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『パターソン』:2016、アメリカ&フランス&ドイツ

 月曜日。パターソンは目を覚まし、棚に置いた腕時計を見て時刻を確認する。ベッドの隣で眠っていたローラは目を覚まし、「素敵な夢を見たわ。私たちに双子がいるの」と話す。パターソンはマッチ箱を眺めながら、朝食にシリアルを取る。
 家を出た彼は市場通りのバス車庫へ行き、思い付いた詩をノートに書き留める。バス車庫長のドニーが来て、準備が出来たかどうか確認する。運転手として働くパターソンは、バスを発進させる。乗客の少年は友人に、ハリケーン・ハンターについて語る。

 昼休み、パターソンは公園のベンチに座り、ローラが作ってくれたサンドウィッチを食べる。彼はノートを開き、詩の続きを書く。仕事を終えて帰宅したパターソンは、ローラから「週末のバザーで私の作ったカップケーキが良く売れたら、お告げかもしれないわ」と言われる。
 「何の?」とパターソンが訊くと、彼女は「カップケーキの商売をする私の夢よ」と答える。ローラからカーテンに描いた絵について感想を聞かれたパターソンは、「素敵だ」と褒める。

 「貴方の詩を世に出すべきよ」とローラは言うが、パターソンは冗談だと捉える。ローラは真剣だと告げるが、パターソンは軽く受け流す。「カップケーキで稼げるかもしれない」という妻の言葉に、彼は「いつでも歓迎だ」と告げる。
 パターソンは愛犬のマーヴィンを夜の散歩に連れ出し、ドクが営む馴染みのバーに立ち寄った。友人のサムと久々に遭遇したパターソンは、彼からフィラデルフィアに住む兄のデイヴを紹介された。

 火曜日。パターソンが起床すると、ローラは「古代ペルシャにいる夢を見たわ。貴方は銀色の象に乗っていた」と話す。パターソンは出勤し、バスで待機している間に詩を書き留める。ドニーはパターソンの元へ来て「最悪だ」と漏らし、「娘は歯の矯正、車は修理が必要」と幾つもの愚痴をこぼした。
 パターソンがバスを運行させていると、若者2人組のジミーとルイスが「女性と親しくなったが、セックスには至らなかった」という似たような体験について語り合った。パターソンが帰宅すると、ローラは「詩のコピーを取って。いつか発表したくなるかもしれない。もう1年は頼み続けているわ」と言う。彼女の頼みを受け、パターソンは「週末に取るよ」と約束した。

 ローラはパターソンに、動画サイトでギターのデモ演奏を見て弾きたくなったことを明かす。彼女は教則本の付いたギターセットが欲しいと言い、「年を取るとチャレンジが必要よ。高いけどローンで払えばいい」と話す。
 値段を聞いたパターソンは少し驚いたが、「君ならカントリー歌手になれるよ」とOKした。マーヴィンの散歩に出掛けたパターソンは、コンバーチブルの男たちに声を掛けられた。男の1人は、「その犬は乗っ取られるぜ。しっかり守っとけよ」と警告した。

 バーに立ち寄ったパターソンは、友人のマリーと遭遇した。マリーは2週間前に別れた元カレのエヴェレットに付きまとわれ、辟易した様子を見せていた。エヴェレットはヨリを戻したがっていたが、マリーは完全に彼への気持ちが失せていた。
 エヴェレットはパターソンとドニーに、「彼女なしでは生きていけない。なのに突き放された」と嘆く。その様子を見たパターソンとドニーは、思わず笑ってしまう。ドニーはエヴェレットに酒をおごり、3人で一緒に飲んだ。

 水曜日。パターソンは仕事へ行き、昼休みには詩を書いた。彼が帰宅すると、ローラは壁やドアにペンキを塗っていた。「詩は書けた?」と問われたパターソンは、「少しね。君に捧げる詩だよ」と告げる。
 ローラは「読むのが待ち遠しい」と言い、注文したギターが2日後に届くことを嬉しそうに話す。彼女は「夕食を作るわ。新しい料理よ」と言い、キヌアだと教える。キヌアを知らないパターソンに、ローラは古代インカで栽培されていた食材だと教えた。

