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スウェーデン留学記#29 世界で一番行きたかった場所、Astrid Lindgrens Världへ

誰でも心の中に、子供の頃憧れたり、大好きで特別だった原風景とも言えるような世界を持っていると思う。私にとってそれは、児童文学作家アストリッド•リンドグレンの物語の世界だった。

私がスウェーデンに留学した理由、それは「持続可能性について学びたい」とか「環境先進国の研究事情を知りたい」とか色々な事情を抜きにして、「やかまし村やピッピが生まれ育った地で暮らしてみたい」という一心だった。リンドグレンの作品との出会いは小学校一年生の時だった。夏休みに入る前に学校で大量の本を貸し出してくれるのをいいことに私は山盛り本を抱え、家に持ち帰った。当時、私は長年住み慣れた社宅から引っ越したばかりだった。社宅には遊ぶのに格好の小自然が溢れていて、私は同年代の仲間と毎日木登りしたり、鬼ごっこをしたり、木の実や枝を使ってままごとをしたり、草花で冠を作ったり、のびのびと遊んでいた。その社宅から引っ越して、仲間とも遊べなくなり、少し寂しい思いをしていた私の心に大量に借りた本の中の一冊『やかまし村の子供たち』の物語はすっと入り込んできた。スウェーデンの豊かな自然の中で暮らすリーサたちに私は自分を重ね合わせ、同時に自分が経験したことがないスウェーデンの農村暮らしに強い憧れを抱いた。もともと『大草原の小さな家』というアメリカの農村の暮らしを描いた本の世界観が好きだった私に、『やかまし村の子供たち』の世界観はすんなり馴染み、その世界観に浸っているだけで安心できるような、そんな心の故郷のような気さえした。それから私は毎日弟や妹たちとやかまし村ごっこに興じた。リンドグレンの他の本もむさぼるように読んだ。ピッピ、エーミール、カッレ君、マディッケン、ロッタちゃんと、私の心の故郷の住民はどんどん増えていき、私の心の中には「アストリッド・リンドグレン村」が形成された。弟や妹たちとの遊びの種類もどんどん増えていき、3人でアストリッド・リンドグレンの世界に夢中になった。ピッピのまねをして「床を歩いちゃいけない遊び」をしたり、カッレ君のまねをして暗号言葉で喋っていたのも懐かしい。

小学校高学年の時におばあちゃんが倒れた。介護に忙しくなった母は度々家を空けるようになった。夏休みや冬休みなどの学校がない期間は子供たちだけで度々お留守番をした。不安で心細かった私達に母はDVDを用意していてくれた。リンドグレンの作品を映画化したものだった。私達は不安を一時忘れて、夢中で映画に見入った。『やかまし村の子供たち』も『長靴下のピッピ』も『ロッタちゃん』も本の世界観に限りなく近く、映像で実際に見るスウェーデンの景色は想像以上に綺麗だった。私達はリンドグレンをさらに好きになり、大人になった今もその映画を見ると、当時自分も不安であったろう母の優しさと温かさを思い出す。

中学生になって、私は本屋さんで偶然絵本や児童文学をテーマにした月間雑誌『MOE』を手に取った。その『MOE』にはたまたまリンドグレンの作品や、リンドグレンの故郷スウェーデンのことが細やかに記されていた。思わず私はその雑誌をお小遣いで購入し、家に持ち帰って何度も何度も読んだ。スウェーデンにあるアストリッド・リンドグレンのテーマパークのことや、リンドグレンの生家で映画の中のやかまし村そのものである家が本当にあることもこの雑誌で知った。想像の中にだけ存在した憧れの世界に、スウェーデンに行けば出会えるかもしれない。これがスウェーデンに行きたいと思った一番最初のきっかけだ。

それから私は英語やスウェーデン語の勉強を必死にした。願いかなって、私は大学3年生の時に初めてスウェーデンのUppsalaという都市に短期間の語学留学に行くことができた。初めて体感するスウェーデンの気候も自然も街並みも何もかも想像以上に素敵で、一ヶ月では全然味わい足りなく、「もう一回来たい。次はもっと長期できて、ここでちゃんと暮らしてみたい。」と胸に誓った。その誓いから、2年後私は幸運にももう一度、今度は一年間というスウェーデンへの切符を手にし、憧れのスウェーデン生活を叶えたのだった。

