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『すべての美しい馬』:2000、アメリカ

 1949年、テキサス州サンアンジェロ。青年のジョン・ブレイディー・コールは、それまで祖父の牧場で働いていた。ジョンは祖父を尊敬し、彼のようなカウボーイになりたいと望んでいた。
 しかし祖父が死去し、相続人である母は牧場を石油会社に売却することを決めた。母は新しい亭主とサン・アントニオに住んでおり、女優を目指している。

 ジョンは弁護士に相談するが、「どうにもならない」と言われてしまう。ジョンの父は妻が用意した書類に片っ端からサインして、自分を守る気が全く無かった。ジョンは父に相談するが、力になれないことを告げられるだけだった。
 ジョンは友人のレイシーに、メキシコへ行く意思を告げた。「メキシコなら大きな牧場がある。こことは違う」と、彼は夢を思い描いていた。

 ジョンはレイシーと共に、馬に乗ってメキシコへと向かう。途中、2人はジミー・ブレヴィンズと名乗る少年に出会った。ジョンとレイシーは、彼が名馬に乗っていることを不審に感じた。しかし尋ねてみると、ジミーは「俺の馬だ」と主張する。
 ジョンたちは付いてこないように要求するが、休憩を取っていると、ジミーは近寄ってきた。結局、ジョンたちはジミーを一緒に連れて行くことにした。ジミーは父を戦争で失い、母の再婚相手に鞭で打たれたので家を飛び出したことを明かした。

 空に雷雲が広がり始めると、途端にジミーは落ち着きを失った。彼の家系は、多くの男たちが雷によって命を落としているのだという。
 ジミーは銃やブーツなど金目の物を外し、下着姿で溝の中にしゃがみ込んだ。ジョンとレイシーは、彼を放置して退避した。雨上がりに溝へ戻ると、ジミーの馬も銃も無くなっていた。誰かが持ち去ったのだ。

 近くの村に到着したジョンたちは、ジミーの銃を持っている男を発見した。ジミーは奪い返そうとするが、ジョンとレイシーが制止した。ジミーが馬を奪還しようとしたため、ジョンは指示に従うよう言い聞かせ、協力することにした。
 だが、ジミーは指示に従わず、勝手に行動して馬を奪う。村人たちから追われたため、ジミーは「この道の先で会おう」と言ってジョンたちと別行動を取った。

 ジョンとレイシーは河畔で牛を追うカウボーイたちに出会い、職探しをしていることを説明した。そのカウボーイたちは、エクトル・デ・ラ・ロチャというメキシコ人の大牧場で働いていた。
 ジョンとレイシーは、ロチャの牧場で雇ってもらった。ジョンはロチャの娘のアレハンドラに目を奪われた。ロチャに「テキサスからずっと2人だけで来たのか」と問われたジョンは、そうだと答えた。途中でジミーと一緒だったことは話さなかった。

 ジョンはアレハンドラと愛し合う関係になり、逢瀬を重ねた。2人の関係は、周囲に知れ渡った。ジョンはアレハンドラの大叔母であるアルフォンサに呼ばれ、2人で会うことをやめるよう諭された。
 アルフォンサはジョンに、「若い娘の評判を傷付けないで。メキシコでは女の持ち物といったら評判だけ」と説いた。だが、2人の恋心は止められず、その後も逢瀬を重ねた。しかし、アレハンドラは軽飛行機に乗せられ、別の場所へ連れて行かれた。

 ジョンとレイシーは警官に逮捕され、留置場に放り込まれた。留置場にはジミーの姿があった。彼は銃の奪還に戻り、それを持っていた男と追ってきた騎馬警官を射殺していた。ジョンたちはジミーの共犯として逮捕されたのだ。
 ジョンは警察署長に面会し、馬がジミーの持ち物だったことを説明する。だが、署長は「それは事実じゃない。事実はここで作る。消すことも出来る」と告げる。

 ジョンはレイシーに、3日後にはサルティーヨの刑務所に送られること、警察が取り引きを持ち掛けて来たことを語る。取り引きの内容は、「ジミーの処刑について黙っていろ」というものだ。ジョン、レイシー、ジミーはトラックで連れ出された。署長は荒野の真ん中で車を停め、ジョンたちを引きずり出した。そして警察はジョンとレイシーの眼前で、ジミーを射殺した。
 刑務所に収容されたレイシーは、すっかり弱気になった。彼は囚人に襲撃され、病院送りになった。ジョンは調達屋の囚人に金を渡し、ナイフを手に入れた。食堂で襲われたジョンは、傷付きながらも相手を刺し殺した。

 医者の治療を受けた後、ジョンは所長室に呼ばれ、釈放を言い渡された。アルフォンサが金を出したのだ。一緒に釈放されたレイシーは、テキサスへ戻るバスに乗った。
 レイシーに別れを告げたジョンは、アルフォンサの元を訪れた。彼女はジョンに、逮捕の前にも警官が来ていたが、信じたがっていたロチャが自分で調べるため追い払っていたことを明かす。アルフォンサは、ジョンがジミーと一緒にいた事実を隠していたことを非難した。

 アルフォンサは、アレハンドラの願いを聞き入れてジョンの釈放に金を支払ったことを明かした。そして、アレハンドラが二度と会わないという誓いを立てたことを告げた。「あの子は決して私との約束を破らない」とアルフォンサは述べ、電話番号を教えた。
 ジョンは電話を掛け、「どうしても会いたい」としつこく食い下がる。アレハンドラは、次の朝に駅で会うことを承知した。ジョンは結婚してテキサスへ行こうと誘うが、アレハンドラは「この約束だけが私の誇りなのよ。それを破ったら私は何なの」と言い、涙で別れを告げた…。

