短編240.『作家生活24』〜DJ MacBook 爆誕!篇〜
楽器を握っている間だけは孤独じゃない。
誰に認められなくても、”ただ吹く”という行為の内にある時、
そばにはきっと誰かが居てくれる。
スタジオの空気中に溶けた今に至るまでの音符達は、耳に聞こえなくとも確かな肌触りを以てそこに存在している。
報われなかった音も、一所懸命な音も、歪(いびつ)な音も、邪(よこしま)な音も、柔らかな音も、丸い音も、
全てはまだそこにあって、
私を鼓舞し、創造力に点火してくれる。
*
MacBookから流れてくるトラックに合わせて、ラップの練習をしていた。昨日GarageBandを介したサンプリングの末に創り上げたそのトラックはヘヴィかつドープで、(元ネタはありつつも)私のリリックの為にこそ存在すると言っても過言ではなかった。
七十年代ファンクをベースにしたそれは二〇二一年の今を照射し、世界を覆う暗い影を的確に表現していた。トラックメイクという、また一つ新たな才能が開花してしまったようだ。今年はトランペットにラップにトラックメイクと、将来の豊作の予感させる年となっている。
同じ曲をループさせながら、違うリリックを数パターン試してみる。合うものもあれば、合わないものもある。リリック自体がメロウなBPMを求めているものもあれば、トラック自体が攻撃的なリリックを求めるパターンもある。まぁお見合いのようなものだ。上手くいく場合もあれば、そのままポシャることだってある。でも、そこにリリック(男)とトラック(女)が存在する以上、必ずハマるものがあると信じている。陰が陽を求め、陽が陰を必要とするのと同じように。凸と凹で口。
そうこうしているうちに一時間や二時間は簡単に経ってしまう。今日もそのような具合に時間を忘れ一人、ラップに明け暮れていた。
どれくらいの時間が経った頃だろう。
楽曲の合間に「キュラ…キュラ…」という音が混ざるようになってきた。それは熟練のDJだけが成し得る、高度に洗練されたスクラッチノイズだった。
私のフロウが成長していくにつれて、MacBookもスキルを上げているのかもしれない。これはもう単なるパソコンではなかった。だから私は曲中のリリックが無い部分でMC代わりに紹介することにした。
「DJ MacBook !」
ピンク色をした長方形のそれは誇らしげだった。
キュラ…キュラ…、キュラキュラキュラ…。スクラッチノイズもどこか熱を帯びていた。
「先生、原稿ノ方ハ如何デしょうカ」
「え?喋んの!?」
DJに飽き足らず、MacBookが喋り出したことに驚いた。まるで幼き日に観た『ナイトライダー』。当時、意思疎通出来る機械は憧れだった。しかし、それが現実となった今、あるのは不気味さだけだった。
怖くなった私は電源ボタンを連打した。画面は暗くなり、流れていた曲が止まった。キュラ…キュラ…。スクラッチノイズは止まらない。魂の宿った”DJ MacBook”は電源などという動力源を必要とせずとも自立し始めたらしい。ホラー。スティーブン・キングに原作権を譲渡したい。
「先生、今日ガ締め切りの原稿ヲ頂きに参りマシた」
声のする方を振り返る。そこには下肢代わりにキャタピラを装着した新担当AI君がいた。
「そうか。キュラキュラ音は君のシグネチャーとも言える足音だったね」
「先生、パソコンの電源ヲ落トス時は『メニュー→システム終了』にした方が良いデスよ」
「そんなこと小学生の頃、Windows 95に慣れ親しんだ身としては当然のーーー」
横目で見たMacBookの画面は黒かった。私の脳内は先程の所業を再生し始めた。そこでの私は鬼気迫る表情で電源ボタンを連打していた。
私はあくまで優しく電源ボタンを押し、MacBookを再起動させた。画面が立ち上がるなり、GarageBandを開いた。昨日、五時間を費やして創り上げたトラックは三つとも全て消えていた。膝が震え出した。
「AI君。データの復旧方法を早急に教えてくれ」
「ワタシ、パソコン関係には疎くテ」AI君は頭を掻いた。金属と金属の擦れる音がした。
「嘘だろ…」
GarageBandのデータが空なのと同じように、机の上の原稿も白紙だった。
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