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《十七. 怪我と兄とアメリカ旅行 》

 『魔銃変』のヒットを受けて、世間では続編への期待が高まった。再びジーナとJCの戦いを見たいという要望は、雷次プロにも多く届いた。百田や竜子たちも、続編への意欲を示した。 しかし雷次は、あまり積極的では無かった。彼の中では、『魔銃変』は完結しており、そこから物語が続いていくというイメージが沸かなかったのだ。それに、映画のラストでJCは死んでおり、復活させるのは無理があるように感じられた。

 だが、雷次の中には、観客の期待に応えたいという気持ちもあった。そこで、続編を作ることは承諾したが、監督と脚本は百田に任せ、自身は役者に専念することを決めた。
 「俺は続編のアイデアが何も浮かばずに下駄を預けたのだから、今回は百田のやることに口出しをしない」
 そう宣言し、雷次は百田が書き上げたシナリオに全く注文を付けず、演出にも素直に従った。

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  『魔銃変 第二章』

  〈 あらすじ 〉

 日本転覆を目論む狂信的な秘密結社が、JCのデータを使い、同じ性能を持つ殺し屋を作り出した。その殺し屋は、秘密結社が邪魔だと考える政界や経済界の大物たちを次々と殺害していった。

 警察は殺し屋を捕らえようとするが、まるで歯が立たない。そこで政府は、かつてJCを倒したジーナを特別刑務所から呼び出した。ジーナは危険人物とみなされ、収監されていたのだ。

 政府は自由の身を保証する代わりに、殺し屋の抹殺を要求した。ジーナは取引に応じるが、今回はJCの時のような、特殊能力を無効化する装置が無い。ジーナは殺し屋を倒す方法を見つけるため、秘密結社の研究チームに接触しようと考えた……。

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 『魔銃変 第二章』は1974年5月に公開された。雷次は、JCのデータから生み出された瓜二つの殺し屋を演じた。
 この二部作を受けて、雷次には監督としても役者としても、次回作への期待が寄せられた。
 しかし、「好事魔多し」とは良く言ったもので、雷次は同年9月、追突事故に遭って全治2ヶ月の重傷を負ってしまう。

 ただ、雷次は全く滅入ることが無かった。
 「事故に遭った時にカメラを回していたら、その衝撃映像を映画で使えたかもしれないのにな」
 入院した病室で、彼は竜子たちに明るく告げた。
 11月に退院した雷次は、年が明けるとアメリカへ渡った。エンターテインメントの本場とも言えるアメリカへ行き、そこで次回作に向けての刺激を得ようと考えたのである。

 日本人の海外渡航は1964年まで認められておらず、1975年の時点でも、アメリカへの観光旅行というのは、一般人では手の届かない夢だった。もちろん、かなりの金額が必要となる。だが、雷次には何の迷いも無かった。以前から一度はアメリカへ行きたいと熱望しており、この機会を逃す手は無いと考えたのだ。あまり散財しない雷次には蓄えがあったので、旅行費の面では何の問題も無かった。
 全く英語を話せない雷次だったが、そちらの面でも不安は無かった。アメリカのロサンゼルスには、兄の風太が長期出張で滞在していたからだ。雷次は風太と連絡を取り、通訳係を紹介してもらった。彼は通訳の日系人と共に、演劇やコンサートなどを見物した。

 そんな中、雷次は風太に頼まれ、彼の友人夫妻のパーティーへ出席することになった。風太と共に夫妻の邸宅を訪れた雷次は、庭の広さや屋敷の豪華さに圧倒された。
 「なんだ、こりゃ。どこの財閥の人なんだ、ここの住人は」
 「テレビのプロデューサーだよ。まあ日本で考えれば、かなりの豪邸だな。だけど、この辺りだと、これぐらいは普通なんだ。ここへ来るまでの住宅も、同じぐらい大きかっただろう?」
 風太は言う。

 「兄ちゃん、慣れてるんだな。こういう相手とばかり、仕事をしてるのか」
 「そういうわけじゃないさ。それに、ここの主人は取引相手じゃない。何度か会ったことはあるけど、親しくなったのは、お前のおかげさ」
 「俺の?」
 「そうさ。だから、お前を連れて来た」
 「俺は、ここの主人を知らないぞ。どういうことだ?」
 「行けば分かるよ」
 風太は意味ありげに微笑した。

 彼は邸宅に入って主人のルー・ゲニーゴと挨拶を交わし、雷次を紹介した。その途端、ゲニーゴは
 「おおっ、貴方がライジさん。はじめまして。お会いできて光栄です。私は貴方のファンなんです」
 と興奮した様子で握手を求めてきた。しかし英語なので、雷次には何を言っているのか理解できない。
 雷次が困惑しながら隣に目をやると、英語の出来る風太が
 「この人は、お前の大ファンなんだ」
 と通訳した。

 「いや、ファンと言われても。何のことだか全く分からないぞ」
 「お前は知らないかもしれないが、こっちでは『魔銃変』が結構な人気なんだ」
 「そうなのか?いつの間に、そんなことになっていたんだ?」
 雷次は驚いた。
 実は、雷次プロの製作した映画は、全てアメリカに輸出されていた。そして、その中でも『魔銃変』(アメリカでのタイトルは『ヒットマン・フロム・マッド・ゾーン』)は、テレビや映画関係者の間で、かなりの注目を集めていた。雷次は、作品が輸出されていることは把握していたが、どのような評価を受けているかは、兄に聞かされるまで全く知らなかったのだ。

 「たまたま、ルーが『魔銃変』のファンだと知って、監督と殺し屋役は自分の弟だと教えたんだ。それで、親しくなったというわけさ」
 「ちゃっかりしてるなあ、兄ちゃん」
 「今後も活躍してくれよな。そうすれば、俺の仕事にもプラスだからな。いっそのこと、アメリカに進出してくれると有り難い」
 「無茶を言うなよ」
 雷次は笑った。

 ルー・ゲニーゴはパーティー会場に設けられた壇上へと上がり、集まった友人や知人たちに雷次を紹介した。その多くが映像関係者であり、『魔銃変』のことを知っていたため、雷次は熱烈な歓迎を受けた。
 そして雷次は成り行きで、何かパフォーマンスをすることになった。最初は『魔銃変』の一場面でも演じようかと思ったが、衣装が無いと冴えないだろうと考えた。思案していると、手頃な長さの棒が目に留まった。そこで彼は、棒を刀に見立てて立ち回りを披露した。迫力とスピード感のある動きに、パーティー客は大喜びで拍手を送った。

 この時、風太は客の一人から
 「彼はサムライ・アクションも出来るのか」
 と質問されていた。
 「むしろ銃より、そっちの方が得意ですよ。ずっとチャンバラをやっていた男ですから」
 と風太は答えた。
 その何気無い会話が雷次のアメリカ進出に繋がるとは、風太も全く予想していなかった。


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