 マーヴィンの散歩に出掛けたパターソンは、コインランドリーでラップをしている男性を目撃した。その内容にパターソンが聞き入っていると、ラッパーがマーヴィンに気付いた。ラッパーはパターソンに、まだ作っている途中だと言う。
 「君のスタジオかい?」という質問に、ラッパーは「詩の浮かんだ所がスタジオさ」と告げた。パターソンはラッパーに別れを告げ、いつものバーへ出掛けた。パターソンはカウンターに座り、女性を口説くドニーや他の客たちの様子を観察した。

 木曜日。パターソンが目覚めると、ローラは「夜、帰って来た時の匂いが好きよ。うっすらとビールの匂い」と言う。パターソンがバスを運転していると、女子大生が友人の男性にイタリア人アナーキストのガエタノ・ブレーシについて説明した。
 昼休みに入ると、パターソンは詩を書き留めた。彼が車庫に戻ると、ドニーは疲れた様子を見せた。「大丈夫か」とパターソンが声を掛けると、ドニーは「最悪だよ」と家庭に関する愚痴を並べ立てた。

 パターソンが家に戻ろうとすると、少女が1人で路肩に座っていた。気になったパターソンが話し掛けると、彼女は母と姉を待っていると告げる。パターソンは少女の了解を取り、母と姉が来るまで一緒にいることにした。少女はノートに詩を書いており、パターソンに朗読してくれた。パターソンは「とても美しいよ」と称賛し、少女は母と姉が来たので車で去った。
 パターソンが帰宅すると、ローラは夕食にディナーパイを焼いていた。中身はチーズと芽キャベツで、ローラは「両方とも貴方の好物よ」と告げた。パターソンが壁に目を向けると、彼が好きな滝の写真が飾ってあった。

 ローラは「週末にコピーするのを忘れないで」と言い、何か詩を読んでほしいと頼む。パターソンは「他の人の詩を読んであげるよ」と告げ、少女から聞いた詩を読んだ。彼はマーヴィンの散歩に出掛け、バーに立ち寄った。ドクはアボット&コステロについて話すが、妻が来ると顔を強張らせた。
 妻はドクに、「あれは私がアンタの姪の結婚式に貯めたヘソクリだ。返しておくれ」と詰め寄る。ドクが「週末のチェス大会の賞金で返す」と言うと、彼女は「もし返さなきゃギプス大会に出るんだよね」と告げて店を去った。エヴェレットはマリーにヨリを戻そうと頼んで冷たく拒絶され、落ち込んだ様子を見せた。

 金曜日。パターソンが目を覚ますと、ベッドにローラの姿は無かった。ローラは先に起床し、カップケーキを作っていた。パターソンが車庫へ行くとドニーは「最悪だ」と言うが、「やめとくよ」と愚痴は言わなかった。
 運行中のバスが電気系統のトラブルで停車したため、パターソンは乗客に降りてもらう。彼は代わりのバスを呼ぼうとするが、近くの公衆電話は故障しており、スマホも持っていなかった。彼は乗客の子供にスマホを借り、車庫に電話を入れた。

 パターソンが帰宅すると、ローラは届いたギターを弾きながら、練習した歌を途中まで披露した。夜、パターソンはバーへ行き、ドニーやマリーと話した。そこへエヴェレットが現れ、拳銃を構えて「みんな動くな」と叫んだ。他の客が慌てて外へ逃げ出す中、マリーは呆れた様子で「イカれてるわ」と言う。
 エヴェレットが「見せてやる」と自分のこめかみに拳銃を突き付けると、パターソンが飛び掛かって制圧した。ドニーは拳銃がオモチャだと知り、「客を帰らせやがって」と口にする。エヴェレットは「愛を失っても生きている理由があるか」とパターソンな問い掛け、店を後にした…。