 監督はビリー・ボブ・ソーントン、原作はコーマック・マッカーシー、脚本はテッド・タリー、製作はロバート・サレルノ&ビリー・ボブ・ソーントン、共同製作はブルース・ヘラー、製作総指揮はサリー・メンケ&ジョナサン・ゴードン、撮影はバリー・マーコウィッツ、編集はサリー・メンケ、美術はクラーク・ハンター、衣装はダグ・ホール、音楽はマーティー・スチュアート&クリスティン・ウィルキンソン&ラリー・パクストン。

 出演はマット・デイモン、ヘンリー・トーマス、ルーカス・ブラック、ペネロペ・クルス、ルーベン・ブラデス、ロバート・パトリック、フリオ・オスカー・メチョソ、ミリアム・コロン、ブルース・ダーン、サム・シェパード、マシュー・E・モントーヤ、ロニー・ロドリゲス、ロベルト・エンリケ・ピネダ、ヴィンセンテ・ラモス、エリザベス・イバーラ、フレデリック・ロペス、アグスティン・ソリス、エドウィン・フィゲロア、J・D・ガーフィールド、ローラ・ポー、マーク・マイルス、J・D・ヤング、イヴェット・ディアス他。

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 全米ベストセラーとなったコーマック・マッカーシーの同名小説を基に、『スリング・ブレイド』のビリー・ボブ・ソーントンが監督を務めた作品。
 ジョンをマット・デイモン、レイシーをヘンリー・トーマス、ジミーをルーカス・ブラック、アレハンドラをペネロペ・クルス、ロチャをルーベン・ブラデス、ジョンの父をロバート・パトリック、警察署長をフリオ・オスカー・メチョソ、アルフォンサをミリアム・コロン、判事をブルース・ダーン、弁護士をサム・シェパードが演じている。

 序盤、牧場の売却を何とか阻止できないかと相談するジョンに、弁護士は「世の中には、どうにもならないことがある」と、淡々とした調子で告げる。
 この言葉は、それ以降の展開にも繋がってくる。ジョンは「どうにもならないことがある」とは思っていないから、抗おうとする。自由に生きることは可能なのだと、彼は信じている。

 ジョンはメキシコへ渡って様々な出来事に遭遇し、「世の中には、どうにもならないことがある」と知って打ちのめされる。だが、ジョンは打ちのめされ、絶望してしまうわけではない。彼は厳しい現実を受け止めた上で、自分なりの生き方を見つけ出そうとする。
 原作がどういう内容なのかは知らないが、少なくとも、この映画はビルドゥングス・ロマンとして作られている。

 ジョンは、もはや消え行く存在と言ってもいいカウボーイの血筋に生まれ、カウボーイとしての生き方に憧れていた。アメリカでの牧場生活が不可能になると、失われた夢がメキシコにあると考える。
 だが、人生とは、そんなに甘いものではない。カウボーイとしての生活は確かにあったが、理想ばかりではない。メキシコはメキシコであって、古き良きアメリカではないのだ。

 「男は名誉が傷付いても回復できるけれど女は出来ません」とアルフォンサからアレハンドラとの付き合いを禁じられ、ジョンは「それは正しいとは思えない」と反論する。だが、自分が正しいと思っていることが、常に通るとは限らない。
 ジョンはアメリカ人としての正義、アメリカ人としての自由を信じている。しかしジョンが思う正当性や、テキサスでは通用したルールなど、その土地の掟の前では、何の意味も持たない。

 ジョンからすれば、アルフォンサはアレハンドラとの恋路を邪魔する悪玉だ。しかし、メキシコという土地においては、ある意味で「正しいこと」を言っているのだ。
 中盤辺りからアレハンドラとのロマンスが描かれ、中断期間を経て再びロマンスに戻るが、その恋模様やアレハンドラという女性より、ジョンとアルフォンサの会話の方が、実は重要な要素だ。

 その土地には、その土地の流儀がある。そのことに、良くも悪くも真っ直ぐなジョンは、なかなか納得が出来ない。ジョンはジミーを逮捕した警察署長に対して、「真実は一つだ」と主張する。
 ジョンにしてみれば、ジミーは馬泥棒ではないので、逮捕されるのは不当なのだ。しかし、真実など何の役にも立たないケースもある。世の中は理不尽に満ちているのだ。

 アレハンドラから「誇りを守るため」に別れを告げられたジョンは、自分も誇りを守る(誇りを取り戻すと言った方が適切かもしれない)ための行動に出る。
 それはカウボーイとしての誇りであり、だから彼の行動は「馬を取り返す」ということになる。ジョンは警察署長を脅し、馬泥棒の元に乗り込み、足を撃たれながらも馬を奪い返す。

 誇りのために行動したジョンは、メキシコへ渡ってから初めて、「留置所から逃がしてやったインディアンに救われる」という、理不尽ではないことに遭遇する。ジミーを助けた時には、そのせいで刑務所に入れられたが、「情けは人のためならず」という、自分たちのルールにおいて正しかったことが、ようやく通用するのだ。
 そして彼は、アメリカに戻る。判事の元へ連行されるが釈放され、その判事に殺人を打ち明け、レイシーに馬を返しに行く。
 苦味のある成長物語は、清々しい印象を残して終わる。

(観賞日:2009年5月10日)

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