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ロボットなんて大っ嫌い!

お嫌いですか、ロボットは?#56 ネガティブ意見にこの一言。「だったらアンタがやってみな」

――いらっしゃいませ。
 マスター元気? いやあ、今週もほんと疲れたわ。

――おやおや? 今週もお疲れのようですね。あまり無理なさらないでくださいね。
 いやいや、そうじゃないんだよマスター。ここのところ雨が続いて梅雨入りしたじゃない。例のセントレアの空港島で開催される展示会の出展準備でおおわらわなんだけど、準備で使ってる倉庫の片隅が雨漏りしててさ。床に水たまりができちゃうし。システムで異常が見つかると、装置の不具合なのか、雨が悪さをしてるのか判断がつかなくてさ。ロボットに雨合羽着せて、制御機器にシートを被せて可動実験をしてるんだけど、にっちもさっちも行かなくてさ。さすがにだんだんアタマに来て「今日はこれで切り上げ!」って宣言して、出てきたところなんだよ。

――いつものでいいですか? ジャックソーダで。
 うん、頼むわ。レモンをぎゅっとしぼってね。えっと、今夜のおすすめは「生ハムとゴーヤのおひたし」って和食なの? それとも洋食? まあ、いっか。それもらうわ。そうそう、水たまりと言えば、最近はロボット掃除機でも床の水拭きをしてくれるんだよね。しばらく家電製品の買い物をしてないから知らなかったよ。夏のボーナスが出たら買おうかなって、真剣に考えてるところなんだよ。ウチがロボット掃除機を初めて買ったのは15年、いやもっと前だったんだけどさ。今思えば先進的だったと思うよ。オレみたいに、平日はほとんど家にいなくて、週末ぐらいのんびりしたいって人にはうってつけなんだ。当時は、親兄弟を含めた周りから、随分といろいろ言われたよ。「そんなオモチャを買ってどうするんだ」って。今もきっと、周りの反応なんてのは、そんなもんなんだろうなぁ……。


 オレがまだ機械商社にいた時で転勤族だったころだから、17、18年前だったかなぁ。大阪支店からの転勤で、こっちに戻ったばかりだったと思う。

 大阪支店にいた時の住まいは、大阪市の隣、尼崎のアパートで2Kだったから、こっちでもちょっと広めの部屋にしようと、思い切って2LDKの部屋を探して引っ越したんだ。尼崎のアパートの前は代々木、その前は千葉・原木中山のいずれも1K、その前は大阪市内のワンルーム、その前は東京・江戸川区のワンルームで、木造3階建てアパートでエレベーターもなかった。

 当時はまだ30代の独身だったし、このまま結婚でもして子どもでもできたら……って、まあそんな心配もして、こっちでは思い切って身の丈以上に広い部屋にしたんだ。

 最初はいいよ。部屋に何にもないから。9畳のリビングの真ん中にテーブルを置いて、テレビとソファー、CD付きのコンポ、CDの収納棚や本棚なんかを置いたら、それなりに部屋らしくなった。

 冷蔵庫と収納ラックを置いて、ラックの上段に電子レンジ、中段に炊飯器やコーヒーメーカー、電子ポットを並べれば、キッチンらしくもなった。

 残り2部屋の1つは寝室に、もうひと部屋は本棚や学生時代から持ってたギターやアンプやら、冬用タイヤとか出張用の大小のトランクとかコロコロカバンとか、要するに今すぐ必要でないもの、邪魔なものを置いていくうちに、物置きになった。

 そんなこんなで会社勤めをしながら生活をしていくと、当然部屋は汚くなる。掃除機はあるけど、まぁ相当汚くなるまで無精者は使わないわね。ある日その掃除機が、うんともすんともいわなくなった。独り暮らしを始めた時に買ったものだから、かれこれ15年ほど使い込んだもの。まぁ、寿命だわな。「代わりを買わなきゃなぁ……」と後継機を考えた。

 そんな時に知ったのが、ロボット掃除機なるものだった。設定さえすれば毎日でも、ロボットが部屋を掃除してくれる。「世の中にはそんな便利な物があるのか」と、早速飛びついた……とはいかなかった。

 ネックはその価格。当時は普通の掃除機が2万円も出せば、最新式の立派な掃除機が買えた。ロボット掃除機はその2倍、いやもっとしたかな。当時で5万円か6万円ぐらいした。いくら「米国製でNASA(米国航空宇宙局)の月探査機の技術を応用」と宣伝されても、当時で25万円そこらの給料では、ちょっと踏みとどまらざるを得なかった。