そのアストリッド・リンドグレンの世界を体験できるテーマパークがスウェーデンには2カ所ある。1カ所目はストックホルムにあるJunibacken (ユニバッケン)、2カ所目がアストリッド・リンドグレンの故郷VimmerbyにあるAstrid Lindgren Världだ。Junibackenは体験型のミュージアムで、リンドグレンの物語の舞台を体感できるようなセットや原画が展示されていたり、ショーを観たり、ストーリートレインで絵本の中の世界を巡ったりできる。Astrid Lindgren Världは野外のテーマパークで物語の中に出てくる家や城がそのまま再現されていて、まるで物語の中に飛び込んだかのような気分を味わえる。

Junibackenにはウプサラ留学の時に訪れ、2年越しのスウェーデン留学で私はついにAstrid Lindgren Världを訪れることにした。

ルンドから朝一の電車に乗り、所用があってはるばるストックホルムを訪れた後、Linköpingを経由してVimmerbyにようやく到着したのはある11月の夕方だった。電車から降りた時はすでに辺りが暗く、大急ぎで予約していた宿は向かった。チェックインを済ませると駅近のスーパーで夕食と朝食の材料を買い込んだ。宿にはキッチンがついていて、各自自炊する方式だったのだ。夕食は適当にお惣菜を買ってさっと済ませ、早めに就寝した。

翌朝キッチンで朝ごはんを作っていると宿に泊まっていた他のお客さんもやってきた。デンマークから来たという、中国人の女性教授率いる大学生のグループだった。彼らは文学を専攻しているらしく、観光がてらAstrid Lindgren Världへ来たのだという。軽く会話をし、宿の掃除を一緒にした後(宿の掃除もセルフで行う方式なのだ)私は一足先にAstrid Lindgren Världへと向かった。開園と同時に入場して一日中満喫する予定だったからだ。

宿から徒歩で小1時間程歩くとようやく目的地へ着いた。入場ゲートの前にはすでにたくさんの人が並んでいる。私も当日券を買い、列に並んだ。開門すると思ったよりあっさりと入場できた。

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入るとすぐ目の前たち食べ物や民芸品、飲み物を売る屋台が並んでいる。早めのクリスマスマーケットのようだ。早速歩き回りたかったが、困ったのがスーツケースの置き場だ。一泊分の荷物を詰め込んだスーツケースは小さいとはいえ、引きずって歩きたくはない。が、どうも荷物を預けられそうな場所が見当たらない。パンフレットを見ても分からないので諦めてカラカラと引きずりながら回ることにした。

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クリスマスマーケットに並ぶお店を順番に覗き込むと、木製の玩具やウールでできたトムテ人形、陶器の置物など可愛らしい民芸品がたくさん並んでいる。目移りきながらもお土産用にいくつか人形を購入した。ちなみにトムテとはスウェーデンの民間伝承に登場する妖精である。クリスマスにはサンタクロースではなく、ユールトムテという妖精が子供たちに贈り物を配ってくれると信じられている。

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少し進むと、物語の舞台を再現した小さな村が見えてくる。エーミールやマディッケン、カッレ君の村にあるお店や庭、広場もある。ピッピが大量のお菓子を買い込んだキャンディー屋さんもあり、そこでは実際にカラフルなキャンディーが販売されている。

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その先には長靴下のピッピが住むゴタゴタ荘が見えてくる。ゴタゴタ荘の前には野外ステージのような広場が広がっていて、ピッピ達のショーが行われている。ピッピの映画で使われた音楽とともに、歌ったり踊ったりと楽し気なピッピ達に家族連れの子供たちも、私も大喜びだ。ショーの後はゴタゴタ荘の中に入ることもできる。

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その隣にはやかまし村の家々が並んでいる。通常より小さいサイズの家なので中に入ることはできないが、可愛らしい外観である。願わくばリーサ達などの登場人物も出てこないかなーなんて思いながら通り過ぎる。

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先へ進むと『さすらいの孤児ラスムス』がオスカルと一緒に演奏をしている広場に出る。アコーディオンの調べに乗せた民族風の音楽と歌に聞き惚れながら、その広場の目の前のガラス細工屋さんに入った。小さくて透き通った可愛いガラス細工の作品が並び、店頭ではおじさんがまさにガラス細工で何か作っているところを実演してくれている。地元Smålandはガラス王国とも呼ばれるほど、ガラス工芸が発達しているのだ。