 脚本&監督はジム・ジャームッシュ、製作はジョシュア・アストラカン&カーター・ローガン、製作総指揮はオリヴァー・ジーモン&ダニエル・バウアー&ロン・ボズマン&ジャン・ラバディー、撮影はフレデリック・エルムズ、美術はマーク・フリードバーグ、編集はアフォンソ・ゴンサウヴェス、衣装はキャサリン・ジョージ、詩はロン・パジェット、音楽はスクワール。

 出演はアダム・ドライヴァー、ゴルシフテ・ファラハニ、バリー・シャバカ・ヘンリー、チェイセン・ハーモン、ウィリアム・ジャクソン・ハーパー、リズワン・マンジー、クリフ・スミス(メソッド・マン)、永瀬正敏、スターリング・ジェリンズ、ジョニー・メイ、ブライアン・マッカーシー、フランク・ハーツ、カーラ・ヘイワード、ジャレッド・ギルマン、ルイス・ダ・シルヴァJr.、トレヴァー・パーハム、トロイ・パーハム他。

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 『ブロークン・フラワーズ』『オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ』のジム・ジャームッシュが脚本&監督を務めた作品。カンヌ国際映画祭でパルム・ドール候補となり、LA批評家協会賞やトロント映画批評家協会賞でアダム・ドライバーが最優秀男優賞を受賞した。ウィリアム・カーロス・ウィリアムズによる長編詩『パターソン』から着想を得ている。
 パターソンをアダム・ドライヴァー、ローラをゴルシフテ・ファラハニ、ドクをバリー・シャバカ・ヘンリー、マリーをチェイセン・ハーモン、エヴェレットをウィリアム・ジャクソン・ハーパー、ドニーをリズワン・マンジーが演じており、ラッパー役でクリフ・スミス(メソッド・マン)、日本人の詩人役で永瀬正敏が出演している。

 この映画の内容をザックリ言うと、「パターソンの平々凡々とした一週間」である。月曜日から日曜日まで、基本的にパターソンの行動パターンは一緒だ。目を覚まして、腕時計の時刻を確認する。ローラにキスをして、少し会話を交わす。シリアルの朝食を取り、バス車庫へ向かう。
 バスで待機しているとドニーが来て「準備は?」と問い掛け、「いい一日を」で出発する。いつものルートでバスを運行させ、昼休みを挟んで仕事を終えたら帰宅する。夜は愛犬を散歩に連れて行き、バーに立ち寄って少しだけ酒を飲む。仕事がある日は、そんなルーティーンの繰り返しになっている。

 パターソンの生活は、同じことを繰り返す平凡な日々のような表面上は見えるかもしれない。しかしパターソンは全く辟易していないし、退屈なんて感じていない。彼の生活は、とても充実しているのだ。
 そもそも、実はパターソンの日々というのは、「ずっと同じことの繰り返し」というわけでもないのだ。例えば、目を覚ました時のパターソンとローラの姿勢は日によって違う。起きる時刻も少しずつ違うし、ローラが語る夢の内容も違う。バスに乗せる乗客も、そこで繰り広げられる会話も、日によって異なる。

 何もかもが全く同じ1日なんてのは、絶対に存在しない。ほんのわずかであっても、必ず昨日や一昨日とは違う今日があるし、異なる明日が訪れる。それを楽しむことが出来れば、その人の生活は豊かになるだろう。
 そして何よりも、パターソンには詩がある。常にアイデアを巡らせ、思い付いたらノートに書き留める。その行動が、彼の生活を変化に富んだ物にする。想像力と創造力が、パターソンに充実感や活気をもたらすのだ。

 パターソンにとっては詩だけでなく、ローラの存在もかなり大きいだろう。ローラはパターソンが詩を書くことを応援しており、世に出すよう勧める。パターソンは詩人であることに自信を持てずに消極的な態度を取るので、ローラが背中を押さなければ永遠に「自分だけで詩を楽しむ」という人生になるだろう。
 ローラは性格的には大らかで明るく、想像力豊かな夢を見たり、芸術的な行動を取ったりする。彼女が妻として支えてくれていることが、パターソンの詩人としての生き方には大きなプラスとなっている。

