見出し画像

ロボットなんて大っ嫌い!

お嫌いですか、ロボットは?#54 しんどい仕事は人任せ? いや、ロボ任せ

――いらっしゃいませ。
 マスター元気? いやあ、今週もほんと疲れたわ。

――おや? すっかり夏の装いですね。今夜もお疲れのようですが、大丈夫ですか?
 いや、そうじゃないんだよマスター。ここのところ毎回話してる、例のセントレアの空港島で開催される展示会の開幕まで1カ月なんで、準備が佳境を迎えててんやわんやなんだ。初公開するロボットシステムが不調で、想定通りに動かなくてさぁ。あれやこれやと原因を探ってるところなんだ。倉庫の片隅で作業をしてるんだけど、普段は空きスペースだからか冷房の冷気が届かず、暑くて暑くてたまらんのよ。クールビズなんて洒落たものじゃなく、上着はもちろんシャツ姿でも暑くて、しまいにはみんなTシャツ1枚で作業してるんだよ。

――いつものでいいですか? ジャックソーダで。
 うん、頼むわ。レモンをぎゅっとしぼってね。えっと、今夜のおすすめは「夏野菜のバーニャ・フレッダ」って、何だ? バーニャ・カウダーなら食べたことがあるけど、まぁいいやそれちょうだい。そうそう、野菜って言えばさぁ、先週も話したけど、農業でロボットが使われ始めてるって言ったじゃん。あれこれ調べたら、実際に使われてるんだよ。展示会の準備も大事だけど、オレの本業は営業じゃん。あれこれ調べて実際に見てきたんだよ。いよいよこんな時代が来たんだなぁって、感慨深くてさぁ……………。

 マスターにはむかし、話したかな。オレの父親は重工メーカーで働く職人だったんだ。職人と言えば聞こえはいいけど要は何でも屋。大学を出ていない、専門を持たない「職工」で、クレームや困り事があれば、真っ先に現場に向かって事情を聞きに行く役目だった。

 その場で対処できれば対処し、製造工程や部品の不備、設計の不良であれば、上司である、学士や博士の技術者に報告する。製造工程の不備でリコールともなれば、年下の上司を連れて全国行脚する、なんてこともあったらしい。

 父親が小型エンジンを担当していた時、農業用機械に取り付けたエンジンの不調が相次いだ。納屋から出した田植え機のエンジンが不調との連絡で、4月から5月の終わりごろまで、田植えの時期に合わせ、九州から北上して青森まで対応してた。

 「北上」と言ったけど、コメは地域や作柄によって、田植えの時期が早かったり遅かったりする。そうすると、九州から四国、中国地方から関西へと、順に北上するのではなく、九州から関西に行き、次は山陰や四国に戻ったりと、毎週のようにあちこち出張を繰り返していた。

 今回の視察先、新潟に向かう電車の車窓は、そんな父親の思い出を思い起こさせるのどかさだった。この地方の田植えは、例年ならもう少し遅く、6月6日の芒種(ぼうしゅ)を過ぎたころ。今年は特別に、田んぼへの水張りが少し早められた。ある実験のためにね。

 田んぼには、イネだけでなく、イネ以外の雑草も生える。雑草が増えればそれだけ、イネに吸収されるはずの栄養が取られてしまうから、雑草はないほうがいい。これまでは農家が、田植え前と田植えが終わった後に、田んぼに入って、手でむしっていた。

 この作業が、結構しんどい。田植えそのものは田植え機がやってくれる。手押し式の機械なら立ったままの姿勢で、乗降式ならイスに座った姿勢で田植えができる。雑草を取り除く作業は、田植え機導入前の田植えと同じ中腰の姿勢なのだ。

 しかも、田んぼ一枚で2時間ぐらいかかる。これを、イネが成長するまでずっと続けるのだ。田んぼの「手入れ」とはまさに、田んぼに手を突っ込んで、草をむしる作業なのだ。

 雑草の成長を押さえられないか? しかもロボットを使って。そんな実験をするってんで、早速見に行ってきた。これが、今回の新潟出張の目的だ。

 用意されたロボットは、畳一畳ぐらいの大きさの浮き輪の中に、ドラム式のスクリューが2本ついている。スクリューで草をむしり取りながら田んぼの泥を巻き上げ、巻き上げた泥で日光を遮り、雑草の成長を抑える仕組みだ。

 ロボットは太陽光パネルで起こした電気で動き、動作はスマートフォンの画面でも管理できる。雑な例えだが、田んぼの中をロボット掃除機が動き回っているのをイメージすればいい。畝(うね)にぶつかっては方向を変え、田んぼ一面を動き回る。草のむしり残りがないよう、田んぼの中をくまなく移動する。

 今年のコメ作りを通じてデータを検証して、ロボットを投入してどれだけ農薬が減ったかとか、省力化、つまり仕事が楽になったとかを、見極めていくらしい。

 出張した新潟でも、余程のブランド米とか、酒造り用にこだわったコメ以外で、コメ作りを本業にしている人は少なくなったらしい。都会の郊外の田んぼのように、別に本業を持ちながら、兼業でコメ作りをする人が増えたらしい。

 兼業でもしんどい仕事だから、本業にしている人や、最近では農業法人なんかにお金を払って農作業をお願いする人も増えたらしい。

 現場で見物していた農家の人も「除草はかなりしんどいからなぁ。ロボットで雑草を抑えられれば楽になるし、耕地を拡大しようって気力あふれる若者も増えるかもしれんなぁ」って言ってたよ。

 こうしたロボットと、自動運転のトラクターや稲刈りのコンバインなんかと組み合わせたら、農業はこれからもっと変わるかもしれないなぁ、とあらためて期待したよ。
 

――コメ作りは奥が深いっていいますからねぇ。ウチの親戚も田舎でコメを作ってて、年に一度はそのコメを送ってくれますけど。10年で10回、20年やっても20回しか作れないから、長年やってる長老の農家の経験談は貴重だって言ってましたよ。人がやってしんどい仕事を、どんどんロボットに任せられたら、別世界がやって来るんでしょうね。むかしのバーは、床とカウンターをピッカピカに磨き上げるのが新人の役目でした。この店の床やカウンターも、ロボットが磨き上げる時代が来るんでしょうかねぇ。

■この連載はフィクションです。実在する人物や企業とは一切関係ありません。(2022年5月27日(金)にウェブマガジン『ロボットダイジェスト』に掲載されたものです)本家の掲載『お嫌いですか、ロボットは?』がなぜか読めなくなり、問い合わせが多かったので、一時的にこちらで掲載します。本家での掲載が復活したら、こちらでの掲載は破棄します。悪しからず。

よろしければ、ぜひサポートを。今後の励みになります。