 当時、脚光を浴びた掃除機が、もう一つあった。英国人が創業した、紙パックが不要で強力な吸引力を売りにしたサイクロン式掃除機だ。その吸引力は、掃除機の先端ノズルやヘッド部分が、床に強力に張り付く程だった。値段は、ロボット掃除機よりは若干安い程度で、それでも普通の掃除機の2倍ぐらいの値段だった。

 迷ったオレは、よ~く考えた。一番妥当でまともなのは、普通の掃除機を家電量販店で買う事。これまで買った掃除機の最新機を安く買う。次に考えたのが、サイクロン式掃除機だ。部屋中ホコリまみれの部屋を、驚異の吸引力できれいにしてくれる……はずだ。

 でも、落ち着いて考えれば、普段から掃除をしないこのオレが、掃除機を新しくしたところで、急に掃除を始めるとは思えない。せいぜい、新品の機能や旧型との違いを実感するまでは珍しがって使うだろうが、それを実感した後は、また元の掃除頻度に戻るだろう。ずぼらなオレが、急に熱心に掃除を始めるとは、到底思えないからね。

 そこで、ロボット掃除機が、頭の中をチラチラし始めた。「5万円かぁ…」と思った時に、ネットオークションが思い浮かんだ。さっそく検索してみると……。あるわあるわ、中古機や並行輸入品など。値段も種類もより取り見取り。さっそくその中の1台をポチってみた。

 これがいい。並行輸入だから、表示も音声案内も英語で分からん。とにかく、ボタンさえ押せば、黙って自動で部屋を掃除してくれる。朝、自宅を出る時にボタンを押せば、夜に帰宅する頃には、少なくと床だけはきれいになってる。

 そりゃあ、欲を言えば、部屋の四隅は半月状にホコリが残ってるけど、このオレが嫌々掃除をするよりも、明らかにきれいだ。半月状のホコリが気になるなら、そこだけ自分で拭けばいい。カーペットに食い込んで止まったり、家具の奥に隠れていた電源コードをロボットが引っ張り出して、絡まって止まったりしたこともあるけど、いかんせん断然便利だ。

 それを周りは「そんなおもちゃみたいなもの」と笑い、「掃除ぐらい自分で」「自分で掃除してきれいになれば達成感がある」などと言う。

 冗談じゃない。だったら定期的にオレの部屋に来て、思う存分に掃除して、達成感を味わうがよい。オレは自分の部屋を掃除しても、達成感は感じない。ましてや他人の部屋を掃除するほどのもの好きじゃない。

 これは、かつての自動化ラインや、産業用ロボットの世界も同じだ。自動搬送のラインを現場に入れても「荷物ぐらい自分で動かせよ」と言われ、ロボットを入れても「持ち運べるような軽いものをなんでわざわざロボットで運ぶの?」なんてからかわれた。

 冗談じゃない。だったら一日中、一晩中、いや8時間だけでいい、荷物を間違いなく運び続けられるか? ロボットの代わりに8時間、間違うことなくワークの搬送ができるだろうか? 不平不満は一切言わずに……。そんな事出来るわけがないさ。だって、人間だもの。

 現場の自動化に、現場にロボットを入れることに、未だに、文句や冷やかしの言葉を向ける人にはこう切り返したらいい。

 「だったら代わりにアンタがやってみな!」と。

 オレたちの仕事はさ、現場の不平不満や、現場から作業員の文句をなくす事なのさ。不平不満や文句をいかに現場からなくせるか。それこそが正に、オレたちSIerの原動力なんだから。
 

――「達成感」で切り返されると、一瞬こちらもたじろぎますよね。何に達成感を感じるかは、人によって違うわけですから。私も修業時代に、グラスとカウンター、そして床を磨くことに達成感を感じる先輩がいて、毎日のように聞かされた事がありました。でも本当は、グラスの洗浄さえしっかりしていれば、乾いた布でさっと拭き取れば、息を吹きかけてまで磨き上げる必要はないんですよ。開店中にバーテンダーがグラスを磨いていたら、だいたいが手持ち無沙汰なだけの事が多いんです。グラスとカウンター磨きも大事ですが、実はラベルが正面に向くよう、酒の向きを整えてやるほうが大事だったりするんですよ。数ある酒の中から、お客さんはラベルを見て、その日に飲む酒を選ぶわけですから。

■この連載はフィクションです。実在する人物や企業とは一切関係ありません。(2022年6月17日(金)にウェブマガジン『ロボットダイジェスト』に掲載されたものです)本家の掲載『お嫌いですか、ロボットは?』がなぜか読めなくなり、問い合わせが多かったので、一時的にこちらで掲載します。本家での掲載が復活したら、こちらでの掲載は破棄します。悪しからず。

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