 ローラは月曜日に「カップケーキの商売をする夢がある」と言っていたのに、火曜日には動画サイトを見てギターが欲しくなったと語り、「カントリー歌手になる夢を実現できるわ。大スターを目指せるわ」と口にする。現実を知らないガキのようなことを、平気で話すのだ。
 それは愚かしい夢想家とも受け取れるが、パターソンは決して馬鹿にしたり呆れたりしない。ローラの考えを、全面的に肯定する。ローラがパターソンの詩を応援するように、パターソンもローラの夢を応援しているわけだ。

 ローラは様々な夢を語るだけでなく、カーテンをリメイクしたり、壁を塗ったりと、日によって異なるアート活動をしている。だから、パターソンが帰宅する度に、内装が少しずつ変化している。彼女が様々な夢を臆面も無く語るのは、それだけ好奇心が旺盛ってことなのだ。
 色んなことにチャレンジしたがる積極的な性格で、彼女の影響でパターソンの生活は活気に満ちていると言ってもいい。パターソンは決して明るく行動的とは言えないので、ローラに引っ張られている部分はあるのだ。

 ローラの影響は大きいが、それだけでなくパターソンにとっては、あらゆる出来事がアイデアの源泉となる。バスの乗客の会話も、バーで体験する出来事も、他の人からすると些細な出来事でも、パターソンにとっては詩を書く上でのヒントになる。
 そもそも今回の詩を着想したきっかけも、たまたまシリアルを食べる時に見ていたマッチ箱なのだ。そして日々の生活の中で詩心を触発される出来事に触れ、少しずつ完成へと近づいて行くのだ。

 パターソンはローラの全てを受け入れ、何かに付けて褒めている。しかし実のところ、ローラの何もかもを気に入っているわけではない。ローラが購入を希望するギターは高すぎると思っているし、新作のパイはちっとも美味しくないと感じている。
 パターソンは嘘が下手な男なので、それが態度にハッキリと表れている。例えばパイの時は全く手が進んでいないし、水で流し込んでいる。ただ、とにかくローラに対して真正面から文句を言ったりせず、褒めることを徹底しているわけだ。

 パターソンの対応は、悪く言えば「本音を素直に明かせず、気を遣っている」ということになるだろう。それが夫婦関係として、望ましいことなのかどうかは分からない。でもパターソンはそれで幸せなのだから、何の問題も無いのだ。
 そのせいでパターソンが精神的に疲弊しているわけではないし、夫婦関係がギスギスしているわけでもない。そうやって嘘をついて奥さんを褒めていることも含めて、ホンワカした雰囲気に満ち溢れていて、いい夫婦だなあと感じさせてくれる。

 パターソンの生活は、基本的には平穏だ。マーヴィンが郵便受けを壊したり、エヴェレットが銃を持ち出したりする事件でさえ、穏やかな日常と言ってもいいぐらいだ。しかし土曜日に大きな事件が起きる。
 ローラと映画を見に行く時、パターソンはソファーの上に創作ノートを置いていってしまう。そのせいで、マーヴィンにノートをズタズタに破られて修復不能となってしまのだ。これまで書き綴っていた詩が台無しになってしまったわけで、パターソンは大きなショックを受ける。

 日曜日の朝、パターソンは目を覚ましても、まるで元気が無い。彼は散歩に出掛けて公園のベンチに座るが、ノートは無いし、いつものように思い付いた詩を書き留めることも無い。
 だが、日本から来た詩人と出会い、詩について語り合うことで、パターソンの心には変化が生じる。日本の詩人は立ち去る時にノートをプレゼントし、「白紙のページに広がる可能性もある」と告げる。パターソンは創作への意欲を取り戻し、また穏やかな日常へと戻っていくのだ。

(観賞日:2019年10月4日)

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