス・レース2000年』の監督を務めている。そんな彼は、ルー・ゲニーゴのパーティーに来ていた。あの時、風太に
 「彼はサムライ・アクションも出来るのか」
 と質問したのは、彼だった。

 「俺みたいな人間に、アメリカから仕事が来るようになったか。嬉しいことじゃないか」
 雷次は素直に喜んだが、竜子は複雑な表情を見せた。
 「でも、監督をやってくれという依頼じゃなくて、役者として映画に出て欲しいという話なのよね」
 ポール・バーテルも『魔銃変』を見ており、JCを演じた雷次の圧倒的な存在感に目を奪われた。彼は『デス・レース2000年』の後に『爆走!キャノンボール』という作品を撮っているが、その次回作の構想を練る中で、あのパーティーにおける雷次のパフォーマンスを目にした。その時に彼は、自分の映画に登場させるキャラクターにピッタリだと感じたのだ。

 「そりゃあ『魔銃変』でJCをやるよう勧めたのは私だけど、貴方の本業はあくまでも監督。だから、役者の仕事で依頼があっても、素直に喜んでいいのかどうか」
 「そんなことを気にしているのか。俺に気遣いしているなら、その必要は無いぞ」
 雷次は、サラッと言った。
 「わざわざアメリカから、映画に出てほしいと頼んできたんだ。俺を求めてくれるのなら、監督の仕事じゃなくても応じるさ。アメリカで映画に関われるチャンスなんて、滅多に巡って来るわけじゃないしな」

 こうして雷次はオファーを承諾し、役者としてアメリカ映画界に進出することとなった。
 雷次は渡米を前にして英語を猛特訓し、スタッフや出演者と顔を合わせる際には、日常会話程度なら話せるようになっていた。
 映画の主演俳優は『イージー・ライダー』のピーター・フォンダで、他には怪奇映画の三大スターの一人であるヴィンセント・プライス、元NFLプレーヤーのジム・ブラウン、ロバート・フォスターといった面々が共演者だった。

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  『サムライロイド』(日本語題『機械剣豪ムサシ』)

  〈 あらすじ 〉

 近未来。ロボット会社「ケンドリック」は会社の宣伝用に侍ロボット(ライジ・サノ)を開発し、ニック・ホープ(ピーター・フォンダ)が警備主任を務める巨大遊園地「テンパーランド」で一般公開されることになった。侍ロボットは人間そっくりの外見を持っており、立ち回りのパフォーマンスを行うようプログラミングされていた。

 公開日を前にして侍ロボットがテンパーランドに搬入され、ケンドリック社のスタッフが最終チェックに入った。その翌朝、技術主任が惨殺死体で発見された。刑事のアンソニー・ルイス(ジム・ブラウン)とスコット・マクドネル(ロバート・フォスター)が、捜査を開始した。
 その後もケンドリック社やテンパーランドのスタッフが次々に殺され、ニックの親友も命を落とした。被害者は全員、鋭い刃物で首を落とされていた。

 やがてニックは、デニス・ウィルホイト博士(ヴィンセント・プライス)が事件に関与していることを突き止める。ウィルホイトはケンドリック社で侍ロボットの開発に携わっていたが、問題行動を理由に解雇された。それを逆恨みした彼は、こっそりと侍ロボットに細工を施し、暴力行為をプログラミングしたのだ。
 だが、ウィルホイトの想定を超えて、侍ロボットは暴走を開始してしまった……。

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 作品は近未来を舞台とするSFアクションで、テーマパークのために作られたロボットの侍が暴走し、人々をパニックに陥れるという内容だ。
 その侍ロボットを演じる役者として、雷次はオファーされたのだ。ロボットなので、セリフは無く、感情の変化を芝居で表現することも要求されなかった。

 しかし雷次は最初、難しさを感じた。殺陣のシーンで、本物の侍ではなく、ロボットらしい動きを求められたからだ。ゆっくり動けばロボットらしくなるが、それだと殺陣の鋭さや迫力が出ない。
 そこで彼は、普通のチャンバラでは弧を描くよう、しなやかに刀を振るところで、あえて角を付けるようにした。そうすることで、スピード感や鋭さを殺さず、なおかつギクシャクとしたロボットらしさを出したのだ。

 撮影現場にはアクション・コーディネーターがいたが、チャンバラに関しては完全に素人だった。そのため、侍ロボットがピーター・フォンダやジム・ブラウンたちと戦う場面に関しては、雷次が擬斗を担当することになった。
 侍同士の戦いではないため、相手は刀をかわしたり、物を盾にして防いだりという動きになる。そこで雷次は、まず相手の俳優にアメリカ式のケンカ・ファイトの動きを付け、それに合わせて自分の立ち回りを考えた。

 そんな苦労もあったものの、雷次は作品への出演を大いに楽しんだ。初めてのアメリカ映画だったが、まるで緊張は無かった。特に彼は、ヴィンセント・プライスと共演できることに喜びを感じ、流暢とは言えない英語で積極的にコミュニケーションを取った。

 撮影が続く中、雷次はプライスから、
 「私にも刀の使い方を教えてくれないか」
 と頼まれた。
 「今度、イタリア映画に出演するんだ。そこで騎士を演じる予定なんだが、たぶん剣を使うシーンもあるだろう。それで、コーチしてもらえないかと思ってね」
 「騎士の役ですか」
 雷次は、少し戸惑いを覚えた。

 「実は、日本の侍の剣術と、ヨーロッパの騎士の剣術は、全く違うんですよ」
 「そうなのかい?」
 ヴィンセント・プライスが小さく驚いた。あまりアクションに詳しくない西洋の人間からすれば、同じようなものに見えるのだろう。
 「ええ。侍の刀は、相手を斬るために使います。でも昔のヨーロッパの剣は基本的に、重量を利用して相手を殴るような動きか、あるいは突き刺すかという使い方をするんです。ちょっと見ていて下さい」

 雷次は、日本刀と西洋剣の違いを実演してみせた。騎士を演じた経験は無かったが、その手の映画は見ており、殺陣の付け方についての知識は持っていた。
 「なるほど、確かに全く違う。分かりやすい説明だったよ。ちょっと私もやってみるから、アドバイスしてくれないか」
 「ええ、俺で良かったら」
 撮影の合間を使っての短い時間だったが、雷次はプライスの剣術コーチを担当した。

 結局、そのイタリア映画でプライスが剣を振るうシーンは無く、雷次のコーチングは無駄に終わった。しかし、雷次にとっては楽しい思い出となった。
 そして結果的には、この映画の出演を引き受けたことが、アメリカでの監督デビューにも繋がるのである。


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