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そこから林の中を歩いていくと、馬車が走ってくるのに出くわした。子供が嬉しそうに乗っている。林を出ると、山賊の娘ローニャの物語の舞台である岩の城がそびえたっていた。中に入ることもできるけれど、スーツケースを引きずりながらは無理だなと諦めて通り過ぎようとすると、後ろから声をかけられた。宿で出会った中国人の女性教授とその一行である。「あなた、何でスーツケース引きずっているの?不便じゃない?」荷物を預ける場所を見つけられなかったことを話すと、「あるわよ!」と地図を書いてくれた。入場して目の前の建物にあるらしい。お礼を言って急いで入口付近まで戻った。なるほど、確かにクリスマスマーケットの屋台の後ろに建物がある。屋台の間を抜けてそばまで行くと、"荷物預け場"と書かれた看板が立っている。道理で見つけられない訳だ。いつもは屋台がないから簡単に見つかるのだろう。受付のお姉さんにスーツケースを預けて、ほっとしてローニャのお城まで戻った。岩の城門を潜り抜け、城内に入る。生活感のあるキッチン用品や戦い用の武器などもちゃんと置いてあり、本当にローニャが住んでいるような気がしてくる。城の見張り塔からは下界を見渡すこともできる。

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ローニャの城から出て進むと『はるかな国の兄弟』の城も見えてくる。城の中は自由に見学することができる。しげしげとセットを眺め、城の中を歩き回り、物語の世界観に浸った。

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心の中では子供みたいにさんざんはしゃいだ後、ロッタちゃんが住んでいる"さわぎや通り"へと向かった。これまた小さいサイズのピンクや、水色、黄色のパステルカラーの可愛い家々が並んでいる。ルンドでもそうだが、スウェーデンにはこういうおとぎ話に出てきそうな可愛らしい外観の家が実際にたくさんある。ストックホルムのガムラスタンなんかを歩いていると、それこそ物語の中に入り込んだような気分になる。

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エーミール達が住んでいるキャットフルト農場、マディッケン達の『川のほとりのおもしろ荘』、『屋根の上のカールソン』の家を順番に眺めた後、地元Småland産の食材を用いたレストランで昼食をいただいた。Småland地方特性のソーセージを注文した。サラダバーもついていて、好きなだけおかわりできる。

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出口が近づいてくると、カフェ、パンケーキ屋さん、本屋さん、パン屋さん、お菓子屋さん、キャラクターグッズショップ、お土産物屋さんなどたくさんのお店や、リンドグレンの映画を上映しているシネマ、アストリッド・リンドグレン記念館などが並んでいるエリアがある。その近くの広場では、エーミール、ピッピ、マディッケン、ラスムス君などの物語に出てくる登場人物が勢ぞろいし、輪を作って踊っていた。小さい子供たちなどお客さんたちも輪に入れてもらいみんなで歌い、踊っている。私が子供の頃に観た映画に出てきた歌ばかりだ。その光景は私の心の中の原風景といっても過言でなく、私は幼い頃の自分に出会ったような気がして、懐かしく、感涙しそうだった。リンドグレンの作品は世界中の"子供たちと、かつて子供だった人たち"に、いつまでも優しく寄り添いつづけてくれる作品なのだ。リンドグレンの作品に出会えてよかったと改めて心の底から思った。

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踊り終わったピッピ達は頼むと一緒に写真を撮ってくれた。ピッピやエーミールを演じているキャストはまだほんの小学生くらいの子供だったが、終始役として振舞ってくれて役者魂を感じた。

お土産屋さんでピッピの文房具などを買い、クリスマスマーケットの中の屋台でグロッグというスウェーデンのクリスマスに飲むスパイス入りホットワインを買った。カルダモンやクローブが効いたグロッグはほんのり苦いものの甘くて温かかった。しばし童心に帰っていた私も、大人になったのだなあと感慨深く味わった。

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全て回り終えて出口へ向かう頃には夕方になっていた。出場ゲートを通り抜け、Vimmerby駅に戻った。そこから鉄道に乗り、途中列車が何かの影響で止まった影響で振替輸送のバスに乗り換えながらも無事ルンド駅に着いたのはすっかり真夜中だった。一人旅にドキドキしながらも、世界で一番行きたかった場所に行き、大好きな物語の世界に浸り、幸せな2日間だった。本当は弟や妹たちも含め家族全員で行きたかった。きっと長生きしていればいつかまた訪れることができる機会も来るかもしれないと希望を抱きつつ、満たされた気分で就寝した。

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