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ロボットなんて大っ嫌い!

お嫌いですか、ロボットは?#16 港の匠

――いらっしゃいませ。
マスター元気? いやあ、今週も疲れたわ。

――珍しく今日は、ラフな格好なんですね?
 来週から愛知で「国際物流総合展」が初開催されるからね。ウチの会社も出展するんで、その準備に大わらわだよ。若手が嫌う雑用が全部、オレんとこに回ってくるんで大変。物を運ぶだけでなく展示会のロジスティクス(兵站)全般まで負わせられちゃかなわんよ。

――いつものでいいですか? ジャックソーダで。
 うん、頼むわ。レモンをぎゅっとしぼってね。え~っと、今夜のおすすめは「地中海直送ムール貝の白ワイン蒸し」か、しゃれてるね。空輸モノかぁ。輸入と言えば思い出すよ、神戸のひょうご港運の案件を。あれこそ、日本の技を再認識させられたよ。


 神戸港は日本の五大港の1つと言われているが、かつては米国のニューヨーク港、オランダのロッテルダム港と共に、コンテナ取扱個数で世界のトップ3を占める「世界のKOBE港」だった。アジア各国が港湾整備に乗り出し、阪神・淡路大震災での壊滅的被害も重なり、今じゃ東京や横浜、名古屋の各港にも抜かれ、世界ランキングで50位台に沈む。

 コンテナ船で運ばれたコンテナは、通関手続きを経て港湾運送(港運)会社の倉庫に運ばれる。コンテナ1本が丸ごと1つの荷主で占めることもあるが、多くは混載と言って、1本のコンテナに複数の荷主の小口荷物が積み込まれている。

 そうした荷物は、大きなものならフォークリフトで、段ボール梱包の小さな荷物は、人の手で一つ一つ降ろされ、国内の送り先に配送される。コンテナという共通の規格が定められ、ばら積み船からコンテナ船へと輸送手段が変わり、体力勝負の人海戦術だけに頼った作業は大幅に軽減された。でも、最後の最後はどうしても、人手の作業が残る。港湾労働の厳しさは、今も昔もまさにここなのだ。

 港運各社はここを何とか自動化できないかと悩んでいた。神戸の中堅、ひょうご港運もその1社で、新港第三突堤の倉庫の一角にロボットを持ち込み、大学の先生と共同で研究を進めた。実証実験では、結構いい結果が出ていた。パレットに積まれた大小さまざまな段ボール箱を、うまいことつかみ、倉庫の一時保管の棚に置いていく。「これならいける、現場に投入できる」と思っていたんだ。

 経済成長と共に、中国からのコンテナ貨物が増え続けている。それが、日本ではあり得ない状態で運ばれてくる。コンテナの扉を開けると、段ボール箱が投げ込まれたような状態。海が荒れて積み荷が崩れたなんてものじゃない。コンテナに詰められる最大積載重量こそ守られているけれども、段ボールの上下左右もお構いなしで放り込まれた状態なんだ。

 ロボットを使おうったって、そのために人手をかけて積み直さなければならない。本来なら積み直し作業こそ、ロボットにやらせたい作業なんだ。大学の先生たちが実験に前のめりなのに比べ、ひょうご港運の担当者が冷ややかだったのはこのせいだったんだ。

 実は、中国からのコンテナのひどさは、港運関係者の間では有名だった。日本からの輸出コンテナではコンテナへの積み込みも担うが、日本の港運会社はコンテナ全体の重量バランスを考え、中で荷物が動かないように木枠を組み付け、大小さまざまな荷物を配置しながらバランスを取る。これこそが、日本の港運会社の腕の見せどころで、世界のトップ3として長年受け継がれた港の匠(たくみ)の技なんだ。

 急成長した中国にはそうした蓄積がないから、力自慢が作業の早さを競い、ノルマをこなそうとする。積み方が雑なおかげで、港から倉庫に運ぶトレーラーが、車線変更や交差点を曲がる時に横転するなんて事故が多発していた。積み荷の重量が偏る、いわゆる「片荷」の状態で、中には走行中に、並走する乗用車に倒れ掛かり、死者が出たこともある。

 港運会社やトレーラー輸送の実態なんて知らなかったから、ウチはそこで手を引き実験も中止された。自動化できない、実用されない実験に付き合うヒマはないからね。業界にはそれぞれ、匠の技ってものがあるんだねぇ。

――輸入ワインを箱でまとめ買いするとコルクが下側、つまり上下逆の状態で届きますからね。コルクが乾燥して割れないようにとの配慮だそうです。物流の世界も奥深いですね。

■この連載はフィクションです。実在する人物や企業とは一切関係ありません。(2021年3月5日(金)にウェブマガジン『ロボットダイジェスト』に掲載されたものです)本家の掲載『お嫌いですか、ロボットは?』がなぜか読めなくなり、問い合わせが多かったので、一時的にこちらで掲載します。本家での掲載が復活したら、こちらでの掲載は破棄します。悪しからず。

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