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【365日のわたしたち。】 2022年3月27日(日)

忘れかけていた頃に、その連絡は来た。

優しい春の空気を纏ったそのメッセージからは、幸せが滲み出しているように感じた。


高校生の頃の少し赤らんだ、落ちてしまいそうな程ぽっこりした彼女のほっぺは、15年経った今、少し落ち着いてしまったようだったが、それでもあの頃の彼女の名残はあった。

横に抱き抱えられた娘さんの頬も、生まれたばかりなのに彼女そっくりだった。


最後に会ったのは、2年前だった。

同級生の結婚式で再会したのだ。

その時、育児に仕事にと追われていた私は、堰を切ったように彼女に日頃の不満をぶつけた。

「今、下の子がイヤイヤ期迎えて、本当にムカつくのよ。なんでもイヤーって反り返って泣くからさ。幼稚園に連れていくのも大変すぎて。仕事行く前に体力の90%は使い切ってると思う。」

彼女は高校時代と同じように「うんうん」とニコニコしながら、聞き役に徹してくれた。


披露宴も終わり、結婚式会場を後にした私は、同じ方向に帰る他の同級生と駅へ向かった。

「私さぁ。不妊治療してるんだよね。」

その子は唐突に私に言った。

「もう3年くらい経つのに、全然だめだね。お金と時間と体力と精神ばかり削られて。だからさ。さっき話してた話を横で聞いてて、大変そうだなって思ったけど、幸せだなとも思った。それで、悔しかった。」

私は言葉が出てこなかった。

なんて返せばいいのか、全く検討がつかなかった。

「ちなみにあの子もそうだよ。同じクリニック通ってたみたいで、この前偶然会ったんだ。」

その言葉に、彼女の笑顔を思い出す。

落ちそうなほどふっくらした頬と、なんだか困ったように下がるハの字の眉。

今思い返すと、なんだか泣きそうな表情だったようにも見えてきた。


「私は別に、同情してほしいわけでもないし、他の人もそうだと思う。人によって状況も事情も何もかも違うんだから。ただ、心が抉られる思いをしているのは事実。腑が煮えくり返りそうな気持ちにもなる。八つ当たりだってわかってるよ。でも、そういう気持ちになる人もいるってこと、言わないと伝わらないじゃない?なんだか、苦しんでる自分をなかったことにされるのって、想像以上に悔しくて、今言っちゃった。ごめんね。」


声も出せずにいると、そのうち駅に到着した。

「バイバイ。なんか無神経なこと言ってごめんね。」とだけ振り絞り、別れた。


どんな人にだって、見えない苦しみや悲しみがある。

言葉の意味はわかるのに、どうしてこうも人は無神経になれるのだろう。




写真の中の彼女は、とても幸せそうだと思った。

これまでの彼女の苦労や苦しみは、その写真からは微塵も感じられなかった。


だからって、なかったことにならないんだ。

そう心の中で唱えた。


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